第6話【第5鬼・もう一人の俺】

鳴海は自室でテレビを見ながら、コンビニの弁当を食べていた。

アナウンサー「連続幼女誘拐殺人事件の、宮嶋勉容疑者の逆転無罪が確定いたしました。精神鑑定の結果である多重人格を最大限考慮し、責任能力なしとの判断を最高裁が下したゆえの判決です」

鳴海は興味深そうにテレビに見入っていた。

鳴海  「遺族は、たまらないだろうな」


洋食レストラン・凛。

レストランのキッチンで、鳴海は働いていた。そして彼は、宮嶋を思い出しながら自らを振り返る。

……世の中に多重人格者がいるとしたら、俺もそうじゃないかと思う。飲食店の調理場で客の料理を作っている俺は、コックコートに着替えてエプロンと帽子を着けるまでは普通だが、包丁を持った瞬間に緊張感が走る。

それは仕事に対してのものとは明らかに違った。

笑顔で十人ぐらいの職場の仲間と仕事の段取りを確認していてもその裏に潜む、違う鳴海の意識が目を覚ます。

「こいつら全員を刺し殺すには、まず誰から襲えば簡単に済むか」

「一人でも出口から逃がしちゃ駄目だ」

「向かってくる奴もいるかもしれないけど、その前に殺るんだ」

「もしやり遂げたらマスコミは騒ぎ立てるに違いないし、世間は大騒

ぎするだろう」

「例え死刑になっても、こいつら全員の命と俺一人の命を引き換えに

するのだから良いんじゃないか」

包丁を振り回し、次から次に惨殺していく自分と錯覚した。するとハッと我に返って膝が震え、心臓の鼓動が激しくなっていた。

「鳴海さん、お電話ですよ」

「えっ、誰からだろう?」

「実家の、お母さんからみたいです」

その電話で、オヤジの死を知らされた。

大量殺人を犯す葛藤の毎日が続いたある日突然、親父が交通事故で死んだ。


御通夜が終わってその夜は、親父が入っている棺桶の横で過ごすことにした。親父との色んな思いが駆け巡っているうちに、周りが明るくなってきた。

その朝方、金縛りにかかったと思ったら全身が痺れるように震えてきた。

そして、影が体の中から上に抜けて消えていった。とともに、体が軽くなったような気がした。

ふっと人の気配がしたので横を見たら、足の影が歩いて棺桶の中に消えていった。畳をこするような足音が聞こえたのは確かだ。


数日たって職場に復帰したら、もう一人の俺がいなくなっていたことに気付いた。包丁を持っても、自分の中では何も変わらなかった。

もう葛藤する必要もなくなった。

身体が軽くなった理由は、あのとき悪霊が体内から抜けていったからだ。今にして思えば、親父が引き連れて行ってくれたような気がしてならない。鳴海は、父親が彼の体内から悪霊を必死に引きずり出すシーンを想像した。

【完】


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