第14話 攻略対象③リベンジ:難攻不落のトレメイン婦人を攻略せよ!①

 王子達との出会いから早くも季節が1つ過ぎて、秋も終盤となっていた。

 最近お母さまがあまり口うるさくすることもなくなって、姉妹三人でおしゃべりしたり勉強したりと仲を深めることが出来ていた。



 アナスタシアは無事中級クラスに進学し、エラと同じクラスに。

 エラは中途入学でまだ全教科を完了できておらず中級クラスにステイとなり、私と言えば卒業可判定をいただいている。

 私自身は、正直に言うと勉強することも特に無いのだけれど、エラやアナスタシアと一緒に居たい気持ちを最優先させて(お義父様には内緒)、上級クラスでもう一年学ぶことにした。

 お義父様は、商売の方を手伝ってほしいみたいでちょっとがっかりしていたみたい。ごめんなさい~!


 せっかくのスクールライフ、半年足らずで辞めてしまったらもったいないわよ!


 そんなわけで、今日も仲良く三姉妹揃って学校へ来ている。



「最近、だいぶ寒くなってきたわね」



 朝晩になると、吐く息が白い。

 そろそろマフラーや手袋が欲しい季節がやってくるなぁなんて、ぼんやり考えていた私は名案を思い付く。



「ねえ、三人でマフラーを編みません? 色違いのお揃いで! いかがかしら?」


「お姉さま、素敵ですわね!」


「ええ、お揃いなんて素敵!」



 案外話が弾み、学校帰りにみんなでエバンズのお店に毛糸を買いにいくことになった。

 私が、こっそりお義父様とお母さまにも編んで、クリスマスにプレゼントするのも素敵だな~!なんて思いながら授業を受けていると、ルシファーから【緊急思念エマージェンシー】が届いた。



『梨蘭! 大変だよ! 僕の存在が、トレメイン婦人にバレちゃうかも!! 今から家に戻れない?』


『ルシファー!? どういうこと? 今は授業中だけど、抜け出すわ。ちょっと待ってて!』



 この数か月の瞑想と鍛錬により、私は使える魔法も増えて……特に誤魔化すジャミング系魔法は呪文も簡単で覚えやすかったのでだいたい網羅している。

 私の思念体をその場に留めておく【変わり身】を【実体化】させ、話しかけられてもある程度返事ができるよう【自動機械人形化オートマータ】をかける。

 私は変わり身を出現させてすぐに自分を【透明化】すると、教室の空いている窓から空に飛び立ち、教室から脱出することができた。

 空を飛ぶ魔法は疲れるからあまり使いたくないけど、ルシファーが危機みたいだし、今まで覚えた魔法を総動員させる。

 こんなことなら瞬間移動を覚えておけばよかったと軽く後悔している。

 転移系魔法は、物を転移で呼び寄せるのはそんなに難しくなかったのだけど、人間にかける転移、つまり瞬間移動は複雑すぎなのよね。すぐに覚えられないからと後回しにしていたんだけど……。


 ん? 転送魔法……そっか! ピンときた私はルシファーの思念を辿って、転送魔法をかけると私の手の中にルシファーが現れた。

 ルシファーはぬいぐるみだから、難しくない方の転移魔法で呼び寄せることが出来るんだった~!

 最初からこれ使っておけば良かったと反省。



梨蘭りら! 危なかったよ! もう少しで夫人が僕の手を……!』



 怯えるルシファーを優しく撫でながら、私は自宅裏の庭向こうにある草原へと降り立った。

 透明化の魔法は念のためしばらく解かずにおく。私に触れていれば、ルシファーも私と一緒に見えなくなるから万が一誰かがここに居ても分からないから。



『ルシファー、何があったの?』


『梨蘭! トレメイン夫人はまだ負の感情を完全に開放しきれていないのは分かっているよね?』


『ええ、大分減らしてはきたけれど、まだ半分は残ってるはず』


『最近、梨蘭は夫人と少し距離を置いたよね? そのせいで不満がまた蓄積しているみたいなんだ。

 僕が梨蘭の気を引いているからだ!っていきなり僕を……!

