第3話、助ける義理はない ~再出発~


 大帝国と連合軍がドンパチやっている。これまでだったら何とか助けないと、って思ったものだが、俺はじっとしていた。


 戦場から遠く離れた丘の上。俺とベルさん、ディーシーは、連合軍が大帝国の人型メカのような巨大ゴーレムに叩きのめされる様を見ていた。


「大帝国にあんな兵器があったとはな……」

「ゴーレムではないのか?」


 ディーシーが半ばどうでもよさげに言った。ベルさんも鼻をならす。


「ジン、助けに行こうなんて考えるな。お前さんのクビを切ったのは連中だ。オレらは元からよそ者。助っ人傭兵みたいなもんだからな。助けてやる義理はねえよ」

「……」


 排除されたのは俺なのに、相棒であるベルさんは我がことのようにお怒りである。ここ二年、ずっと一緒に戦っていたもんな。


 気持ちはわかる。俺だって逆の立場なら、そうなっていた。


「無能な貴族連中の嫌味にもうんざりしていたところだからな。連中が慌てふためくさまは、ざまぁだけど……それに付き合わされた兵たちは気の毒にな」

「確かに」


 ベルさんもそこは同意してくれた。


 勝ち馬に乗ろうとしたハイエナ貴族ども。ほら、お前ら戦功をあげるんだろ、しっかりしろ!


あるじよ、空を見ろ。奇妙なものが浮いている」


 ディーシーがそれを指さした。雲の間を抜けて下りてきたのは――


「船……?」


 空を飛ぶ船だ。帆船、いや一昔前の軍艦のような鋼鉄の船が次々と帝都上空に現れ、崩壊しかかっている連合軍の上へと移動していく。それも1隻や2隻ではない。十数隻の艦隊だ。


「浮遊船とでもいうのか……!」


 こんなもの、今まで出てこなかった。目を疑う俺に、ベルさんが遠距離視覚の魔法を使った。


「ほら、見てみろ。船体中央、『三つ首の竜』だ!」


 大帝国の紋章である。なお空中軍艦の群れは、大帝国軍ということになる。


「おいおい、何を始めるつもりだ……?」



  ・  ・  ・



 ディグラートル大帝国空軍、Ⅰ級クルーザーは全長150メートル。浮遊石と呼ばれる魔法鉱石により空に浮かび、異世界から取り入れたレシプロ機関により推進する。


 海上をいく船のような船体、上下それぞれに砲を乗せ、艦橋にマスト。煙突からは煙を流し、ゆったりと空を進んでいる。


 先頭をいく艦隊旗艦では、空軍艦隊司令官エアガル将軍が座乗する。


「目標、地上の連合軍! 射撃、開始ぃっ!!」


 搭載された四十五口径14センチ砲が火を噴いた。これら火砲は異世界技術による産物であり、火薬の力で撃ち出された砲弾は地上――混乱する連合軍将兵に降り注いだ。


 吹き飛ぶ連合軍兵士たち。遮蔽しゃへいのない空から、大帝国艦隊は次々と砲を発射。矢も魔法も届かない高度からの、まさしく一方的な攻撃だった。



  ・  ・  ・



「あーあ、こりゃダメだ」


 ベルさんは、白けたような声を出した。


「大帝国の奴ら、空飛ぶ船なんて隠し球を持ってやがったのか。……いやぁ、あの場にいなかったのはラッキーだったかもな」


 嫌味たっぷりなベルさん。やはりというべきか、こっちを切り捨てた連合軍への怒りが隠せていないようだった。


「それにしても、空中軍艦とはな。何で今まで投入しなかったんだろ」


 俺は思ったことをつぶやけば、ディーシーが口を開いた。


「それだけ切羽詰まっていた、ということだろう? いよいよ危ないとみて、出し惜しみなしで切り札を投入したんだろう」


 となると実用化されたばかりか、まだ運用試験の途中だったかもしれないなぁ。


 ベルさんは口元を歪めた。


「どうでもいいが、少なくともこの戦いは連合軍の大敗だな!」


 はい、ざまあ、と言いたげな顔をしているベルさんである。


 連合国が大帝国を打倒して、ひっそり辺境暮らしなんて考えたが……。


「こりゃ、この戦争終わんないかも」


 大帝国の空中艦隊、そして地上の巨大ゴーレム群。これらに対抗できる力を連合軍が持っているとはとても思えない。


 ここから大帝国の大反撃が始まる――そんな予感がした。


「俺が手を出すまでもなく、連合国は終わったかもしれない……」

「どうする、主よ?」


 ディーシーが自身の長い髪を払う。その仕草はもはや戦場に興味が失せたと言わんばかりだった。


「今からでも、連合軍に手を貸すか?」

「いや。……もう手遅れだろう」


 俺は、戦線が崩壊し逃げ出している連合軍を見やる。


「俺があの場にいて連合軍が崩壊する前だったなら手はあったかもしれないが、俺たちだけじゃ、さすがにあの数の兵器を相手にするのは無理だ」

「要するに、連合の無能どもがこの敗戦を招いたってことだろ」


 ベルさんはどこまでも辛辣だった。


「さあ、もういいだろ。オレたちもおさらばしよう」

「そうだな」


 俺はポンと手を叩き、異空間収納にアクセスすると、魔力駆動の自動車を取り出した。


 丸っこいボディーのオープンカー。しかしきっちりオフロード仕様。……何せ、この世界の舗装と言えば石畳。それも都市部のみだから、舗装されていない道のほうが圧倒的に多い。


 なお、この中世風異世界で、今のところ自動車は俺が作ったもの以外、見たことがない。


「ディーシー、スフェラを呼び出してくれ」

「ん」


 車に乗ろうとしたディーシーがタクトを振るように指を動かせば、魔法陣と共に漆黒ローブをまとう魔女が姿を現した。


「お呼びでございますか、マスター」

「スフェラ。分身体を出して、大帝国と敗走する連合軍、双方を監視。情報を集めてくれ」

「御意」


 スフェラと呼ばれた魔女は、恭しく一礼すると、黒いスライムのような塊をいくつか生成した。


 シェイプシフター――姿を変える者。その大きさや形を自由に変える魔法生物は、戦闘はもちろん、変身能力を活かした諜報活動に役に立つ。


 そしてスフェラは人の姿をしているが、本来は姿形の杖――シェイプシフター・ロッドという魔法の杖が正体である。


 もっとも、杖というなら、ディーシーもまた似たような存在であるが。


 俺は車に乗り込み、エンジンキーならぬ、始動ボタンを押して俺の魔力を流した。すると動力である魔力エンジンから各部に魔力が流れ込む。魔力で動く仕様のため、エンジン音が非常に静かなのが特徴だ。


 ベルさんが助手席に乗り、ディーシーが後ろの座席に座った。役目を終えたスフェラは姿を消している。


 アクセルペダルを踏み込めば魔力自動車は、ゆっくりと走り出した。


「さらば大帝国!」

「ベルさん、それ2年前にも言ってなかったっけ?」


 俺はハンドルを握り、帝都から離れる。


「で、ジンよ。方角は?」

「今度は南!」


 連合国にも背を向けて俺たちは南下する。連合軍は東へ逃げているので、大帝国の追っ手がこちらにつくことはないだろう。


 さあ、再出発だ!

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