第3話

 運動会を終えてから、俺は変わった。積極的に鬼ごっこに混ざって足の遅い者を狙ったり、他の子供の遊び道具や遊び場を無理やり奪い取るようになった。自分と他人を比べ、得た優越感で自尊心を育てることしか頭にないようだ。生まれついた足の速さも、その自尊心の増幅に加担していたように思う。

 自尊心を肥大化させたまま、俺は小学校に入った。幼稚園の三倍近い人数が集まるその場所では、俺の足の速さは飛び抜けているわけでは無くなった。

 優越感を感じられなくなった俺が取った行動は、『群れる』こと。自分より身体能力の高い者、発言力のある者と同じグループに入り、あたかも自分の能力が高いかのように振る舞い、他人を見下し、自分が一番で無くなってもなお優越感を求め続けた。そして、もし何か勝負事があっても全力を出さないことで、自分は本気を出せば勝てると思い込む。

 そこには幼稚園の頃の純粋さはどこにも無く、俺が笑うのは誰かを見下している時だけだった。


 そんな自分の姿を見ていられなくなり、小学六年生までスキップした。


 六年生の四月から再生する。画面に映ったのは、塾で勉強している俺だった。この頃のことは覚えている。当時、俺は中高一貫の私立進学校に受験するために塾に通っていた。

 この時の俺は、それまで自分が入っていたグループのクラスメイトをも見下しているように見える。


すい、今日俺ん家来る? みんなでゲームしようって言ってんだけど」


「いや、塾あるからムリ。いいよな、お前らは気楽で」


 こんな会話が多かった。こいつらとはレベルが違うと思い込んで、優越感に浸るのに、塾や受験は都合のいい道具だった。さらに、家に帰れば勉強をする訳でもなく、オンラインゲームで初心者を一方的に痛めつけ、優越感を得る。

 俺には優越感の奴隷のように見えた。

 その状態で丸一年。努力を知らない俺の手元には、平凡な小学生に少し毛が生えた程度の学力と、初心者には勝てる程度のゲームの腕。そして、異常に膨れ上がった自尊心が残った。

 周囲の人々に自分は絶対に受かると言いふらし、模試で結果が出なくても、俺はまだ本気を出していないだけだと言い張っていた。


 そして来た入試当日。試験開始の合図と共に、問題用紙を捲る。大問の一つ目を見る。飛ばして大問二を見る。また飛ばす。大問三、四、五全て飛ばし、大問六を見ようとすると、問題用紙の続きは無くなっていた。何度も何度も問題文を読んでは、問題用紙のページを捲る。せめてペンを持って何か書けと思うが、延々とページを捲る作業を止める様子はない。

 俺は泣いていた。ただの一つも解ける問題が無く、受かる受からない以前の問題だった。そんな俺をよそに、周りの子は淡々とペンを動かす。ペンの走る音は、泣いている俺を嘲笑うようだった。俺はただ、許しを乞うように蹲り、試験終了の鐘を待っていた。


 それまで不正に手に入れていた『優越感』の副作用である『劣等感』が牙を剥いた。今までの代償を払わされたに過ぎない。完全に自業自得である。


 ただ、小学生の俺にはその代償が大き過ぎた。たとえ上位数パーセントになれたとしても、それが一番でなければ強い劣等感を感じずには居られなくなるほどに、この時の傷は深かった。


 この時から俺は、唯一絶対の勝者の『一番』に固執するようになる。


 俺が一番になりたかった理由は、劣等感の鎖から開放される為だった。

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