第21話 大団円(?)ハッピーエンドってこういうことよね!②
日々はいつも通り慌ただしく過ぎて、祝賀会が行われる日がやってきた。
昼間から街には人が溢れ、アナスタシアは彼の肉屋を手伝いに朝から出かけている。
舞踏会には彼と一緒に出るそうだ。アナスタシアはリア充をエンジョイしてる。
エラと私は、お母さまのサロンの手伝いに追われていた。
サロンは朝から、少しでも綺麗になって王子様の目に留まろうとする若い女性で大賑わいだった。
成人式のヘアサロン状態で、流れ作業にしないと終わらない勢いだ。
予約客だけでも目が回るくらいで、自分たちの支度が出来るのだろうかと思うほどの忙しさだった。
夕方に最後の予約客を見送って、まずはお母さまにメイクを施す。
年齢の割に若く美しい肌をメイクでつややかに仕上げて、着替えに行ってもらう。
続いてエラの全身マッサージとメイクを念入りに。
今日は最大級に美しくなってもらわなければ! 自慢の
仕上げのおしろいには、照明できらきら光るようにパールの粉を混ぜたので、エラの透き通る白い肌がより美しく見える。
そしてドレス。
ふふふ、この時の為にこっそり練習していたのよ!
私の努力が今実を結ぶとき!!!
「ビビディ・バビディ・ブー!」
使う魔法の決められた言葉じゃないけれど、何となく使ってみたかったあの妖精さんの呪文。
かける魔法と全く関係のない言葉を媒介にするのは、成功させるまでが結構大変だったのだけど、何とかやり遂げた。
目の前にいるエラが何よりの証拠!
淡いブルーの布地にオーロラ色の薄い布がふわっとアクセントになって、エラを引き立てている。
アクセサリーなどのパーツもエラにぴったりで、見ている私の満足度は頂点に達する勢いだ。
何よりも、普段はメイクをしないエラの着飾った姿があまりにも美しいので、ビデオ撮影してそのままライブ配信したいくらいだ。
ひさしぶりに「よだれじゅるり」をやってしまった。
「お姉さま、お姉さまも早くメイクとお着換えを……でないと時間が来てしまいますわ」
「そ、そうね! では私も!」
自分の用意に関しては本当に無頓着でいいのだけれど。
お母さまやエラ、引率してくださるお
ドレスもだけど、メイクも普段よりはきちんとしたし、ヘアメイクもしっかりキメた。
……魔法で。
カボチャの馬車は家族みんなで出かけるから、必要なかった。
その代わりに、ルシファーを人間に変化させてこっそり紛れ込ませておいた。
ルシファーには頃合いを見計らって私のエスコートをお願いしているので、長年の計画だったその瞬間を一緒に目撃することができる。
間もなくと思うと、とっても感慨深いものがある。
お城に到着すると、きらびやかな衣装に身を包んだ沢山の若い女性と、これまたトレンドを取り入れた衣装を着た若い男性がわんさか集まっていた。
貴族も商人も平民も関係なく、沢山の人がお城の中を行き交っている。
「すごい! 夢みたい……!」
城の中に一歩足を踏み入れると、光が押し寄せてきた。シャンデリアの宝石に光が反射し、見たこともないくらいキラキラした世界が目の前に広がっている。
「お、お姉さま。私大丈夫でしょうか? すごく視線を感じるんですが……どこか変でしょうか?」
言われれば、エラの美しさに自然と視線が集まっている。
長年側にいて目を慣らしてきた私でさえ、目が眩むほど美しいと思うのに、初見の皆さんには刺激が強すぎるのよね。
「大丈夫よ、エラ。あなたがあまりにも美しいものだから、皆さん驚いていらっしゃるだけですわ。
本当に絵物語から抜け出してきたようですもの」
