第19話 攻略対象④お義父様の運命、変えてみせます!③

『家を出る時は全くこんな気配はなかったのに、どうしてこんな……?』


『きっと、ぼくらに気付かれないように気配を消していたんだと思う。

 ドリゼラを見る護衛たちの視線が必要以上にいやらしかったのは、気配を消すために分散していたんだろうね』



 往路でジロジロ舐めるように見られていた感覚を思い出して、私は身震いをする。

 そういえば、あのいやらしい目線を復路では感じなかった。



『なるほど、じゃあお義父とう様を狙ったのも?』


『うん、多分そうだと思う。嫉妬のエネルギーというのは本当に厄介だよね!』


『私、嫉妬されるような覚えは全くないんだけれど。何が原因なのかなあ?』


『いっぱいあるよ、人が嫉妬する条件なんて何でもいいんだ。頭がいい・仕事ができる・家が裕福・姉妹が美人・絵にかいたような幸せな家庭・さらに男性を虜にするおっぱい。……とかね?』


『おっぱいって!!! そんなの勝手に育ったんだから仕方ないじゃない!!! 私だって普通のつつましやかなサイズが……』



 ルシファーの軽口に反論していたら、いきなり水の玉ウォーターボールが飛んできた。

 危ない、目の前の敵に集中しなければ……流石にこの海に投げ出されたら積む。

 私が意識を失えば……強化の魔法が失われ、この船はきっと嵐に耐えられず真っ二つよね。


 いやな感覚が背筋を伝う。



『うふふふふ、この瞬間を待っていたのぉぉぉ!!! よくも、よくも私の計画をメチャクチャにしてくれたわね!!!』


「計画をメチャクチャって何?私は自分の前にある平穏を守っただけ!」


『幸せな家庭なんてクソくらえよ! トレメイン婦人あの女の居心地は最高に良かったのに! 余計なことを……!』


「お母さまをあんなふうに歪めてしまったのは、あなたが原因なの??」


『そうだ! 私がまだ種だったころ、トレメイン婦人あの女は夫を亡くし、良い苗床として黒い感情を沢山私に与えてくれた。

 あんなに居心地の良い環境はなかったさ! それなのに……お前が改心させてしまった!!!』


「お母さまを改心させないと、私の未来が無かったからよ! でも、お母さまが自ら黒い方へ歩んだんじゃなくて、正直ホッとした。少なくとも、あなたがお母さまに宿らなければあんなに歪むことはなかったはずだから!!!」


『うるさい! 私たち一族は、女の嫉妬に取り付いて成長するのさ! そして宿主を乗っ取り、男の生気を奪うのだ!!!

 私は一度お前に消されかけたせいで、ここまで大きく成長するまで時間がかかってしまった。お前のせいで、だ!!!』


「何でも私のせいにしないでよ! そもそも、私たち母娘おやこに執着しなくてもいいじゃない!!!」


『お前は……梨蘭と言ったか。その魂が覚醒したからこそ、嫉妬を集めるのに格好の素材となったのだ。すべてはお前のせいだ!』


「くっ……! 私はただ美少女エラを一番近くで眺めて、ハッピーエンドに導きたかっただけなのに!」



 思わず本音が漏れて、一気に場の空気が緩んでしまう。

 ごめんなさい、ああルシファー! お願い、そんな目で(本当は表情は分からないのだけど)見ないで!!!



『転生者め、こざかしい! 沈んでしまえ!!!』



 水の玉ウォーターボールが次々と私に向かって飛んでくる。防御はするものの、このままではお互い消耗するだけだ。



『ルシファー、何か策は……水には木属性って言うけど、私は攻撃するような魔法は持ってない……』


『確かに、梨蘭はどちらかというと想像系・強化系と精神系が得意だもんねー。まさかこんな風に戦闘になるなんて思ってなかった。ゴメン、ぼくがしっかり危機管理してなかったからだ』


