第24話 エリナの覚悟

 ルドが書斎で本を選んでいるころ、エリナはジークの執務室に来ていた。


「まずは魔術理論を理解してからと言いたいところだが」


 椅子に座って出迎えたジークがそう言いながら立ち上がる。


「基礎を詰め込みすぎて今の術式構築に齟齬が生じる可能性があるからな……」


 悩む素振りを見せながらもジークは話を進めていく。


「そうだな。エリナの生い立ち……いや、長文詠唱を教えられ始めた時期を教えてくれ」


「分かりました。……三、四歳の時ぐらいからだったと思います」


 正確には覚えていないが、気が付くと長文詠唱の勉強が始まっていたとエリナは思い返す。


 最初は何をしているのか分からず、言われたとおりにやっていただけだった。


 まともに扱えるようになるまで十年以上掛かってしまったが、初めて詠唱が成功したときの感動は今でも忘れられない。それと同時に人を簡単に殺せる力を持ってしまった恐怖も忘れることはできない。


「そうか。普通は早くても五、六歳ぐらいから簡易詠唱の基礎を教え始めるんだがな。両親は余程、エリナにその魔術を継がせたかったと見える」


 そう言うとジークはエリナへと足を進める。


「最優先で子供に継がせたかった魔術……」


 徐々に近づいてくるジークにエリナは緊張し始める。が、


「非常に興味がある。見せてくれ」


 子供のように目を輝かせて懇願してくるジークを見て、エリナは脱力した。


「無理ですね」


「どうして!?」


 余程、気になるのかジークは声を荒げる。


「この森が吹き飛びます」


「それは困るな」


 まるで玩具を取り上げられた子供のように項垂れるジークの姿にエリナは少し笑ってしまう。


「魔術名だけでも教えてくれないか?」


 ジークは諦めきれないのか、それだけでいいからと食い下がる。


「それは……」


 言えない。昔から父に口外禁止と強く念を押されていた。以前、一度だけルドに脅迫として使ったが、あれは彼を試すだけであって魔術を見せた訳ではない。彼には悪いが一緒に行動するに値するか、試しただけ。


 言い淀むエリナを見てジークは察したのか、切り口を変えてくる。


「言えないならいい。その代わり、エリナの出身地を教えてくれないか?」


 出身地? それを聞いてどうするのか。


「いいですけど……」


 そう答えた瞬間、エリナはジークの意図に遅れて気がつく。


 大規模魔術の使い手自体、数は少ない。そのうえ、基盤は同じだが土地によって魔術の進歩や特性も変わってくるという。長文詠唱だけに絞れば出身地だけで分かってしまうのではないか?


 だが、出身地でバレるような魔術であれば、父が口外禁止にする理由がないはず。


「ウェパルで産まれました」


 一瞬躊躇ったが、そう結論付けたエリナは答える。


「そうか。それならば言えないのにも道理が通る」


 そう言うとジークは興味をなくしたのか、身をひるがえして椅子へと戻っていく。


「その国特有の防衛、いや兵器と言うべき魔術か。皮肉なものだな……護る力を持つ者が生き残り、護られるはずの者が死に絶えるなど」


 全てを悟ったのかジークは不機嫌になり、エリナにそう投げかける。


 心無い言葉が深く突き刺さるが、もう逃げないと決めたエリナの視線は揺るがない。


「はぁ。言っておくが僕は同情や贔屓ひいきなどはしないからな。相手が女だろうが子供だろうが、持ってしまった力にはそれ相応の責任が伴う。それを踏まえて」


 ジークはそう言うと一拍置いて、エリナに問う。


「力を持った責任を果たせなかったお前が、なぜ力を求める?」


 ジークの剣幕に緊張が走る。


 一言、間違えれば死んでしまうような緊張感の中、覚悟など既に決まっていたエリナは答える。


「人を護るため」


 力を持った責任を果たせなかった人間の口からそんな言葉が出るのは実に滑稽こっけいなことだろう。


 だが、目を背け逃げることはもうできない。


 逃げても理不尽は追いかけてくる。


 理不尽に立ち向かうことをしなければ、何もかも失い続けるという事をこの一か月で嫌というほど思い知った。


「滑稽だな。実に愚かな答えだ」


 エリナの覚悟を聞き、ジークは嗤う。


「だが、悪くない」


 そう言うとジークは再び椅子から立ち上がり、持論を展開し始める。


「時に、突き詰めた愚者は賢者を越えることもあるという。ただの愚か者は嫌いだが、覚悟の決まった愚か者は面白い。出自を聞いてエルの頼みでも断ろうと思ったが、気が変わった。ジーク・アガレスの名に懸けて君に魔術を教えよう」


 そうして地獄の魔術講習が幕を開けた。

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