「そうだ、エラ。身内を褒めるものではないが、父親の私が見ても惚れ惚れするぞ。自慢の娘だ。堂々としていなさい」
「本当に美しいですよ。エラ。私も若ければ嫉妬してしまうわ。ほほほ」
お母さまの言葉は、今でこそ冗談にできるけど9年前に聞いたら青ざめるレベルじゃない?と、心の中でツッコミを入れる。
貴族の皆様のところにあいさつ回りをするということで、お母さまとお義父様は私たち姉妹を置いて奥へ進んで行った。
さて、どうしたものかと思案する私にエイダが近づいてきた。
「ドリゼラ様、エラ! ごきげんよう」
一応社交界の場なので、かなり丁寧な言葉遣いだ。
「エイダ、ごきげんよう」
「エイダさん、ごきげんよう」
挨拶を済ませると、エイダはまじまじとエラの衣装を見る。
「エラの衣装はやっぱり、ドリゼラ様の見立てですわよね? この布なんて本当にセンスが良いですわ」
褒められたら照れるじゃない! でもエイダもとても素敵な衣装を身にまとっている。
燃えるような赤に金の刺繡がちりばめられたドレス。行きたくないと渋っていたのにこの仕上がりは流石だと感心する。
「エイダ、あなたもとても素敵ですわ。まるでフェニックスのように情熱的で美しいですわ」
「ありがとうございます。あまりお褒めになると、私、照れてしまいますわ。
ドリゼラ様もとてもお似合いです。凛とした涼やかな空気感が遠くからでも良く分かりました。私の見立てに間違いはありませんでしたわね!」
「ええ、本当にエイダの見立ては素晴らしいですわ。ありがとうございます」
何とか談笑出来ているけれど、エイダとエラの二人が揃うと迫力が違う。
男性からも女性からもガッツリ注目されているのが分かる。
目立ってるなあと思っていると、アナスタシアが声をかけてきた。
「お姉さま、エラ、それにエイダ! ごきげんよう」
ここ一帯の美女率がさらにアップし、私の引き立て役率は爆上がりした。
アナスタシアの彼も、あまりの美女ぞろいでキラキラしたこの空間にかなり緊張している様子だ。
「ごきげんよう。ごめんなさいね、みんな気合いを入れているから少し気が引けてしまいますわね」
「そ、そんなことは! ドリゼラお姉さまも大変素敵でありますです」
こっそりとアナスタシアの彼に耳打ちをすると、耳まで真っ赤にして私の事も褒めてくれる。出来た彼氏だわ。
肉屋の宣伝も兼ねているとかで、アナスタシアにずるずる引きずられながら、肉屋の彼はあいさつ回りを始めた。
社交界では、こうした挨拶が大切なのよね。面倒ではあるけれど、商売では知り合うことが重要なのよ。
その点、そういった立ち回りにアナスタシアは慣れているので、将来に心配はなさそう。
微笑ましい二人を見送っていると、階段の方からざわめきが起きた。
入り口に近い立ち位置だった私たちには何が起きたか良く分からなかったけど、少ししてざわつきの原因を知ることができた。
とうとう、クリストファー様が姿を見せたみたい。
子どもの頃の面影はあるものの、端正に整った顔立ち。印象的な黒髪がさらにオトコマエを爆上げしている。
女性からはキャーキャーと悲鳴のような歓声が上がっている。
中にはあまりの美しさに倒れるご令嬢もいらっしゃるくらいで、それほどクリストファー様の魅力はすさまじかった。
誰かを探しているかの様子だったので、ピンときた私はクリストファー様の目に映る場所にエラを押し出した。
作戦は成功して、クリストファー様がその場に立ち止まる。
クリストファー様はもちろん、エラも耳まで真っ赤に染め上げている。
恋に落ちる瞬間というやつを目の当たりにして、私は心の中で大興奮する。
このままずっと見ていたい……って、私が興奮してどうするの!?