『そんなことない! ルシファー。手にした魔法書に、たまたま攻撃系魔法が載っていなかっただけだから!』



 ルシファーが謝ることなんて本当に何もない。今まで私たち姉妹のために、沢山教えてくれて沢山助けてくれた。

 私はアラビアで盗賊たちにしたように、彼女の周りの空気を薄くするやり方を使ってみた。

 効果はあったようで、悪意の塊セイレーンの依り代だったアメナの意識が途切れたようだ。

 意識を無くしたアメナを上手く操れなくなった悪意の塊セイレーンは、あっさりとアメナの身体を捨てた。

 霧のような黒いモヤがアメナから湧き上がり、女の形を作り上げていく。



『どうせ、この女の身体アメナは一時しのぎだ。私の依り代は別にあるのだからな。』


「まさか……!?」



 私は積み荷の空いていたスペースのことを思い出す。

 あのスペースに、やっぱり何かがあったんだ!・・・でも、何が?

 結局何が入っていたのかは分からないけど、両手ですっぽり隠せるくらいのサイズだったように思う。

 あまり大きくない、何か。


 ゆれる船と濡れた床に足を取られながら、あたりを見回してみる。

 倒れている男たちの近くにある、小さな水差しのようなものに違和感があり、どうしても気になる。

 見ると気持ちがざわつく。



『梨蘭、その感覚は正しいね。あれがきっと依り代だ』


『問題は、どうやってあれを奪うか……よね。敵の真下だし、きっと何かあるから見える位置に置いていると思うし』


『梨蘭。花を出す魔法、あれを使って敵の目をくらませよう』


『うん、やってみる! ロジェ!』



 殴るような雨の中、急に辺り一面に色とりどりの花が咲き乱れる。

 その花に翻弄されるように、セイレーンを形どった黒いモヤも霧散していく。


 隙をついて水差しのようなものに近づくと、それを手に掴む。

 思ったより簡単に手に入れることが出来たので拍子抜けだ。


 これは、ランプ……? 随分さびれて汚れているように見える。

 魔法書の時は、私が手にするだけで祓うことができたけど……今回はどうなのかな。



『ルシファー! これ、どうしたら?』



 ルシファーにどうすればセイレーンとなった悪意のモヤを断ち切れるのか、聞こうとした瞬間。

 バンっと音を立て甲板のドアが開き、そこにはお義父とう様が立っていた。



「ドリゼラ! こんなところに居たのか! 甲板は危ないから、早く船の中に戻りなさい!」


「お義父様……!?」



 お義父様の見ている前で魔法を使うことはできない。

 急に襲ってきた大波で船が傾いた。

 お義父様の登場に戸惑っていた私は、転がっている船員に足を取られて盛大にこける。

 ランプを離すまいと胸に抱いたせいで、丸まった身体は船の端まですべっていってしまった。

 それを見たお義父様は、慌てて甲板に出てこようとする。



「だめ、お義父様! 甲板に出ないで!!!!! 私は大丈夫だから、戻ってください!!!!!」



 私の声は雨と風の音にかき消されて上手く届かない。

 お義父様は私が助けを求めていると勘違いしたのか、私に駆け寄ってくる。

 倒れている船員と護衛の人を部下に助けるよう指示し、お義父様は私の元へ──────。


 その好機チャンスをセイレーンが見逃すはずもなく、お義父とう様めがけて水の玉ウォーターボールを投げつけ、それがヒットしてしまった。

 お義父様はなすすべもなく、弧を描き甲板から落ちていく。

 荒れ狂う海の中へ。

 全てがスローモーションのように見えた。


 お義父様を助けなくては! そのために私は今まで頑張ってきたのでしょう?

 エラと、私とアナスタシアとお母さまのために!


 何とか海に着水する前に加護の魔法をお義父様にかけることができた。

 同時に、ルシファーが海に落ちていくのが見えた。



『梨蘭、ぼくがきみの代わりにエラの父親カレを助ける! セイレーンはきみに任せるよ! 大丈夫。きみは【持ってる】!』


『ルシファー!!!』



 ルシファーが側にいてくれて、更に加護魔法がかかっている。お義父様は大丈夫、絶対に!

