第一章 罪人の裁き

第1話 決別

 日が昇り、昼食が取りたくなってきた時間帯。


 辺り一面何もなく草原が広がる中で少年は木刀を振っていた。


 少し離れたところにある小さな家から初老を迎えた白髪の男性が少年を呼びに来る。


「ルドよ、昼飯にしよう」


 初老の男性に呼ばれ、ルドは振っていた木刀を止める。


「ヒュー爺が来るということは……」


 基本的に自ら昼飯と呼びに来ることがないヒュー爺が来る。


 その事実を認識してすぐに振り返ると、ヒューゴがすぐそこまで肉薄していた。

 脊髄反射で後ろに飛びのくと、先ほどまでルドがいた地面が爆ぜた。


 規模自体は小さいが当たれば無事ではすまなかっただろう。


 急いで木刀を構え、ヒューゴの出方を伺う。


「また抜き打ちテストかよ」


「嫌なら、そろそろわしに一本入れてみたらどうじゃ?」


 痛いところを突かれ言い返せなくなる。


 ここに引き取られて十二年、毎日剣を振っているが未だにヒューゴにかすりもしていない。

 正直大人げないとは思うが、ヒューゴは手を抜いていてこれだと以前言っていたので、もうどうしようもない。


 どんな魔法が飛んでくるのか分からず、ヒューゴの出方を伺っているといきなり周りが紅く光り始めた。


「イースクラーー」


 まずいッ……

 ルドは自身を取り囲む紅い光を見て、瞬時に判断を下し横に転がる。


「チェイン」


 ヒューゴが唱え終わると、先ほどまでいた場所を紅い光が火花を散らして弾けていく。弾けた火花が隣の紅い光に連鎖反応を起こしていき、紅の輪が完成した。瞬間、小規模だが爆発した。


 どう考えても人に向けていい魔法じゃない。


 先の魔法に戦慄せんりつを覚えるも、受け身のままではジリ貧だという事を以前の敗北から学びルドは果敢に攻め込む。


 素早い動きでヒューゴへと肉薄し、間合いに入った。

 勢いよく切り込むが身体を捻ってかわされる。当たらないことは分かっていた。それを返しの刃で捉えにいく。


 すると足を掛けられ視界が反転する。返しの刃は宙を斬り、身体は地面へと虚しく落ちていく。

 背中から地面に落ち仰向けになって息を整える。


「ーーセリオン」


 短く詠唱が聞こえると共に頭上に氷柱つららが出来上がっていくのが見え、急いで追撃を回避すべく地面を転がる。


 少し後に、ずさっという氷柱が地面に刺さる音が聞こえてきた。

 その音に恐怖を覚えながら体勢を立て直していると。 


「ーーコルリス」


 ヒューゴが唱え、足元の土が勢いよく盛りあがりルドを空中へと放り投げた。


 いきなり空中に投げ出され頭が追い付かなかったが、視界にヒューゴを捉え頭を切り替える。

 奇しくも投げられた方向にヒューゴがいた。絶好の機会。


 木刀を持ち直し、このまま一太刀を浴びせるという気持ちが沸き起こる。


「ーーウェルテクス」


 ヒューゴへと肉薄した瞬間、身体が風に包まれた。

 浮いていた身体を風で捕えられ、そのままヒューゴの周りを竜巻の如く回される。


 手も足も出ず無様に回され続けるルドを放置し、ヒューゴは一人ベランダで紅茶を入れ始めた。

 そのまましばらく一人、誰もいない草原で回され続け解放されたのは昼過ぎのことだった。




 ヒューゴと昼食(回され続けたせいで、昼飯が喉を通らなかった)を済ませて少しの間、談笑を楽しむ。


「それにしても惜しかったぞ」


 そう言いヒューゴは用意した紅茶に口を付ける。


「噓つけ! 全然余裕なくせに」


「そうでもない。並みの魔法使いなら負けていたかもしれん」


 俺を魔法で回しながら一人優雅にベランダで紅茶を楽しんでいた人間に褒められたくない。


「魔法に剣で勝つのは無理があるって」


 言い訳ではないがやはり無理があると思う。


 以前読んだ文献に、昔は剣が主流だったと書かれていた。だが今はどうだろう、魔法の欠点であった初動が遅いという部分を簡易詠唱が完全に打ち消し、マナさえあれば近距離でも遠距離でも即座に対応が可能という万能さ。

