王様の肉球日記
FUKUSUKE
第1話 王の自己紹介
吾輩は猫である。名前はミケと呼ばれているが、これは人間の無知蒙昧さを如実に表す命名である。見よ、この漆黒の毛並みと気高き眼差しを。どこをどう見ても、三毛ではないのだから。全くもって人間のネーミングセンスには理解に苦しむ。
吾輩の住処は、人間どもが「キャットタワー」と呼ぶこの城の最上階である。複雑に入り組んだ階層と、柱に巻きつけられた縄の素材感。その頂上は、柔らかいクッションで覆われ、まさに王の玉座と呼ぶに相応しい。ここから見下ろせば、下僕が日々せわしなく動き回る姿が手に取るように分かる。時にはパソコンに向かい、時には掃除機を押し、せっせと働く姿は、王である吾輩にとって実に微笑ましい光景である。
「ミケちゃーん」
下僕の呼び声が響く。返事をしてやろうか迷うところだが、今日は気分が良いので「にゃお」と一声かけてやることにした。だが、遊びを求める下僕の期待には応えない。それが王たる者の矜持というものだ。
むしろ散歩に連れて行ってもらいたいものだが、それを伝える術を持たぬ吾輩は、ただ窓の外を見つめるばかり。ああ、街路樹の葉が風に揺れる様は実に心惹かれる。
吾輩の誇りは、この鋭く研ぎ澄まされた爪先にある。日々の手入れを欠かさぬことで、完璧な切れ味を保っている。下僕が用意してくれた爪とぎは、確かに粗末な品ではあるが、それでも吾輩の爪を研ぐには十分な道具となっている。
爪を研ぎながら、吾輩は思う。この家の支配者として君臨する自分の立場を、下僕はどこまで理解しているのだろうかと。まあよい。理解していようがいまいが、吾輩は吾輩のやり方で、この家の秩序を保っていくまでだ。
時計の針が動き、日が暮れていく。下僕が帰宅する時間が近づいている。吾輩は静かに立ち上がり、玄関に向かって歩き始める。これは決して下僕が恋しいからではない。王として、帰還する家臣を出迎えるべき儀式なのだ。
そうだ、吾輩は高貴なる血を引く猫なのである。たとえ下僕がその事実を知らずとも、吾輩の誇りは永遠に揺るがない。
扉の向こうから、慣れ親しんだ足音が近づいてくる。吾輩は姿勢を正し、威厳ある表情を作る。さあ、今日も下僕との騒がしくも愛おしい夜が始まるのだ。
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