第2話 理解不能な下僕の儀式
下僕には理解しがたい癖がある。その最たるものが「腹吸い」という奇怪な儀式である。
吾輩が床に横たわっていると、まるで待ち構えていたかのように下僕が這い寄ってくる。そして、突如として吾輩の腹に顔を押し付け、「ふわ~ふわ~」という意味不明な言葉を発し始めるのだ。その様子を観察するに、どうやら下僕は吾輩の腹部を嗅ぐことで、何らかの精神的な満足を得ているらしい。
「おい、その行為には一体どのような意味があるのだ?」
しかし、そんな吾輩の内なる叫びも空しく、下僕は日に三度はこの儀式を執り行う。まったく、人間とは実に奇妙な生き物である。
だが、それ以上に耐え難いのが「肉球マッサージ」という拷問めいた行為だ。
「ほらほら、ぷにぷにしようねー」
その言葉と共に、吾輩の神聖なるつま先に魔の手が伸び、肉球を揉みはじめる。これは紛れもなく、王の印璽たる肉球への不敬行為ではないか。しかし下僕は、吾輩の威厳ある警告の声も物ともせず、しつこく肉球を揉みしだく。
そんな下僕を見ていると、時として憐れみの情が湧いてくる。今日も一日中、あの箱(パソコンとやらを指す)に向かって働いていた様子。疲れているに違いない。
そこで吾輩は、慈悲深い王として、下僕の背中に軽くマッサージを施してやることにした。爪を立てながら、優しく、やさしく……。
「いてっ! ミケちゃん、爪立てすぎ!」
なんと贅沢な。これでも吾輩なりの精一杯の愛情表現なのだが。
最近、下僕には新たな謎の儀式が加わった。「リモート会議」と称して、小さな箱(パソコンとやら)に向かって一人で延々と話し続けるのだ。
「はい、そうですね。ただ、その件については……あ、すみません。うちの猫が映りこんでしまって」
吾輩が画面に映るだけで、なぜそれほど慌てる必要があるのだろうか。むしろ、吾輩の気品溢れる姿は会議の場を華やかに彩るはずだというのに。
「ミケちゃん、ちょっと待っててね。今は仕事中だから……」
聞くに堪えない。そもそも吾輩は下僕の仕事など邪魔した覚えはない。邪魔をするならその箱の上に寝転がって甘え――撫でる許可を与えるほうがいい。それに、吾輩に直接話しかければよいものを、なぜ箱の中の人間たちと延々と言葉を交わしているのだ。
この仕打ちには、然るべき報復が必要である。
吾輩は静かにトイレへと向かった。そうだ、ここぞとばかりに、わざと大きな音を立てて砂をかける。下僕よ、吾輩の存在感とやらを思い知るがよい。
「あらら、今日は特に豪快だねー」
困ったものだ。下僕は一向に反省の色を見せない。むしろ、この騒々しい後始末を楽しんでいるかのようだ。
夜になり、下僕は例によって箱を片付け、ベッドに潜り込んだ。そして、決まって吾輩を呼ぶ。
「ミケちゃん、おいで」
断るつもりだったのだが、今日は少々肌寒い。王といえども、暖を取るのに下僕の体温を利用するのは賢明な判断というものだ。
吾輩は、優雅な足取りでベッドに飛び乗る。決して下僕が恋しいわけではない。これはあくまでも、王の慈悲として執り行う就寝儀式なのである。
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