第5話【第4鬼・スナックのカウンター】
鳴海はボクサーのくせに酒が好きだった。よく飲みに行っては仕事の鬱憤や憂さを晴らした。普段はノンアルコール・ビールを愛飲しているが、ときにウイスキーや日本酒を痛飲した。
休日の夜に、住んでいる部屋の近くのスナック『念』のドアを初めて叩いた。
その店の看板は、車道から入った脇道にポツンと灯っていた。
鳴海 「念? 何か変な店名だな」
ドアを開けると、少し薄暗い店内はカウンターだけの客席だった。席数は5つ。
カウンター内はママのみ。三〇代の彼女は美形だった。
ママ 「いらっしゃい。当店は初めてですか?」
鳴海 「はい」
鳴海はドアに近い席に座った。
一席空けた横の席は、男性客が二人でカラオケに興じていた。
ママ 「お酒は何にします?」
鳴海 「ウイスキーください」
ママ 「飲み方は?」
鳴海 「薄い水割りで」
ママは静かに水割りを作った。そして、お通しのツマミ。
ママ 「自家製のヌカ漬けよ」
鳴海 「美味しい」
と、彼は最初の一杯を一気飲みした。
ママ 「強いのね」
鳴海 「ボクサーだから本当は、酒はご法度なんだけど、試合も決まっていないし、チョットくらいならね」
と、奥の席から怒声が聞こえてきた。
A客 「この野郎、死にやがれーっ」
何事かと鳴海は首をひねると、一番奥のA客が、壁に押さえつけた藁人形に大きな釘を金づちで打ちつけていた。その釘は、人形とともに誰かの写真を貫いていた。
鳴海 「アレ、何?」
と、ママに聞いた。
ママ 「あれでストレスを発散するの。写真は上司よ」
「決して褒められた行為じゃないけど、それが店の売りのひとつなんだよ。千円で買った藁人形に嫌いな奴の写真や名前を貼りつけ、怨念をぶつけるの」
壁には無数の釘が刺さっていた。
A客 「あースッキリした」
と、お決まりの愚行を働いた後、彼は席に戻った。
静かに飲むAの右隣のBが、耳を澄ましていた。
B 「少し黙って❢」
C 「どうしたの?」
B 「カウンターの裏側から変な音が聞こえる」
「お前、聞こえない?」
と、Cに聞いた。
C 「シーッ、みんな静かにしてくれ」
「ママ、音楽を止めて」
すると、確かに何か聞こえてきた。金槌で、小まめに釘を打ち込む音に似ている。
コン、コン、コン。
C 「この裏側って、どうなってるの? ママ」
ママ 「製氷機を置いてるから、空間も何もないけど」
C 「その横は?」
ママ 「冷蔵庫だし、その反対側はゴミ箱だけど」
鳴海は、体をカウンターにのせて、ごみ箱のほうを見た。
何か真っ暗闇のようだった。
鳴海 「ゴミ箱の空間って、ブラックホールのように見える」
ママ 「何言ってんの。ただのゴミ箱よ」
と、笑った。
でも音は少しずつ大きくなってきた。静まり返った店内に、その音が響く。
鳴海 「まるで心臓に突き刺さるような、嫌な音だ」
ABC 「何かありそう」
と、みんな覗きこんだ。
ママが何気にその闇に右手を伸ばすと、突然悲鳴を上げた。手が何者かに引っ張られたようだ。
ママ 「キャァアアー❢」
しかしママは自力で踏み止まり事なきを得たが、勢い余って尻もちをついた。
ママ 「はぁーっ、助かったわ」
と安心したのも束の間、ママの左手は肘から先が紫色に変色していた。
鳴海 (薄気味悪いけど、俺一人じゃないから怖くねぇし)
と、彼は立ち上がった。
「ママ、俺に任せて」
美人ママに恰好いいところを見せようと思った。そしてカウンターのゴミ箱あたりを、席側から思い切り蹴飛ばした。それは、自分の中で芽生えた恐怖心を追っ払うためでもあった。
鳴海 「コラーッ誰かいるのか、出て来い❢」
すると電気が放電する音がして、地鳴りがしたと思ったら店が大きく揺れだした。
棚からボトルやグラス・皿も落ちて、店の中は大混乱になった。
全員 「地震だぁー❢」
しばらくすると揺れがなくなった。
ママや他の客たちは床に這いつくばりながらも胸をなで下ろした。
鳴海は外に出た。
しかし、店の外は普段と何も変わらない光景で、人々も普通に歩いていた。
鳴海 「地震なんてなかったのか」
字幕 あの音は店の中に溜まった怨念の警鐘で、地震は崇りだったのか。カウンターの奥に何かがいるとしたら、それは人間の念が生み出したものかもしれない。
【完】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます