第2話、窮鼠猫を噛む ~大帝国の反撃~
ディグラートル大帝国は大陸の支配を掲げ、その勢力を周辺国に伸ばした。
圧倒的な兵力をもって周辺国を征服し、その侵略の矛先を東へと向けた。ここでぶつかったのが、『対ヴァレリエン共闘連合』から続く連合国だ。
九つの国から構成される連合国だが、やはりというべきか大帝国の強力な軍の前に敗北を繰り返した。
その潮目が変わったのは、英雄魔術師と呼ばれることになるジン・アミウールの登場。彼の圧倒的な魔法は大軍を吹き飛ばし、連合国は息を吹き返すことになる。
逆襲に転じた連合国軍は、大帝国の支配地域を奪回し、また制覇しながら本土へと進撃した。
圧倒的な力の差は、ひとりの魔術師の登場で崩れ去った。これがジン・アミウールが英雄魔術師と呼ばれた所以だ。
かくて大帝国は追い詰められ、その帝都にまで連合軍の先鋒が迫っていた。
連合国の誰もが、この戦争の決着が近いと見ていた。大帝国皇帝ブルガドル・クルフ・ディグラートルを捕縛、ないし抹殺すれば終戦だと思っていたのだ。
「……そうか、ジン・アミウールは死んだか!」
連合軍野戦陣地。指揮官用天幕にいたウーサムゴリサ王国のコケルド子爵は、意地の悪い表情を浮かべた。
クレマユー大侯爵の騎士であるルード・ペザーから、血のついた杖を見せられる。ジン・アミウール愛用の武器である。
「フフン、これで大侯爵閣下もお喜びになるだろう」
「……」
「どこの馬の骨とも知れぬ魔術師に、英雄ヅラをされるのは不愉快だからなァ」
コケルド子爵は厭らしい笑みを浮かべた。
「もはや帝都は目前! 皇帝を討つ功績は、我ら高貴なる貴族のものだ! 腐れ平民ではない!」
「……」
ルードは黙っている。彼はこのコケルド子爵をよく思っていない。
というより、最近になって前線にやってきた新任の指揮官たちを不快に感じている。
劣勢の頃は前線に出ず、戦況が連合軍に傾いて優勢となった途端、能力もない無能な連中が戦功をあげようとやってくるようになった。とんだハイエナどもである。
始末が悪いのは、古参の指揮官たちを異動させてその後釜についたことだ。
現在の大帝国進攻軍指揮官、トント将軍も上級貴族だが、今さらやってきた野心家貴族の一人である。
そういう連中は、これまで戦ってきた者たちへの敬意もなく、ただ自分たち貴族の特権を振りかざしていた。
後から来た無能を兵たちがよく思わないのは当然だ。
おいしいとこ取りされて、兵たちは不満を溜め込む。そしてそれまでずっと前線で活躍してきた古参の――英雄ジン・アミウールへの信頼がますます高まる。
自分たちの言動のせいで嫌われているのに、兵から好かれているジン・アミウールを疎ましく感じて排除しようとするという貴族たちの悪循環。
――もし、貴族がジン殿を抹殺しようとしたことを兵たちが知れば、反乱が起きるだろうな……。
そうなれば収拾がつかなくなる。皮肉にも、連合国上層部が危惧した通り、ジン・アミウールを祭り上げた民たちによって滅ぼされるだろう。
因果応報である。だが現実はそうはならないのだ。ジン・アミウールは、もう連合軍にはいない。
「さあ、我が子爵軍も前進しよう! 帝都に乗り込んで大帝国の民を蹂躙し、その財産を奪うのだ!」
コケルド子爵は調子のいいことを大声で言った。彼についてきた腰巾着たちが「おおっ!」と歓声を上げる。
ピカピカの鎧をまとう、戦えない臆病者ども! ルードは彼らを心底軽蔑した。
意気揚々と、連合軍は彼らが最後の戦いと思い込んだ帝都への進撃を開始する。
だが、待っていたのは悪夢であり、地獄だった。
・ ・ ・
連合軍帝都進攻軍3万は、数に物を言わせ、帝都カパタールへ迫った。
しかし――
「何だあれは……?」
連合軍兵たちは困惑した。
帝都から地響きと共に無数の巨人が現れたのだ。全高6メートルほど。通常のゴーレムに比べて、かなりの巨体だ。
鎧甲冑をまとった巨大ゴーレムが横一列に並び、向かってきたのだ!
