第13話 エラ説得大作戦!! 王子の思い出にしっかり刻みます!

「この街を出るまでにもう一度だけお会いしたいとお伝えください」



 クリストファー様にあんなに頬を染めて頼まれたら、私だって少しくらいエラと逢わせてあげたいとは思うし尽力したい。

 けれど、当のエラ本人がどうしても恥ずかしいと、首を縦に振ってくれない。



「エラ、少しお話したいのだけれど」



 私はもう夜も更けた時間に、エラの部屋の戸を叩いた。



「お姉さま、どうぞ」



 エラは部屋に通してくれたけれど、浮かない顔をしている。

 そりゃそうだと思う。

 毎晩「クリストファー様に逢ってあげて」という話をする私の方もちょっとツラい。

 クリストファー様の力にはなりたいけれど、私はやっぱりエラの姉だもの。どちらかと言えばこのの肩を持ちたいし、嫌なことはさせたくはない。


 ない、のだけれど。


 やっぱり国家権力には逆らえない……というか、もしお義父とう様の商売に差し障りがあったら嫌だもの。

 この世界に権力を使った実力行使が無いとは言い切れないものね。

 しばらく様子を見たくても、明日で王子の学校視察は終わり、明後日にはこの街を出てしまう。

 二人を引き合わせるチャンスは明日しかない。


 クリストファー様はあと二日とおっしゃってはくださったけれど……。

 学校があるし、抜け出してお見送りに行くことはできないものね。


 あれこれ思案しながらエラの部屋に入り、ベッドに腰かけているエラの隣にそれはもうスマートかつ、さりげなく座る。



「エラ、新しく覚えた魔法を見てくださる?」



 優しく笑顔でエラに話しかける。

 エラが頷いたのを見て、魔法を一気に展開していく。



「ロジェ!」



 呪文を唱えると、赤・ピンク・白の薔薇の花と花びらが部屋中に広がった。

 薔薇の香りに満たされた部屋一面に、ひらひらと降る薔薇の花を見てエラは目を輝かせる。



「お姉さま、素敵です!」



 足首が埋もれるほど降り積もった薔薇の花を拾って香りを楽しんだり、花びらを両手ですくって放り投げたりと楽しそうだ。



「ようやく安定してお花を出せるようになりましたの。これも日々瞑想をしているおかけですわ」


「瞑想というと、お昼休みのでしょうか?私もご一緒したいのですけれど……けれど……」



 はしゃいでいたエラの顔が一気に陰りはじめる。

 ダメだ、早く本題に切り出さなくては! せっかく上げた気分が下がってしまう!


 とにかく人見知りを直すには自信をつけさせること。

 嫌と言う相手には理由とメリットをしっかり伝えること。

 あとは言質げんちを取ること。

 このあたりを上手く絡めながら話をリード! エラの未来の為に私が頑張らなきゃ!


 午後の授業の間中、先生の話そっちのけでずっと考えていたシミュレーションどおりに話を進める。



「聞いてエラ! 私、今日クリストファー様からキット様と愛称で呼ぶことをお許しいただいたの。私のこと【瞑想の師匠】と認めてくださったのよ。とても誇らしいわ! ぜひ、明日はエラも一緒に瞑想に参加してくれると嬉しいのだけれど」


「お姉さま、私は王子様のことを良く存じ上げません。そんな高貴な方々とご一緒したらきっと緊張のあまりどうにかなってしまいますわ。

 ……お姉さまにご迷惑をおかけするのは嫌です」


「そんなことありません。エラが来てくれれば、みんな喜んでくださいます!

 特にクリストファー様は王子様とは思えないくらい気を楽にお話してくださる方ですし、従者のサミュエル様にはアナスタシアもすっかり懐いていますよ」


「ですが……」



 目を伏せるエラに、次は王子と逢うことの理由とメリットを話してみる。



「少し難しいお話かもしれませんが聞いてくださいね、エラ。

 今後、私たちが大人になれば商会の集まり社交界にデビューする日が来ます。その時またお二人の近しい方々とお会いするかもしれません。

 今、この時に王子様やその従者様ににお目通りしておけば、のちのち社交界そういう場で有利になります。人が沢山いらっしゃる場所で私たちを知る人が居るというのは、とても心強いものですよ」


「人が沢山いらっしゃる場所?そんな場所、私行きません。お姉さまがいらっしゃれば私は大丈夫です!」



 ギュッと抱きつくエラに鼻の下が伸びそうになるのをこらえて、肩をさする。

 そうしてちょっと卑怯かもしれないけれど、エラにとって断れない状況を作っていく。

 どうしてもここで一度王子に合わせておいて、エラの印象を他の淑女レディの皆さんより一歩前に進めておきたい。

 幼少期の素敵で強烈な印象の出来事は、より美化されて思い出に残るものね。


 それはきっとクリストファー様だけでなく、エラも同じはず。

 すでに物語ストーリーはかなり違う方向にズレている。

 とにかくハッピーエンドを目指さないと、この先が不安すぎる。

 なにせ、この先どんな未来が待っているかわからないもんね!


