第17話 攻略対象④お義父様の運命、変えてみせます!①

 あっという間に月日は流れ、お母さまがしっかり前を向けるようになって、5年の年月が経った。

 学校を卒業し、すぐにお義父とう様のお仕事を手伝うようになった私は、隊商についてあちこち旅をすることも増えて忙しい日々を過ごしている。


 旅から戻ってくるたびに、エラは美しく成長していて……何て言うか、いつも以上の満足感が私を包み込むので、旅に出ると帰りが楽しみで仕方がない。(実は、お義父様もそうみたい。)


 私がお義父様の旅について行くにはもう一つ理由がある。

 死亡イベントを回避するためという、大事な理由が。

 今のところ、イベントは始まりそうにないけれど、念のため長い旅の時はべったり側に張り付いている。

 お義父様はイケメンだから、そばに居ても全然嫌じゃないしね! むしろ役得かもしれない。


 魔法書の魔法も、ほぼ網羅し尽くしていて免許皆伝レベルではあるものの、まだ祝福の魔法を完璧に操れていない。

 ほぼここ2年は祝福の魔法中心に鍛錬している。

 発動がスムーズに行えない、死を回避できるほどのレベルで使えないという理由で、ルシファーもまだ私を見守ってくれている。


 この5年で私もかなり良い感じに(主に胸が)成長して、言い寄る殿方も増えてきたけれど……何だかんだで論破して遠ざけるようにしていたら、いつの間にか私は社交界の男性から「売るわしの冷嬢」なんて揶揄されてしまっている。

 いつも商売の事しか考えていないし、男性には冷ややかな笑みを浮かべるって意味なんだって。

 まあ、面倒なことが回避出来ているなら問題ないけどね。私の「麗しの令嬢」はエラひとりだし!


 アナスタシアは人懐っこい性格も手伝って、最近はあちらこちらからお声がかかって大忙しだ。

 少しだけ商売のことも教えているので、私やお義父とう様の代わりにトレメイン家の外交を買って出てくれている。

 ご婦人同士のティーパーティに行って情報収集して、商売に繋がりそうな話を聞いてきてくれるのは本当に助かっている。

 そうそう、アナスタシアは気安い性格と美しい娘に育っていることもあって、狙っている男性も多いみたい。

 当の本人は男性を翻弄して楽しんでいるように見える。お姉さま以上にかっこいい男性が現れたら付き合うんですって!

 私はそれを「バリバリ働いている人が素敵」という意味に捉えて、必要以上に悪い虫が付かないように、アナスタシアには背中を見せて頑張っている。


 エラはというと、人見知りがあまり改善しなかった。

 学校を卒業後はお母さまの裏方の手伝いや、花嫁修業と称して家事をがんばっている。

 控えめに言わなくても、エラの作った料理はとても美味しいので、レストランでも開きたいくらい!

 本人が絶対嫌というので諦めているけれど、いつかできたらいいなあ。

 お母さまとの関係も良好で、本当に関係が改善して良かったと思う。


 お母さまは商売が軌道に乗り、今では店舗を構えるほどの人気ぶりで、意地悪なんてしている暇もないくらい忙しい。

 人に頼られることで自己肯定感が一気に高まって、毎日充実した日々を過ごしている。

 私がたまにマッサージと言って軽く若返りの魔法をかけているおかげで、5年前よりつややかで若々しくなっているのは内緒で。

 ちょっとくらいご褒美があってもいいじゃない! 微調整くらいで十分美しさをキープできているので、やっぱり地が良いんだよね。


 そんな感じで毎日忙しいけど楽しい日々を過ごしている。



「ドリゼラ、次の航海が決まったぞ!今度は少し遠い国へ行く」


「お義父とう様、今度はどこに行く予定ですの?」


「今度はアラビアだな。香辛料も捨てがたいが、織物を仕入れたいと思っている。アラビアの織物は美しいぞ!」


「アラビア!! 素敵ですわ! 勿論、私もついて行きます!」


「ドリゼラ、今回はお前を連れて行くのは気が引けるな。かなりの長旅になる」


「いいえ、ついて行きますわ。アラビアって……エジプト経由で紅海から進めばそんなに遠くありませんわよね?

