第23話 書斎

 その後、ジークがエルシアと共に屋敷へと戻り、指導を受けていた二人は庭に残されていた。


「暴発する理由が分かってよかったな」


 気まずい空気になる前に、横で並ぶエリナへと声を掛ける。


 自分の積み上げてきたものの薄さを知り、複雑な心境だがエリナの件は素直に喜ばしい。


「よかったですけど、理論が……」


 余程、苦手意識があるのかエリナは難色を示す。


「長文詠唱はどうしたんだ?」


 あれこそ最初から理論だったはずだ。


「そうなんですけど、物心つく辺りから既に教えられていたので理論よりも感覚に近いんですよね」


 過去を懐かしむようにエリナはそう答える。


 扱いやすい簡易詠唱だけを教える家庭が一般的なはずだが、エリナの家が特別なのか、変わっているのか。


「ジークが教えてくれるから大丈夫だろ」


 彼が何者なのか。まだ分からないが、エリナの抱えていた問題を一発で見抜いたのだ。実力は確かだろう。


「ジークさんって何者なんですかね」


 エリナも同じことを思ったらしくそう呟いた。


「悪い人ではない……たぶん」


 態度は悪いが意外と親切な所はあるよな。と思っていたが、昨日の部屋を思い出し自信がなくなる。


「あとで聞いてみるか」


 踏み込んでいいのか微妙な所だが、邪推してしまうよりかはいいはずだ。


 後でジークに色々と聞いてみようと決意する。が、それでも、あの部屋の事を聞く勇気が出る事はない。




 エリナとの会話から一時間が経ち、ルドは朝食を終えて書斎に来ていた。


「凄いな」


 書斎に足を踏み入れたルドは感嘆の声を漏らす。


 驚くのも無理はなく、幾つあるのか分からない程の本棚が並べられていた。


 所狭しと並べられているにも関わらず、息苦しさや圧迫感というのを感じる事はない。


 何故なら上を見上げると書斎の天井は他の部屋よりも高く、直接二階と繋がった吹き抜けの構造になっていた。


「それにしても……」


 物凄い蔵書量だ。


 本棚の数も凄いがその本棚に空きがない程の書物の量も異常だ。


 そして部屋の角には通行の邪魔にならない程度の大きさの机と椅子が置かれている。


 何を読むか決めている訳ではないが、どんな本が置かれているのか興味があり足を進める。


 本棚に並べられている本のタイトルに目を通していくが、魔術についての本が大半を占めていた。


 マナを殆ど使わずに使える魔術があればいいなと一応、手に取ってみる。が、これだけでは面白くないので、他にどんな本があるのか奥へ進みながら目を通していく。


「これは……?」


 突き当たりにある本棚の前で立ち止まり、興味を惹かれた本へと手を伸ばす。


「魔人?」


 聞いたことがない。


 魔人と書いてあるだけで、本の内容は予想がつかない。


 何か専門的な用語なのだろうか。それとも何かの隠語なのだろうか。


 気になる。


 今日はこの本を読むことに決めて机へと向かう。


 机に二冊の本を置き、椅子に座って魔術の本を手に取って読み始める。


 内容は専門的なことが多く書かれており、ジークの話が本当なんだと実感する。


 じっくりと読む事はせず、パラパラとめくりながら目的の魔術を探していくが、目当ての記述を見つける事は出来なかった。


 その代わりに魔法陣についての解説を見つけ、少し読み入ってしまう。


 簡単な話、魔法陣とは魔術の一種であるのだが。


 読んでみると意外と奥が深い。


 詠唱は口に出し、意識や無意識に働きかけマナの流動を操作して術式を構築する。


 それはつまりその場で術式を構築しないと発動しない。


 だが、魔法陣は予め術式を構築しておきそこにマナを流すだけで発動する。


 戦況に合わせその場で即座に術式を構築できる詠唱の方が魅力的だと思っていたが、それは違うらしい。


 予め術式を構築しておくということは、長文詠唱に匹敵する大規模魔術をほぼノータイムで発動することができるということである。


 魔法陣の移動が出来ない点が痛いが、それは詠唱との使い分けだろう。


 他にも時限型や複合型魔法陣などの記載もあったが、ジークが専門書と言うだけあって読み進めるのは難しくて断念した。


 魔術の本を閉じ、机に置かれているもう一つの本と交換する。


 魔人とだけ書かれた本を手に取り、じっくりと目を通していく。


 専門的な話か何かの隠語かと思っていたが、読んでみると歴史や伝承をまとめたものに近かった。


 記述によると、魔人とは魔族と契約して魔術を超えた力を扱う人間のことを指すらしい。


 魔術を超えた力という点に驚きを覚えるが、驚くべきはその次の記述だろう。


 魔人はマナを使わずに超常の現象を引き起こすことができるという。


「まじか」


 そしてその力を恐れた人々は魔人狩りを行い、疑心暗鬼に囚われた人々は関係のない市民をも犠牲にしていった。


 そして過激になる魔人狩りがきっかけとなり、魔人戦争が引き起こされた。


 ここまでの記述に驚きを隠せない。


 真偽は定かではないが、図らずして求めていた情報が手に入り驚きに包まれる。


 求めていた。求めていたのだが……


「魔族との契約……」


 魔族。魔界から侵略してくる外敵。


 それと契約するのは如何なものか。


 それに契約とは代償が伴うものと聞く。それほど大きな力を得るにはどれだけの代償が必要なのか。


 非常に魅力的な話だが疑問は多い、問題も多い。


 疑問は魔族と契約で超常の現象を起こせるのかということ。


 魔法を使う種族と契約をして何故使えるのが魔法ではないのか?


 問題はどうやって魔族と契約するのかということ。


 先日、問答無用で殺されかけた記憶が蘇る。


 他にも魔族側のメリットや最初に魔人となった人はどうして魔族と契約したのかなど、上げればキリがない。


 夢はあるが現実的に考えてやめておくべきだろう。


「だが、アルフィーロなら」


 自由国家アルフィーロ。


 昔、ヒューゴから聞いたことがある。


 魔界の近くに位置する国家で魔族と友好的な関係を築いていたという。それも十二年前までの話だが。人界と友好的な関係を築いていた魔王が死に、新たに誕生した魔王により融和ゆうわの道は絶たれたらしい。


 魔界と友好的な関係を築けていた国であれば魔人について詳しく知ることができるかもしれない。


 何かを守るためには力がいる。死にたくないなら力をつけるしかない。


 家を飛び出して約一週間、ここに来るまで痛いほどに突き付けられた。


 それに魔術が扱えない身としては超常の現象を起こすことに憧れもある。


「――よし」


 剣客に会うことができたら次は自由国家アルフィーロに行こうと心に決め、ルドは本を閉じた。

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