しかもよくよく見れば、その巨人の前には高さは半分くらいだが、こちらもまたストーンゴーレムが列を形成して進んでくる。
「岩と、金属のゴーレム!?」
連合軍兵たちは動揺した。ただでさえ巨大で頑丈なゴーレムが壁のように押し寄せてくれば、騎兵も槍兵も、弓兵も呆然とするしかなかった。
対する大帝国帝都防衛軍を指揮するケアルト将軍は、前衛に号令を発した!
「装甲兵! 突撃! 連合のウジ虫を踏み潰せ!」
鎧をまとう巨大ゴーレムのような装甲兵器――魔人機が一斉に駆け出した。
巨人の群れが走ってくるという光景に、連合軍兵は恐慌をきたす!
「うわあっ、来るっ!?」
「ふ、踏みつぶされるっ!」
「に、逃げろーっ!!」
戦う前から兵たちはすでに戦意を喪失していた。
弓兵部隊が一斉に矢を放つ。しかし鋼の装甲に守られた魔人機には歯がたたない。
「魔法だ! 魔法で攻撃しろ!」
連合軍の魔術師が火の弾や電撃を放った。だがこれもすべて弾かれた。
混乱する連合軍に大帝国装甲部隊が突入した。魔人機の持つ巨大斧が連合軍兵をなぎ倒し、肉片に変えていく。密集していた兵たちは為す術なく血と肉となり、逃げようとする兵たちが押し合いとなって混乱は加速していく。
連合軍の指揮官たちにとっても悪夢の光景であった。
「申し上げます! 敵の巨大ゴーレムが強すぎます! 大至急、アミウール殿を! ジン・アミウール殿に救援を!」
「左翼軍が崩壊しつつあります! 至急、アミウール様にご助勢いただきたく!」
各前線部隊から、英雄魔術師の救援を求める声が殺到した。トント将軍やコケルド子爵ら、ジンを疎ましく思い排除に走った貴族たちは顔面蒼白になる。
「英雄魔術師を!」
「ジン様でなければ、我が隊は全滅です!!」
「閣下! 大至急、救援を!」
伝令たちの悲鳴のような要請に、トント将軍は歯噛みし、ウーサムゴリサ軍でジン・アミウールの部隊の直接の上級指揮官となるコケルド子爵は生きた心地がしなかった。
だって、もうジン・アミウールは死んだのだから!
本国の命令もあって殺せと言われて抹殺したのだから。今さらジン・アミウールの助けを求めたって無駄なのだ。
「大帝国はもはや風前の灯火だったのではないのか!?」
この期に及んで、上級指揮官であるとある貴族が叫んだ。
「何故、我ら連合軍の精鋭が蹴散らされておるのだ!? 話が違うではないか!」
キッ、と貴族たちの恨みがましい目がコケルド子爵に集まる。――いやいや、お前らだってアミウールの排除に賛同したじゃないか!? おれを責めるのは筋違いだ!
前線の将兵たちが、いままさに蹂躙されている中、上級貴族たちは無意味な口論に終始する。その間に前線は動き、連合軍は崩壊を始めてしまった。
さすがに言い争っていた貴族たちも、このままでは自分たちの身が危ないと察した。
「トント閣下、ここはひとまず後――あれ? 閣下?」
すでに、そこに進攻軍最上級指揮官であるトント将軍の姿はなかった。自分だけ、そそくさと逃げ出していたのである。
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