第15話 攻略対象③リベンジ:難攻不落のトレメイン婦人を攻略せよ!②

 自宅に入ると、私の部屋のあたりから発狂している声が聞こえてくる。



「ぎぃぃぃぃ! あのくま。あのくまはやっぱり、何か取り付いているんだ!! 最近、買った時と違う雰囲気だと思っていたんだ! 急にいなくなるわけがない! どこに行った! 出てこいぃぃ!」



 そっと扉の隙間から様子を伺うと、お母さまが鬼の形相&荒々しい口調でルシファーを探しまくっているのが見える。

 そんなお母さまの目の前に、私はわざとルシファーを抱いて登場する。



「お母さま。私の部屋で何かお探しですか?」


「えっ……?」



 突然現れた私に、お母さまはきょとんとしている。そして、焦り出して自分がやっている部屋あらしを誤魔化すかのように、私に不満をぶつけ始める。



「ドリゼラ? あなた学校はどうしたのですか!! 今は授業中ではないのですか? なぜ家に居るんですか!!!」


「お母さま、気分が悪くて戻ってまいりましたの。お母さまこそ、私の部屋で何をなさっているんですか? 年頃の娘の部屋ですよ?」


「年頃と言っても、12になったばかりのまだ私の庇護下にある娘です! 部屋に入って何が悪いのですか。ああ! そのくま! そのくまを探していたのです!!!」



 痛いところを付かれたお母さまは、私が抱いたくまのぬいぐるみを指さして近づいてきた。

 部屋への不法侵入は正当であるとばかりに、ルシファーに責任転嫁をしてくる。



「そのくまは呪われているのです。ドリゼラ、そのくまを離しなさい。ほら、何かおかしな空気が漂っている!」



 あ、確かに。当たらずとも遠からず。相変わらず変なカンは鋭いな、お母さま。

 確かにルシファーは普通のくまのぬいぐるみではないけれど、悪く言われるのは流石にムッとする。

 高圧的な態度をとる人というのは、言葉に責任を持たせると大人しくなったりする。普段から無責任な発言ばかりしているから、自分で認めたらそれ以上そのことを追求できなくなってしまうから。



「お母さま。どうしてそう思われるのですか?」


「私は見たのです。そのくまとドリゼラが話をしているところを!」


「お恥ずかしいです。このくまは私にとって特別なもの。お母さまが買ってくださった大切な思い出ですわ。そのくまと話をしていて何かおかしいことでもありますの?

 どうして【くまがおかしい】と思われるのですか?」


「ぐっ……! それは……それは……いい年齢としの娘がぬいぐるみと話すなんてこと……おかしいに決まっています!」


「大切にしているぬいぐるみとお話するのは、普通だと思いますけれど。私はまだ、お母さまの庇護下にある年齢ですものね?

 おかしいと言えば、私の部屋に入って何をされているのですか? お母さまのほうがおかしいのではありませんか?」


「私はあなたの母親です。母親に見せられないものでもあるんですか? そのくまのように!」



 お母さまは、ああいえばこう言うので議論にならない。

 くまがおかしいということについても、くまと私が話すことについてばかりに言及している。

 論点がずれていることに若干疲れてきてしまう。



「分かりました。お母さまはくまがおかしいと仰いました。ですが、本意は私がくまと話をするのがおかしいとお思いだということですわね。でしたら、私きちんと自重します。人目につくところではこのような行動はとりません。それでどうか気持ちをおさめてくださいませ」


「ぐぅ……!」



「なぜそう思うのか」と問われて、くまがおかしい理由を答えられなかったお母さま。

 くまではなく、私の行動がおかしいと言ってしまったせいで、くまのせいだと言えなくなってしまった。

 口から出た言葉への責任は取り消すことができない。

 これで少なくとも今は、お母さまがルシファーを私から奪うことが難しくなる。



「わ、分かればいいんです。それよりも、本当に体調が悪くて家に戻ってきたのですか? 気分が悪そうには見えませんよ、ドリゼラ」


「実は……お母さまは事業があまりうまくいっていないと伺いました。私、その話を聞いて驚いてしまって。居ても立っても居られなくなり、こうして学校から戻ってまいりましたの」