 自分に言い聞かせてゆっくり立ち上がり、セイレーンの依り代であるランプをギュッと握りしめる。

 アメナを含む倒れていた人たちを、ほかの船員たちが船の中に運び込んだのを見て、胸を撫でおろす。

 私とお義父様のことには、誰も気が付いていないみたい。

 ルシファーが、海に落ちる前に誤魔化しジャミング魔法をかけてくれたのだと思う。



「可哀そうなセイレーン。あなたたちは人の負のエネルギーで生まれ、自分を成長させると言った。

 そんな負の感情に晒されなければ生きていけないなんて、悲しすぎる。

 負の感情は、笑ったり、幸せな気分になったり、感謝したり、そういう感情の対局にある。

 それを知らないで育つしかないなんて」


『そんなもの、いらない! 負のエネルギーはどんな感情よりも強大で甘い味がするのだ!』


「そんなことない。それよりもあなたに知ってほしいのは、負の感情よりも強大なエネルギーに愛があるということ。

 誰もが愛を忘れては生きていけない。生きているものはどんな形であれ、生まれながらに愛を知っている。

 なぜなら皆、平等に幸せになる権利があるから。

 

 もちろん、あなたにも!!!」


『いやだ、何をするんだ! こんなあったかい物を私に流し込むのは、やめ……くれ……ぐあっ!!!』



 魔法を使ったわけではない。ただ、私の中から溢れてくる感情が光の渦となってあふれ出た。

 それが空に向かって伸びる光の柱となる。


 船の中に居た者は、船に雷が落ちたと見間違っただろう。

 私にはそれは長い時間に感じたのだけど、実際はほんの一瞬だったみたい。


 胸に抱いたランプは、汚れたような赤黒いシミが消えて綺麗な黄金きん色のランプに変化した。

 同時に切り裂くような「ギャーーーーー!」という声が響き渡り、黒いモヤが完全に消え去ったのが見えた。

 次にセイレーンあなたが生まれる時は、祝福が沢山あふれる中に生まれますように。

 光の渦が消えていった空を見上げると、雨雲が割れて青空が見える。

 海も徐々に穏やかになり、波間にお義父とう様とルシファーを見つけ、呼びかけに応えられない様子なので転移魔法を使って救助する。


 お義父様は体力をかなり消耗していたのか、意識が混濁していた。

 それ以外はどこかをけがした様子もなく、何度かの呼びかけで意識がはっきりすると、すぐに船の状態を確認するくらい元気に動き回っている。

 お義父様の話では、ルシファーが一緒に落ちてきて、ドリゼラの大事なぬいぐるみだ!と抱き寄せたところまではハッキリと覚えているそう。

 そのあとはあまり良く覚えていないみたい。

 ただ、なぜかは分からないけど、抱き寄せたクマのぬいぐるみが浮き輪のように浮き、そのおかげで波にのまれずに浮いていられたんだって。

 ルシファー、グッジョブ!


 アメナは、船に乗る前からの記憶が曖昧で、気が付いたら船のベッドに寝かされていたんだって。

 話を聞いた時、アメナは別人のように大人しいでビックリした。

 あの目を引く美しい派手な外見は、セイレーンに乗っ取られていたからだったみたい。


 そんなわけで嵐は去り、予定通りに港に戻ってくることができた。

 みんなあの嵐の中、よく無事で戻ってこれたと口々に言っている。

 嵐の原因は私への嫉妬心の塊だったのよなんて、絶対に言えないし!

 何だかんだで無事に帰ってこられたから、オールオッケー!


 家に無事に到着し、家族にお土産を渡しながらこの冒険譚を話して聞かせると、お母さまとエラに「もう二度と遠くに行かないで欲しい」と懇願されてしまった。

 アナスタシアは私が強いことが誇りみたいだから、カッコイイ!とはしゃいていた。

 過保護にしすぎて、アナスタシアは少しズレた感覚の子に育ってしまったかもしれない。



 家族団らんをかみしめて、家に帰ってきたことを実感する。

 思っていた通り、逢えなかった二か月ちょっとでエラは更に美しくなっていて、最&高だった!