 往復でかかっても3か月くらいでは?」


「なるほど、紅海からか。確かにそちらのルートの方が近いな。ドリゼラの頭には地図がしっかり入っているな! 流石だ!」


「ほほほ、お義父様のサポートとしては当たり前ですわ!」



 し、しまった! もしかして、まだ地中海の航路が盛んじゃないのかな? 歴史もっと勉強しておけばよかった!

 ここはお話シンデレラの世界だから、梨蘭わたしの知っている歴史通りとは限らないけど。

 海賊とかもいるかもしれないし……大丈夫かな?

 私が「普通でない事」を提案する時も、普段から難しい本を読んでいるのでお義父様はあまり疑問に感じないみたい。

 ちなみに、難しい本=魔法書だったりする。魔法で難しい本に見えるようにしてあるのよね。

 普段から怪しまれないようにしていた効果が上手く作用してくれるから助かる。

 世間では魔女狩りなんて物騒な話も聞くし、私が魔法を使えることは出来るだけ知られないようにしないと。

 目ん玉くりぬきバッドエンドも嫌だけど、拷問&火あぶりバッドエンドも嫌だもんね。考えたらじんわりと汗が……。


 旅のスケジュールもあれやこれやで決まって、お義父様と商会の人バイヤーと、そして護衛の方々と港町まで移動して、そこから約2週間の船旅となる。

 今回の旅は、ルシファーも一緒だから心強い。

 船旅は本当に穏やかだった。

 天候にも恵まれ、貼られた帆とさわやかな海風がとても気持ちいい。


 正直に白状すると、少しでも早く到着したいから風を操ったりしました。


 3か月もエラと離れ離れなんて、流石の私も美少女成分が足りなくておかしくなりそうだし。

 船には男性ばかりだし。

 なんだか雇った護衛の方々は私の事をチラチラ見て誘ってきたりするので、とにかく気持ち悪くて早く陸に上がりたかったのもある。

 ルシファーにも、自然に干渉できる部分はどんどんやっていこう!と背中を押してもらっていたので大盤振る舞い(?)しちゃった。

 おかげで2週間の船旅が10日ほどに縮まり、無事にエジプトにある港町に到着することができた。

 港町に船を停泊させておき、首都を経由して紅海を目指す。

 紅海からはまた船で対岸のアラビアに渡った。


 スムーズに何のトラブルもなくアラビアの街に到着することができたのは、念のため加護の魔法をかけていたからだと思う。

 発動してから効果が消えるまでの時間が短いので、何度もかけ直しながらだったけど、成功して何より!

 私だってちゃんと活躍しないと、何のために旅にくっついて来たのか分からないもんね!



 それにしても、アラビアのバザールは何て活気!!!



 綺麗な布が店頭を飾り、ありとあらゆるスパイスが手に入るんじゃないかというほど積まれ、エキゾチックな模様が入ったランタンなど、とにかく驚くほど物が溢れている。

 色の洪水と言ってもいいくらい、カラフルだ。


 目を奪われている私の頭をお義父様がポンと叩き、好きなものを見ておいでと言ってくれた。

 しかも、私の感覚で交渉して良いって言ってくださったので、信頼されていると嬉しくなった。

 商会の人バイヤーは皆、もう目当ての物品の買い付けに出ている。

 お義父様は目当ての品の交渉が翌日ということもあり、私と一緒にバザールを見て回ってくださるみたい。

 お義父様との買い物、嬉しい!


 色々目新しいものが沢山ある中で、私が仕入れたい!と思ったのが香水用の小瓶。

 蓋の装飾がとても綺麗で、小さくて持ち運びにも便利そう。お母さまのショップでも化粧品入れとしても使えそう!

