裏切られ魔術師、最強軍を作る。オルドア大陸戦記

柊遊馬

第1話、プロローグ、英雄、追放


「あなたには死んでもらいたいのです」


 その騎士、ルード・ペザーは土下座して俺に言った。


 聞き間違いかと思った。だから自然と俺は聞き返していた。


「何だって?」

「ジン・アミウール殿、どうか、連合国のため、死んでください!」


 ルードは四十代の騎士隊長である。真面目な堅物おやじだが、その彼が地面に額を押しつける勢いで土下座している。


 わけがわからなかった。


 俺はジン・アミウール――そう名乗っているが、本名は時友ジン。日本人だ。


 30歳。この世界に召喚されてはや2年。召喚したのはクソッタレなディグラートル大帝国。よりにもよって異世界から人間を召喚で誘拐し兵器にしようと企んでいた。

 俺はそこで知り合ったベルさんに救われ、大帝国を脱出。魔法を得て、魔術師となった。


 大陸支配を目論む大帝国に侵略されていた連合国に加勢したことで戦争に参加。各地を転戦して勝利に貢献してきた。


 その活躍ぶりから、いつしか英雄魔術師と呼ばれ、信頼され、また敬われた。俺自身、別に英雄なんて興味がなかったが、異世界で平和にのんびり暮らしたいがために、必死に頑張ってきたのだ。


 そして憎い大帝国の帝都にまであと一歩のところ迫った。あと少しで、大帝国を打倒して平和が訪れる! 多くの屍を築いた先に見えた終戦がすぐそこにあるのに……。


「意味がわからない。何故、俺が死なないといけないんだ、ルード?」

「……」


 ルードは顔をあげない。それじゃわからないだろう?


 俺がよそ者だから? 連合の人間じゃないから、切り捨てられたのか? もう戦争は終わるから用無しということか? わからない。どうしてこうなった?


「何より、お前は何故土下座をしているんだ?」

「……私は」


 生真面目な騎士隊長は声を絞り出した。


「連合国の上層部より、あなたを暗殺するよう、命じられました!」

「!?」


 暗殺――俺を? 


「何故だっ!?」


 思わず声を荒げてしまった。ルードは、懐から二枚の手紙を出した。


 一通は、ルードへの命令書。俺ことジン・アミウール抹殺指令。


 もう一通は――


「本国の同志が、連合国上級会議の内容を抜き出したものとなります」


 俺は手紙を受け取る。連合国上層部、各国を代表する上級貴族たちは、前線で活躍する英雄魔術師である俺を目障りに感じていたようだった。


『出身の怪しい平民にトドメを許せば、戦後、奴は増長し必ず我々に牙を剥くだろう。金や女に飽き足らず、権力を求めるようになる』

『あの魔術師の極限魔法が連合に向けられるようなことになれば、脅威以外の何ものでもない』

『戦時の英雄は必要だが、平時の英雄は政治の邪魔だ』

『戦後の我らの統治のために、成り上がりは排除する』

『どこの馬の骨とも知れぬ平民風情め。奴の存在は民を増長させておる。まことにけしからん!』

『死んだ者こそ英雄だ。ならば奴には英雄らしく名誉の戦死を遂げてもらおう』


 などなど――


 俺は目の前が真っ白になった。


 連合国のために大帝国と戦ってきた。


 だがその連合国を指導する連中は、自分たちの都合で俺を排除しようとしたのだ。俺の命を何でお前らが勝手に決めてんだよ!


 クソ! 政治に邪魔だ? 平民だから何だ? 自分たちのことしか考えていない奴らのために、俺は……!


 憤り。やるせなさ。大帝国との戦争で、大勢の人間が死んだ。いっぱい敵を殺した。心をすり減らし、ここまでやってきた。


 だが、すべてに意味が見いだせなくなる。


 そうとも、俺はよそ者だ。異世界人だ。これ以上、連合国のために戦う義理は……ない。


「それで、ルード。お前は何をしているんだ?」


 俺は、土下座している騎士隊長を見下ろす。


「お前は俺を殺すよう命じられたんだろう? 殺すはずだった俺に秘密を明かして」

「殺せません!」


 ルードは頭を下げたまま叫んだ。


「連合国のため、ここまで我々を導いてくれたジン殿を手にかけるなど、私にはできません!」


 偽りのない本音であると感じた。この真面目な騎士隊長は嘘が下手だ。不器用なんだ。


 ルードはたびたび俺たちと共に大帝国と戦った。戦友と呼んでも差し支えない程度には親しかったと思う。


 そんな彼だから、仕えている主からの命令といえども俺を討つことを躊躇ったのだろう。戦友を殺せと命じられるルードにも同情してしまう。彼の主、クレマユー大侯爵も酷なことを命じたものだ。


 同時に大侯爵への殺意も浮かぶ。彼の娘はとても美しく、俺のことを慕っていたんだがなぁ……。


「ルード。お前は俺への暗殺を打ち明けた。殺せない、と言いながら死んでくれとはまた矛盾しているのではないか……?」

「……」

「お前、逆上した俺に殺されるのを期待していないよな……?」


 自分では殺せないから、ならば返り討ちにあって自分が死ねば――なんて考えているのではないか?


「そんなことをすれば、俺は連合軍にはいられなくなるな……。このままどこかへ逃げてほしい、そういうことか?」

「……」


 ルードは答えない。察してくれ、ということか、おっさん。……やれやれ、だ。


「――何ならオレがぶち殺してやってもいいんだぞ」


 すっと俺のそばに、浅黒い肌の双剣の戦士が現れる。


「ベルさん」


 俺の相棒、ベルさんだ。召喚直後に俺を助けてくれた恩人であり、人の姿をしているが実は魔王様だったりする。


「ここまで連合のために戦ってやったのに、つまらぬ理由でオレたちを排除しようとするとはな」

「聞いてたのかい」

「――ああ、聞いていた」


 ふっとわいた女の声。黒髪の美少女が姿を現した。魔術師のようなスタイルだが、あいにくと彼女も人間ではない。


「ディーシー……」

「主、どうする? 売られたケンカは買う性分であろう?」

「煽るなよ。まあ、ムカついているのは事実だがね」


 俺は苦笑する。ベルさんとディーシー、二人の仲間に俺は言った。


「連合国は俺を切り捨てた。留まれば暗殺者を差し向けられて、命を狙われることになる。それは面倒だ。だから――」


 異空間収納から、愛用の杖を取り出す。


「俺は大帝国の斥候部隊と遭遇し、その最中に戦死したことにする。ルード、上司には俺は死んだと報告しておけ」

「!?」

「おいおい、死んだことにするのかよ」


 ベルさんが不満そうな顔になった。俺は手を振った。


「空しくなっちまったからな。戦争のないところに行って、ひっそり暮らすさ」


 もともと英雄なんて柄じゃないしな。戦場にお前は必要ないって言うんなら、一足先にセカンドライフってやつに移行してもいいだろう。


「お前を排除しようとした奴らに報復はしねえのか?」


 ベルさんはあからさまだった。報復……報復ねぇ――


「確かに、このまま何もなしってのも面白くないわな」


 何か、お礼参りしておきたくもあった。

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