 お義父様の死亡フラグも、ルシファーと一緒に回避することができた。

 あとは最後のビッグイベントを残すのみよね。

 自室に戻り、ルシファーに話しかける。




 ……ルシファーはあれ以来、私に語り掛けることはない。

 ただのぬいぐるみがそこにあるだけ。



 中身が空っぽの、ただのぬいぐるみに。



 お義父様の為に自身の魔力を全て使い切ってくれたんだろう。

 元々、ルシファーにそこまで強大な力はなかった。

 ナビゲーターとしての力しかなかったルシファー。

 私の為に頑張ってくれたルシファー。


 私は緊張の糸が切れて、ルシファーを抱きしめて泣いた。


 だまって行ってしまわないでよ。

 いつか別れが来ることは分かっていたけど、でも。

 あの軽口は、もう聞けない。


 嗚咽が漏れるほど泣いたのは久しぶりだった。

 翌朝、鏡を見るとびっくりするほど目が腫れあがっていた。

 そこは、マッサージと魔法で冷やして何とかすぐに戻すことはできたのだけど。

 1日何事も無いようにふるまうのは、少しこたえた。



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 ルシファーを失った喪失感で、私はぼんやりと過ごすことが多くなった。

 旅から一か月も経過すぎたのに、家族や商会の人たちにもかなり心配をかけてしまっている。



 唯一事情を知っているエラが、私を外に連れ出してくれる。

 悲しい時、嬉しい時、姉妹でこっそり訪れた裏庭を抜けた先にある、あの花畑。


 エラと一緒にランチを取り、のんびりと過ごす時間に心が癒されていく。

 ああ、エラはとても綺麗だわ。このまま時間が止まればいいのに……。

 あ、私そういえば時間止められるか、あはは。

 危険な私の妄想が始まった頃、森の奥から小さな白黒の子猫がトコトコと近づいてくるのが見えた。



「あら、可愛い! 子猫ちゃん、こっちにおいで~! どこから来たの?」



 猫に話しかけると、エラが目を丸くしたあと、くすくすと笑い始める。どうしたの?と聞くと



「この子、『ぼくの名前はルシファー! 梨蘭のパートナーだよ!』って言ってますわ!」



 エラは私の梨蘭本当の名前を知らない。



「なぜ、エラが私のことを『梨蘭』と言うの? それは、ルシファーだけが特別に……」


「ですから、この子猫が言ってるんですのよ、お姉さま! 『梨蘭、久しぶり! 嵐の日以来だね!』ですって!」



 ニャーと短く泣いた子猫が、耳をカシカシと搔いている。

 その姿は、なんだか軽口ばかり言っていたルシファーと重なるところがある。



「本当に、本当にルシファーなの? 私のパートナーって何? ナビゲーターじゃなかったの??」



 子猫を抱き寄せて頬ずりすると、子猫は私の頭をぽんぽんと軽く叩いて「ニャー」と鳴いた。



「『まだ信じないのかい? それならきみの秘密を全部エラに暴露しちゃおうか?』ですって!

 お姉さま、ルシファーが戻ってきてくれたのですわ! 絆の……愛の力ですわ!!!」



 大げさだけど、絆の力があるのならこんなに嬉しいことはない。

 エラに動物の言葉を聞く力がなかったら、こうしてルシファーと再会しても、気付くことは出来なかったかもしれない。

 ルシファーをギュッと抱きしめて、再開を喜ぶ。


 ルシファー(エラの翻訳)によると、私を阻害する悪意セイレーンを倒すことが、元からルシファーに与えられた使命だったそうだ。

 色んな制約があって、自分からそれを言うことは禁じられていたみたい。

 次の魔法ナビゲーターになることもできたけど、私のパートナーを選んでくれたんだって。

 一度パートナーになると相手と運命共同体となり、私が死ねばルシファーも消えるらしい。

 ナビゲーターのままなら、次の娘の見守り役としてずっと活躍できるのに、パートナーになると死後は無へと還り、記憶を失い転生するのだそうだ。


 次は記憶を失ってしまうのに、私の側に来てくれるなんて……嬉しい!



ニャー! 梨蘭の側が面白いニャー! からだよ! 今は通じてゴロゴロないだろうけど……」



 全てをエラの翻訳に任せるわけにもいかないけれど、エラの困った笑顔を見る限り、ルシファーはきっと軽口を言っているに違いない。

 ルシファーを抱いて、家に戻る。



 新しい家族ルシファーはすぐに受け入れられ、今まで以上に楽しい時間を過ごせるようになった。



 さあ、最後のひと仕事! そろそろガラスの靴やドレスの材料を揃えていかなくてはね!

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