 控えめに言って勝てるわけがない。


「わしの戦友は剣で魔法を斬っていたがのう」


 過去を懐かしみながらヒューゴは答える。

 その何気ない一言にルドは驚きを隠せない。

 剣で魔法を斬るとことができるという事実に驚き、ヒューゴが今までそれを言ってくれなかったことにも驚いた。


「初耳なんだけど」


 複雑な気持ちだが、それよりも魔法が斬れるという方が重要なため気持ちを落ち着ける。


「そういえばこの間、隣国のウェパルが滅んだと報告があった」


「話題を逸らすの下手か」


 だが隣国のウェパルが滅んだという話はインパクトがあり正直気になる。

 魔界の情勢が不安定になり、魔族絡みの事件が多くなってきたが国が滅んだのは初めてだ。

 ウェパルという国には思い入れがあるわけではないが、隣国のため他人ごとではない。


「また魔族か?」


 ルドの問いに少しホッとした表情をしながら話し始める。


 魔法が斬れる話題は忘れてないからな。


「いや。災厄じゃ」


 災厄。十二年前、突如として現れ今に至るまで数々の爪痕を残し続けてきた生ける災害。


「次はこの国かもしれん。覚悟せねばな」


 そう言うと飲み終わったカップを持ち立ち上がる。


「話はここまでじゃ。午後の勉強を始めい」


「魔法を斬る戦友の話は?」


 ヒューゴは苦い顔をして答える。


「先に今日の分の勉強を終わらしなさい」


 先延ばしにされたが、無理に詰め寄っても答えないのは目に見えているので勉強を始めることにした。


 勉強といっても普段通り、魔導書を読み漁るだけ。

 十二年同じ生活を続けていることもあって高度な魔法理論も読み解けるようになってきたが、それらの知識は魔法がほとんど使えない俺にとって意味のないものだ。


 それでも魔導書を読み漁っているのは、ヒューゴの教えあってのことだろう。

 魔法に憧れていた幼少期、魔法が使えないと知り俺はねた。その時に見かねたヒューゴが「マナがほとんどなくても使える魔法を探せばいい」と言ったのがきっかけだ。


 その言葉を信じて今まで魔導書を読み漁ってきたが、そろそろ限界が近い。

 未読だった最後の一冊を読み終え、魔導書を本棚に戻しに行く。


 頼みの綱だった最後の一冊が終わり、ため息が出てくる。


 成果はなく、希望はついえた。

 ひどく落ち込みながら気分転換でもしようと家を出る。


 玄関のドアを開け、足を進めるとヒューゴとばったり出くわした。


「勉強はどうした?」


 洗濯物を運んでいる途中だったヒューゴは問いかける。


「終わったよ。いろいろとね」


 毒のある言い方にヒューゴは気にせず話しかける。


「魔法の研究でもしてみたらどう……」


「マナがほとんどないのにどうしろと?」


 しつこいヒューゴに段々と気が立ち、食い気味に反論する。


「勉強も終わった。教えてくれよ、魔法を斬るっていう戦友のこと」


「それは……」


 いつも軽快で余裕を見せるヒューゴが初めて口ごもる。


 今まで魔法が使えない俺に、魔法を斬る戦友がいることを話に出すことはなかった。

 今さら別の希望をちらつかされルドの機嫌が悪くなっていく。


「もういい。自分で探す」


 最後まで何も言わないヒューゴに別れを告げ、ルドは自室から赤と黒を基調とした刀を回収して家を飛び出した。

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