四話目

 なんとその夜、彼女から、あの日教えた番号で電話がかかってきた。


 もう彼女などと呼ぶのはやめよう。変な誤解を招く。彼女の名前は雛。谷本雛である。


 そして私は彼女の上司だった。



「ごめんね」

「…何が?」

「アタシ忘れてたんだよ。すぐ忘れちゃう」

「…いや、だから何がって」


 その時私が、お互いに頭が回っていないことに気づけたのは奇跡かも知れない。

 彼女は昼間、比較的平坦な声で話していたが、今は少し鼻声が入り上ずっているような感じだった。


「おっさん疲れてたから、喜ばせようと思ったんだよ」

「はあ」確かに疲れてはいるが。

「始めはストリップとか行くつもり無かったんだけどね」

 電話の向こうで彼女が言いよどむ。私は少し息を吸って止めた。


「…あの、俺今日は楽しかったよ」


 一人称を俺にするのが微妙に恥ずかしいお年頃。


 電話の向こうからは暫し沈黙のみが聞こえてきていたが、やがて、

「………何で。どんな風に」

 とか聞いてきやがった。


 嘘だろ。

 電話越しだが、思わずでかいため息を吐いて頭を抱えそうになった。実際には目を瞑って天を仰いだ。

 しかし、私が谷本雛と話すのは一週間前がほぼ初めて位のものだ。あまり親しくは無いし、仕事で付き合いがある以上、安易に振ろうとも思わない。


「…観客との関係性が、面白かったと思う」


「カンケイセイ?」


 しまった、あまり難しい言葉わからない子か、と悪意無く思ったが、すぐに電話の向こうから、「あぁ、関係性か」と、うんうん、と返事が聞こえた。

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