 事業があまりうまく行っていないということを知られたくなかったのか、お母さまの顔色がみるみる青くなっていく。



「私でよければ、お話を伺います。こう見えてお義父とう様の事業もお手伝いしていますし、それに私はこの家の長女です。少しは頼りにしてください」


「ドリゼラ……」



 お母さまは今までこらえていたものが一気にあふれ出したのか、その場に崩れて大泣きし始めた。

 困ったなあと内心思うけど、泣いている人を放っておけないものね。

 小さな子どもみたいに泣きじゃくるお母さまを支え、自室まで送って話を聞く。


 せっかく少しずつ人に広まり始めて軌道に乗ってきたサロンが、一人の女のせいで潰されそうなこと。

 そのせいで競争が激化し、使ってはいけない家のお金に手を出してしまったこと。

 それでもお客を取り戻せず、毎日女を呪っていること。

 本当にお母さまは赤裸々に語ってくれた。堰を切るという言葉があるけれど、本当にそんな感じ。

 まさか、お義父様のお金にまで手を付けていたなんて。

 私はため息をのみ込んで、落ち着くためにすうっと深呼吸をする。



「お母さま、大丈夫ですわ。まずはお義父様にはお金のことを包み隠さず話しましょう。大丈夫、きちんとお金をお返しになり、心を込めて謝罪をすれば、お義父様もそこまでお怒りにならないと思います。

 お義父様はとてもお優しい方ですもの。それに、その女性! お母さまのビジネスを横取りするなんて許せませんわ!」



 私が代わりに憤慨することで、お母さまの気持ちが落ち着いてきた。

 そのタイミングで、どんな美容サロンをしていたのかを聞いてみる。

 すると、私が以前お母さまに行った【リンパマッサージ】を中心に、頭を洗ってマッサージしたり、お化粧を変えたり……というリラグゼーションのような事をしているみたい。


 話を聞きたくて呼び出したお手伝いさんがこっそり教えてくれたのだけど、たまにお母さまは機嫌が悪い時があると少し爪が立ってしまったことがあったりして、ちょっとした悪評もあるのだそう。

 美しいと言われるその女は、足しげく通ってお母さまの施術技術を盗み、悪評を誇張して吹聴し、お客を取ってしまったのだそうだ。


 ううん、お母さまも悪いけど……何ていうか非道だわ。

 昼ドラの女同士の職場での喧嘩みたい。私は社会人経験がないから分からないけど、普通にコワイ!!!

 1の真実を100にしてしまうのは、ある意味技術だとは思うけど。



 うーん、本来ならお母さま自身で立ち直ってもらいたいけれど……相手は一枚も二枚も上手そうだしなあ、どうしたものかなあ。



 ~~~~~~~~


「ねえ、三人でマフラーを編みません? 色違いのお揃いで! いかがかしら?」


「お姉さま、素敵ですわね!」


「ええ、お揃いなんて素敵!」


 ~~~~~~~~



 今朝の何でもない姉妹の会話を思い出して、秘策が降ってきた。

 そう、もうすぐ冬なのよ。寒くなると肌が乾燥してくる! 肌の乾燥に利くパックを目玉にしたらどうかしら??? 相手はリンパマッサージだけみたいだし、これは流行はやるんじゃない?

 プラス入浴で血行をよくしつつ、肌に良いミルク風呂に入ってもらってリラックスって言うのもアリよね!


 実は、これは梨蘭りら時代に肌の……とくに弁慶の泣きどころのすね部分の乾燥が酷くて試してみた、ネットで拾った情報の中のひとつだったりする。

 幸いミルクならこの世界でも手に入れることは出来るし、ミルクの配合をお母さまだけしか知らないようにすれば、もう技術を盗まれることもないしね!



「お母さま。こちらも対抗しましょう! 私に秘策がありますの。うふふ」



 お母さまは少しまだ頭の整理がついていない様子なので、明日もう一度話し合うことにして、今日はもう休んでもらった。

 部屋を後にすると、私は超が付くほど急いで学校に戻った。

 とにかくお母さまが憔悴している今は、もうルシファーが襲われることはないだろうけれど、念のためルシファーも一緒に連れて。


 そう、今日は三人でエバンズのお店に毛糸を買いにいくのよ!!!

 言い出しっぺの私が遅れるわけにはいかないものね。


 ……なんて表向き。


 こんな楽しいイベントを、私の思念体に取られてなるものかぁぁぁ!!!

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