 少し仕入れてみて、売れるようなら販路を作りたいなと早速交渉してみると、まとめ買いならかなり安くしてもらえるみたい。

 思っていたより交渉がラクだったとお義父様に伝えると、ニコニコ笑いながら「そうだろう?」とまた頭を優しくポンポンしてくれた。

 どうやら、元々バザールは交渉がしやすい場所のよう。お義父様は私に海外での交渉を体験させたかったんだって。

 地元よりもうんとラクな交渉を体験して、土地により交渉の仕方が大きく違うということが学べた。


 家族へのお土産も少し買って宿に帰ると、久しぶりのベッドの感触に一気に瞼が重くなり、私はそのまま眠ってしまった。



 いったいどれくらいの時間が経過していたのか分からない。

 何か争うような声と物音で私は目を覚ました。


 ガチャン!!


 部屋の何かが割れる音がして、もうろうとしていた意識がはっきりする。



「どこかの貴族だと聞いたぞ! 早く有り金を全部出しやがれ!」


「ですから、私どもはただの商人でして。買い付けにここに来ただけで……」


「うるさい! 貴族でも商人でもどちらでも構わん! 持っているんなら早く金を出せ!!!」



 とても物騒な会話が聞こえてくる。

 ベッドから起き上がると、お義父とう様が何やらナイフを手にした男と口論していた。



「へえ、女がいるじゃねえか。しかもかなりの上玉だ」



 私がいつもエラやアナスタシアを見る「じゅるり」の表情で、ナイフを持った3人の男たちが私の方を見ている。

 今後、そんな目でエラやアナスタシアを見ることを辞めよう!と誓ってしまったほどおぞましい目だった。

 背筋が凍るとはこういう事を言うんだなって実感してしまった。



「だめだ、私の大切な義娘むすめに手を出させはせん!!! 金目の物なら渡そう。だから、この義娘だけは……!」



 お義父様が私の前に大の字になって立ちはだかる。その姿は、キュンしてしまうほどカッコイイ!