 ああ! 思い出すのもおそろしいよ! 夫人が僕の腕をちぎろうと、部屋にハサミを取りに行ってるところで梨蘭の転移魔法が……本当にナイスタイミングだったね!』



 そんな恐ろしい目にあっていたのに、淡々と話す口調からは緊張感を感じ取れない。

 実は、ルシファーは数か月前からトレメイン婦人から、毎日悪口を浴びていたのだとか。

 大した事なかったので放置していたら、エスカレートしていったみたい。

 最近では壁にたたきつけられるなどの暴行になっていたのだそう。

 今日はとうとう、中身を確かめてやる!と発狂した様子のトレメイン婦人に腕をちぎり腹を裂いてやると罵られ、ハサミを取るために部屋から出たところだったのだとか。


 ルシファーによると、ぬいぐるみの身体でも痛覚はあるらしい。血は出ない代わりにかなりの精神ダメージを受けるのだそうだ。

 話を聞いて想像しただけでも痛いのだけど。


 とにかく、ルシファーが闇落ちしそうなくらいの暴行を受ける手前で助けることができて良かった。



『ルシファー。私……知らなくてごめんなさい。あなたのピンチに気が付けないなんて。本当にごめんなさい』


『いいって事さ! 梨蘭。僕はナビゲーターだから、キミが白い本の魔法を全部覚えたら、この依り代からは抜けることになるし。

 できるだけキミの負担を軽くするのが役割だからね! むしろ僕のほうこそ呼び出してゴメン』


『!!!!!』



 ルシファーの衝撃の告白に、私は絶句した。ルシファーが消えるなんてそんな……!



『そうだったの、本当に私は何も知らないね。魔法を全部覚えたら……そう……』



 今になって梨蘭のことを知っている存在が居ることの心強さが、どんなに支えになっているかに気付いてしまった。

 私は色んな事を与えてくれるこの子の為に何ができるだろう?


 そんなことを考えていると、見透かしたようにルシファーが続ける。



『でも、消えるわけじゃないから安心して! また次の魔法が必要な子のところに行くだけだから。だからお葬式みたいな顔しないで、梨蘭!

 それよりも、今はトレメイン婦人のことについて考えよう! 梨蘭は5年後にやってくるトレメイン氏お義父様の危機を何とかするために、出来る限り早く加護の魔法を覚えなきゃいけないからね! 余計なことは考えるの良そう!』


『ありがとう、ルシファー。ところで、お義父とう様の危機って5年後なの……?』



 しまったと口を閉じるルシファー。どうやらこの先の未来を知っている様子だ。



『ルシファー……。まあいいわ。今は目の前のことに取り組みましょう。あとでちゃーんと聞くからね!』



 聞きたいことがまだあるけれど、とにかく今はお母さまのことだ。

 今ここで怒りの原因を探って正しく対処しないと、今後も振り回されてしまうのは困る。


 話によると、最近お母さまの美容サロンにものすごく若くて美しい娘さんが入ったんですって。

 ルシファー曰く『エラがお城の社交界にデビューする時に、この人がいたら危ないと思う』レベルなのだとか。

 そんな美しい女性は、数回通っただけでサロンを辞め、トレメイン婦人と同じようにサロンを始めたのだと言う。

 中身はトレメイン婦人と同じ。若くて美しい女性がする美容サロンは噂を呼び、お客も半分近く取られてしまったんだって!


 ようは、ビジネスモデルを盗まれたのよね。割と内容がヘヴィだった。


 トレメイン婦人はそれはもう怒り狂って、夜な夜な黒魔術的な呪いの儀式を行ったりしているらしい。

 今月に入ってから、お義父様は長期のお仕事で家にいない。

 海の向こうの遠い国まで仕入れで出かけているのよね。お母さまのストレスは尋常じゃない量溜まっているみたいだ。

 だからって、娘の大事なぬいぐるみを破壊しようだなんて、していいわけじゃない。


 でも、私たちの目の前では、そんな様子は微塵も感じなかったから……。

 ある意味お母さまって凄い人なのかもしれない。


 あらかたの話を聞き終えると、私は透明化の魔法を解き、ルシファーを抱いて自宅に戻ることにした。

「黒魔術的な呪いの儀式」が気になるし、お義父様が戻ってくるまでにお母さまを落ち着かせておきたい。

 魔法が楽しくて最近コミュニケーションが取れていなかったことも申し訳ないと思う。



『梨蘭、どうするんだい? 勝算はあるの?』


『大丈夫よ、ルシファー。私がどれだけ頑張って魔法の修行をしたと思う? 今の私でもお母さまとは十分戦える!』



 何かのバトル漫画みたいに、かっこよくセリフをキメる(と言っても脳内だけど)と、私は現状把握をするためにそっと自宅に忍び込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る