自分にツッコミを入れて正気を取り戻すと、恥ずかしくて何も話せないエラの代わりに声をかける。
「キッドさ……いえ、クリストファー様。お久しぶりですわ。覚えておいででしょうか。ドリゼラとエラでございます」
「ああ、覚えているとも! あの時から一度も忘れてはいない! 師であるドリゼラ様を忘れるものですか。……勿論、エラも」
クリストファー様は、興奮した様子で答えてくれる。声も人気声優みたいに涼やかでイケボだ。
エラを見つめたままのクリストファー様を後押しするために、エラを軽くひじでコツいて小声で挨拶を促す。
「エラ、失礼ですわよ。久しぶりの再会なのですから、きちんとご挨拶を」
「あ……はい。お姉さま。ご挨拶ですわね」
エラは美しい所作でカーテシーをすると、震えた声であいさつをした。
「クリストファー様、お久しぶりでございます。お逢いできて光栄でございます」
「ああ、エラ。君が来てくれるのを待っていました。私と踊っていただけますか?」
「は、はい」
想像通りの展開に顔が思わずニヤついてしまう。
ダンスホールの真ん中に移動していく二人を見ていると、クリストファー様の近くに見知った顔が居ることに気が付いた。
サミュエル様だ。
ダンスをするためにホールに向かった二人を見送る恰好で、私の隣に立ったサミュエル様にもご挨拶をする。
「サミュエル様もお久しぶりです。今は王子の近衛隊長を拝命されていらっしゃるとお伺いしました」
「ああ、久しぶりだな。ドリゼラ殿もお噂は城まで。何でも素晴らしい商才を発揮されているとのことで」
なぜだろう、丁寧にご挨拶してくださっているのに、やっぱりサミュエル様はそっけない!
やっぱり王子を幼少期からお守りしているから、エラに取られるのが嫌なのかな?
ちらっとお顔を盗み見てみるものの、やっぱり子どもの頃と変わらない。
武官だというのに荒々しいところもなく、シュッとした美しいお顔だというのに、眉間にしわが寄るほどに眼光を鋭くされている。
周りの女の子がちらちらソワソワした視線を送っているのに、素知らぬ顔で跳ね返している。
私以上に鉄壁だ。
「分かりますわ。お互い親の気持ちと言いますか、複雑な気持ちですわよね」
「そうだな……」
言葉少なに相槌を打たれたサミュエル様は、二人が踊りはじめる様子をじっと見ている。
重苦しい空気に耐えられなくなりそうになった頃、私の肩をとんとんと叩く誰かの手があった。
振り返ると、そこには人に化けたルシファーが立っていた。
「ドリゼラ、そろそろ……」
「あ、ええ」
ルシファーにかけた魔法がそろそろタイムリミットのようだ。
私はサミュエル様に場を離れる挨拶をして、ルシファーと中庭に向かった。
時刻は午後10時。あと2時間ほどでガラスの靴のハプニングが起こるはず。
0時になったらお城の裏側にある階段下で待っているとエラに事前に伝えてあるので、真面目なエラはきっと0時前には階段を降りるだろう。
あとはルシファーと一緒に覗き見……ごほん。タイミングを見計らって、魔法で靴を脱がせれば計画は成功!
後日、靴を持ってクリストファー様が家にやってこれば婚約成立!という計画だ。
ルシファーと念のため下見をするために中庭を抜け、階段まで向かう。
裏手に回ろうとすると、男女の話し声が聞こえた。
「お話って何ですの?早く舞踏会に戻りませんと。せっかくの場ですのに」
「いやあ、あの……その」
この声は、アナスタシア!!?ってことは……まさか、プロポーズ?
反射的に茂みに隠れて、わくわくしながら様子を覗き見ると、肉屋の彼がアナスタシアにおもむろに跪き叫んでいる。
「僕と! 一緒になってくださーーーい!!!」
アナスタシアは、真剣な彼の顔を見て目を潤ませると差し出された手を取った。
「はい、はい!! う、嬉しいです」
私も嬉しいです! まさか庭を徘徊していたら妹のプロポーズの現場に出合うとは!