 私には魔法があるし、いざとなったらルシファーだっている。

 何とかは……多分出来るのだけど、お義父様が居ると魔法を発動することができない。


 一瞬迷ったのが良くなかった。

 お義父様が近づいてきた男に飛び掛かり、もみ合いになった。そして男が持っていたナイフでわき腹を刺された。



「!!!!! いや!! お義父様!!!!!」



 わき腹が鮮血に染まり、お義父様が膝をついてうずくまる。

 致命傷ではなさそうだけど、すぐにでもお医者に見せなければいけないくらい深い傷なのはわかる。



「さあ、女! こっちに来い!」



 荒々しく手を掴まれて引っ張られると同時に、私は腕を掴んだ男の手を払い、縛りの魔法を脳内で発動させた。

 お義父様には時の魔法をかけ、お義父様の周りの時間を一時的にストップさせる。これでこれ以上、血を失うことはない。

 自分でもびっくりしたけど、ものすごく冷静かつ迅速だったように思う。

 部屋に押し入った男たちは急に身動きが取れなくなり、驚いた様子で口をパクパクさせている。



「二度とこんなことをしないように、しっかり身体に恐怖を植え付けなければね」



 極悪人みたいな台詞を吐いてしまったことについては、反省している。

 ごめんなさい、冷静というのは嘘。正直、お義父様を傷つけられてキレました。

 男たちの周りだけ、空気を少しずつ抜いて窒息させる。

 ジワジワと真綿で首を絞めつけるように。息が出来なくなる恐怖で男たちの顔は真っ青だ。

 意識を失いそうになる直前で酸素を吸わせる。これを何度となく繰り返す。

 急に息が出来るようになって、身体が動かないのにせき込むというのは、かなり地獄の苦しみだと思う。

 しかも、その様子を私が鬼の形相で腕組みして見ているわけだから……割と画面えづらは地獄そのものだろう。



「もう、やめてくれ……」



 かすれた声でお義父とう様を切りつけた男が懇願する。



「やめてくれ? あなたたち、そう言って懇願した相手にも非道を尽くしてきているでしょ? 許されると思ってるワケ?」


「違うんだ、本当に出来心で……俺らは初犯なんだ!!!」



 ギッと睨むと、男たちは「ヒィ! ごめんなさい! ごめんなさい!」と謝り始めた。



『梨蘭、もうやめてあげたら?彼らかなり反省したみたいだよ?』



 ルシファーの言葉で、ようやく私は我に返ることができた。本当にありがとう、ルシファー様!!!

 私、もう少しで怒りのあまり自分の手を汚してしまうところでした!!!



「もう二度と、こんな悪事を働かないと誓える?」


「誓う! 誓います!!!」



 涙とヨダレと鼻水でずるずるの顔で必死に懇願する男たち。

 悪事をしようとしたら、この出来事を思い出すよう魔法で男たちの脳にしっかり刻み込んで、転移魔法で街はずれまで吹っ飛ばした。

 今後悪事を働こうとしたら過呼吸になるけど、残りの人生まっすぐに生きてください!!と願いを込めて(?)一応、丁寧には飛ばしたつもり。

 ルシファーをカバンから取り出して、一緒にお義父様の状態を見てもらう。



『うん、毒がナイフに塗ってあったみたいだね! 梨蘭りら、毒消しできる?』


『ええ!!? 毒!!? じゃあ、お義父とう様だけ時間を止めたのは大正解だったかも!』


「デフィリゾン!」



 毒消しの魔法でお義父様の身体から毒を排除し、治癒魔法で傷ついた血管をつなぎ合わせ止血する。

 お義父様が大したことなかったんだな!と言える程度の傷まで治癒し、持ち合わせのガーゼと傷薬で患部を手当てして、お義父様の時間を戻す。

 まどろっこしいけど、記憶を改ざんするよりもある程度のリアリティを持たせた方が、丸く収まる事を私はこの5年で学んだ。

 全てなかったことにしてしまうと、記憶にひずみが出るので後々辻褄が合わず面倒になってしまう。

 今回は「刺された事実」はそのままに、傷を大したことないレベルにすることで記憶の混乱が起こらないよう、わざと完治はさせないでおく。



「お義父様!!! お義父様!!! 大丈夫ですか?」


「う……ドリゼラ、無事か?」


「はい、はい!!! 大丈夫ですわ! 私が悲鳴を上げたら、賊は逃げていきました!安心してくださいませ」


『本当は悲鳴を上げたのは、賊のほうだけどね』


「そうか、良かった。そういえば、私は刺されて……傷はあまり痛まないようだが」


「ええ、血の量は多く見えましたが、比較的傷は浅かったので私が治療させていただきました。

 ご気分が悪ければお医者様をお呼びしましょうか?」


『梨蘭の治癒魔法は完璧なんだから、一晩寝れば大丈夫だよ!』


「ああ、大丈夫そうだ。明日の商談にも支障はなさそうだよ。ありがとう、ドリゼラ」



 会話にちょこちょこルシファーの淡々としたツッコミが入るのが気になるけど、お義父様は私の頬に手を当ててニッコリ微笑んで「朝まで眠る」と眠りに落ちて行った。

 スースーと規則的に聞こえる穏やかな呼吸音が、私の不安を消していった。

 ルシファーを抱いてお義父様の手を握り、ベッドに腰掛けた……までは覚えてるんだけど。

 どうやら私もそのまま寝落ちしてしまったみたい。




 これでもう、お義父様の死亡フラグは解決……出来たと思ったら、大間違いだった!

 完全にこれで終わりだと、私も思ってたんだけどねぇぇぇ!!!?

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