第4話《第3鬼・ゴミ屋敷》

休日、友達の家に遊びに行く予定だった鳴海は、京浜急行の某駅の改札で中井一郎(二十四)と待ち合わせしていた。携帯で時間を確かめた。

中井  「よっ、鳴海」

鳴海  「お前、中井?」

鳴海は、中井を見て呆然とした。

中井  「ああ」

鳴海  「お前、どうしたの?」

中井は、髪・髭が伸び放題だった。白髪まじりの長い髪は、後ろで結んでいた。

着ている物も汚い。痩せこけて顔色も悪い。

中井  「居酒屋の店長を辞めたんだよ。で、今は無職っていうか自由人」

鳴海  「何でまた?」

中井  「日々、同じ仕事の繰り返しでさ。ただ悪戯に時間を浪費する毎日だろ。それも、すべては会社の利益のため。自分の取り分なんて雀の涙」

鳴海  「確かに。働いた分の対価なんて、全然貰えないしな」

中井  「社長は毎日飲み歩いて、愛人を何人も抱えてる。俺は何のために生きているのか分からなくなってきて、全てが嫌になったんだ。仕事って、ただ生活するための金を稼ぐ手段だろ。だったらそんなの必要最小限に抑えれば良いじゃないか」

鳴海  「まぁな。俺だって、自分がやりたいボクシングをやってるときが一番充実してるし」

中井  「しょせんは人間なんて、立って半畳・寝て一畳さ」

鳴海  「その気持ち、俺も分からないじゃないけどな」

中井  「そりゃ、今はネットを配信したものが世の中を制す時代だから、俺の考えも古いけど、そんな莫大な利益を得ているのは極々一部だけだ」

鳴海  「でも、それとこの格好の変わり具合って、何の関係があるんだ?」

中井  「今に分かるよ」

と、ほくそ笑んだ。


中井の部屋。

六畳のワンルームは臭いし異様な雰囲気で、食い物やゴミが散乱していて床が見えていない状態だった。いわゆるゴミ屋敷。

中井は笑みを浮かべながら一人、部屋の中へ入っていった。

中井  「俺さ、最近まで前職の居酒屋の部下から、店の残飯もらって生活してたんだ。そいつは店長だから融通利くし」

鳴海  「お前は無職になって人格も変わったのか。店長だった頃は結構ナルシストで、女性客からも人気あったじゃないか」

鳴海は、その当時の中井の容姿を思い出していた。モデル風のイケメンだった。

中井  「無職になって変わったんじゃない。必然さ」

    「もう煩悩から開放されて、達観したよ」

と、笑いながら料理を始めた。プラスチック容器の中には、生きたゴキブリが一杯入っていた。もう一つの容器の中には、数匹のネズミがいた。

鳴海  「居酒屋の飯は?」

中井  「それがさ、上司の耳に入ったから駄目になったんだ。だから最近は、部屋中にいるゴキブリを食ったりネズミの肉をさばいてフライパンで焼いてるんだ」

鳴海は、ゴミで散乱している部屋の中に入っていけず、ただ呆然と玄関から見ているしかなかった。

鳴海  「まさか、それを俺に食わそうってんじゃ」

中井  「ちゃんと加熱すれば菌は死ぬし、調味料を使えば結構イケるぜ」

鳴海は思わず咳き込んだ。

鳴海  「やめてくれよ」

中井  「それに日本は裏ルートで、海外から食用ネズミを大量に輸入しているらしいし平気だよ」

鳴海  「俺は遠慮しとくよ」と、愛想笑い。

フライパンを振る中井の表情が、思い詰めたように一変した。

中井  「でも最近、ゴキブリやネズミに襲われる夢を見るようになったんだ」

鳴海  「動物や虫にも霊がいて、お前はそれらに呪われているんだよ、きっと。

闇に生きる彼らの霊は性質が悪そうだし」

中井  「でも今の生活だったら、食費はかからないぜ」

鳴海  「そんな問題か? それに家賃はどうする? 貯えはあるんだろうけどさ」

中井  「一年ぐらいはもつから、その間に考えるよ」

鳴海  「ホームレスになったりして」

中井  「それも選択肢の一つだ」


数日後。

後日、鳴海は新聞を読みながら驚いた。

記事  「元居酒屋店長、怪死。遺体を解剖した結果、完全に死んでいなかったゴキブリが胃や腸に卵を産んで散乱していた。生きたゴキブリが、口の中を徘徊。腐乱した死体には、蛆虫や寄生虫が蠢いていた」

鳴海は、その様子を想像した。

鳴海  「彼が見ていたという悪夢が、正夢になったな」

鳴海は涙を流しながら部屋に飾ってある中井とのツーショット写真の前で合掌した。

鳴海  「これが孤独死か……」

字幕  鳴海もそれから、国民年金や健康保険料を払うようになった。

【第3話・完】

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