こちらまで嬉しくなって、思わず目の奥から熱いものが溢れる。
「梨蘭、まだ時間はあるしこっちで少し休もう」
ルシファーが、少し離れた噴水のある場所にエスコートしてくれた。
ハンカチを引いて、その上に座らせてくれる。
「ありがとう、ルシファー。本当にあなたはジェントルマンだね」
「そんなことないさ、当然のことだよ!」
えっへんと胸を張るルシファーが隣に座り、私はルシファーの肩を借りて気持ちを落ち着けた。
この軽口を聞けるのは久しぶりで、本当に嬉しい。
どうして動物形態だと言葉が通じないのか分からないけど、こうやって人の姿になれば話ができるのなら、また魔法をかけようかな、なんて思う。
ルシファーに寄りかかっていた肩がだんだんと重くなってくる。
あれ? ルシファー、私に体重預けてない?
ぱたん!と膝枕になる形でルシファーが倒れてくる。
えっ! ちょ! 猫とはいえ、人型の男性にひざまくらなんて、
焦ったものの、すぐにぽふん!と音を立てて、ルシファーはネコの姿に戻る。
魔法の効果が切れたのか、焦った~!
膝の上にちょこんと座っているルシファーを撫でながら、空を見上げると満点の星が輝いている。
「綺麗だねえ、ルシファー」
「にゃあ~ん!」
さっきまで話をしていたはずなのに、ルシファーとはもう会話をすることができない。
また魔法をかけようとしたところで声をかけられる。
「あんた、大丈夫か?」
振り向くとサミュエル様が立っていた。
「サミュエル様? 大丈夫って、何がですか?」
猫を抱いた私を見て、サミュエル様も驚いた様子だ。
「いや。見たこともない男に連れ出されていたから、気になってな。泣いている様子だったから……。
いや、何もないならいい」
「心配してくださったんですね。ありがとうございます。サミュエル様はお優しいんですのね。
あの、私、少し用事がありますの。失礼しますわ」
魔法発動前で良かったー!!!
見られるかもしれなかった事で、心臓が大爆発しそうなくらいバクバク言っている。
ちらっとサミュエル様の方を見ると、警戒しながら城に戻っていくのが見えた。
警備も兼ねて回られていたのかな? 危ない、気を抜かないようにしなくては。
きょろきょろと辺りを見回して、誰もいない事を確認するとまたルシファーに魔法をかける。
「危なかったよ、今のは! 梨蘭、気を付けておくれよ!」
ルシファーの小言をはいはい、と聞きながら現場(階段)まで移動する。
階段の中腹あたりに踊り場があるので、ガラスの靴を落とす場所はここに決めた。
階段の途中で脱げて、エラが落ちたら大変だもんね!
万全を期さないと。
ドキドキ・ワクワクしながら、階段横の茂みの中で決行の時を待つ。
その間、ルシファーとしばらく出来ていなかった会話を楽しんでいたので、待ち時間を全然感じなかった。
ゴーン……ゴーン……
0時を知らせる時計の鐘が鳴り始めると、男女の喧騒のような声が聞こえてきた。
『来た!!!』
エラが階段を降りてきて、それを王子が追いかけている。
物語の通り素敵な名場面だ。
えいっとエラの足元に魔法をかけると、左足からガラスの靴がするっと抜け落ちる。
一瞬エラは立ち止まったけど、クリストファー様が追いかけてくるのと私との約束の時間に遅れそうなのとで、そのまま駆け下りて行った。
ガラスの靴を持って呆然と立つクリストファー様を横目に、私とルシファーは急いで合流地点へ向かった。
「エラ!」
こっちこっちとエラを呼ぶと、駆け下りてきたエラが呼吸を整えてから私に謝る。
「お姉さま、遅れてしまってごめんなさい。そして……私、お姉さまにいただいた靴を片方落としてしまいました」
「いいんですのよ。エラ。さあ、お
馬車に戻りながら、私は思った。
あれ? これって私たちのことを王子様は知っているわけだし、わざわざガラスの靴を残す必要って、あった?
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