 バッドエンドを想像し軽く身震いをしながら、私は抱きつくエラを渋々……いえ、嫌々……いえいえ、「仕方なく」引きはがすと、目を見つめながら真剣に話をした。

 エラの人見知りを直さないと、この子は「王子の婚約者探しパーティーになんて出ない」と言いかねないものね。



「クリストファー様との瞑想は明日で終わりです。明後日にはもう次の国に発たれるご予定だわ。

 お見送りには学校があるので行くことができません。この数日一緒に過ごした学友として、明日はお礼の代わりにこの魔法を見ていただこうと思っているの」


「お姉さまの魔法を?」


「そう。私たち義姉妹しまいのことを忘れないように、印象に残していただくために。

 ねえ、エラ。姉さまは何も考えなしにクリストファー様に瞑想を教えていたのではないの。

 お義父とう様は商人ですわ。私たちも商家の娘という立場で、もしかしたら将来お客様になるかもしれないお城の方と、しっかり繋がりを作っておくことは大切なのよ。

 そのためには印象を残さなくてはいけないわ。クリストファー様が忘れられないくらい強烈な良い印象を」


「忘れられないくらいの印象、ですか?」


「ええ。その通りですわ! 流石エラはのみ込みが早いです。姉さま自慢の義妹いもうとですわ!」



 頭をいい子いい子の要領で撫でて、褒めることでエラの自信をつけていく。



「大人になるまで、クリストファー様はいろんな方たちとお会いすると思うわ。

 その時【あの時は良かった】と、思い出に浸る時間が必ず出て来る筈です。

 とびきり強くて、なおさら良い印象というのは心に残りやすく、思い出していただきやすいの。だから、将来のために今のうちから行動しておくのは大切なことなのよ」


「お姉さまは私たちの将来の為に、動いてくださっていらしたの?」


「そうね。最初はそのようなことは考えも及びませんでしたけど、今となっては立場が上の方に私たちの事を覚えていただく、またとないチャンスだと思いますわ。

 お義父とう様と私が、もっとこの商会を大きくしたいと考えてたとき、もしかしたら後ろ盾になっていただけるかもしれません」


「後ろ盾というのは、どのようなことでしょう?」



 エラは商売のことはあまり知らないので、あまりピンと来ていないようだ。

 しまった! こんな時に商売の駆け引きなんて言うべきじゃなかったかもしれない。

 お義父様について行って商売の勉強をするうちに、大人たちの心理戦に触れることが何度となくあった。

 前世は心理学専攻だった私は、その大人同士の心理戦が面白くてのめり込んで勉強していたのだけど、ついつい義妹いもうとの説得に商売の話を持ち出してしまった。


 いけない、この子はしっかりしてるけれど、まだ子どもだ。もっとわかりやすいように説明をしなくては。



「そうね、例えば王族の方が【この品は素晴らしい】とおっしゃれば、品質にお墨付きが貰えることになります。そうなれば、王室御用達という形で品物が沢山売れますよね」


「私たちの家が繁盛するということですね」


「ええ、そうよ! エラは本当に優秀ですわ! エラさえよければ、もう少し大きくなったら私と一緒に商売のお勉強ができるよう、お義父様にお伝えしますわ!」



 駄目押しとばかりに、もうひと言付け加える。



「明日は姉さまも緊張して魔法を失敗してしまうかもしれません。今までエラ以外の方に魔法を見せたことがないですものね。

 エラが一緒に居てくれれば心強いのですけれど……ダメかしら?」



 黙ったままのエラの手を取って頭を下げてお願いをする。

 すると、エラは掴んだ私の手を握り返し、決意した迷いのない声でこう言った。



「分かりました。お姉さま! 私、頑張ってみます!」


「……! ありがとう、エラ!!!」



 ああ、なんて美しい義姉妹しまい愛なの!! 感動しながら私はエラを抱きしめると、そばにあった薔薇の花をエラの髪に挿してあげる。

 薔薇に囲まれた素晴らしく美しい義妹いもうとは、とても輝いて見える。クリストファー様じゃなくたって、この娘には魅了されてしまうだろう。



「エラ、とても綺麗だわ!」


「そんな……『お姉さまにはかないませんわ』……」



 最後の方が小さな声で聞き取れなかったけれど、エラから言質も取れたし夜遅いこともあり、私は部屋を後にした。


 勿論、部屋いっぱいに出した薔薇の花はきちんと消しましたよ?


 ことの一部始終は、私と精神で繋がったルシファーも見ていて、魔法の発動がエクセレントだと褒められたのがとても嬉しかった。

 褒められたし、エラも明日は来てくれることになったし、ウキウキしながらベッドに潜り込んだものの、ルシファーからは「やっぱり魔法として花を出現させるのはどうだろう」という話をされてしまった。

 どうするかを思案することとなり、寝たのは深夜になってからだった。

 この時、ふとお母さまのことが気になったのだけど、眠気に負けて私はそのまま眠ってしまった。




 翌日の昼休み。


 昼食を取り終えて校庭の芝生いつもの場所にエラを連れてくる。

 勿論、アナスタシアも一緒に。やっぱり私たち三姉妹で一緒に居るのが一番よね!

 三人で横に並んだ時に両手に美少女のポジションも、なんだか久しぶりだけどしっくりくる~!


 美少女に囲まれてウキウキ気分で芝生いつもの場所に到着すると、クリストファー様とサミュエル様が先に来ていた。

 二人の美少年が、陽の光がキラキラ輝く木陰に立つ姿はなかなかの見応えだ。


 うう、すごく眩しい。


 ヨダレが止まらないわね、これは。

 うっかり口から漏れ出た汁をそれとなく拭い、エラを紹介する。



「キット様、サミー様、こちらが私の義妹いもうとのエラでございます。一度お目見えしていると思いますが、改めてご挨拶を。エラ?」



 緊張しているエラの手をギュッと握りしめ、笑顔で促す。

 エラも緊張して笑顔はひきつっているけれど、頷いて挨拶をする。



「こんにちは。ご挨拶が遅れました、エラと申します。

 この度はお目通りいただき、ありがとうございます」



 何とも堅苦しい挨拶だけど、きっとエラにとってはかなり一生懸命な挨拶だと思う。

 王子様と言えば、頬を染めてエラに逢えたことを喜んでいるようだ。



「エラ、よろしくお願いします。この国の第一王子のクリストファーです。

 そんな堅苦しい挨拶は抜きにして、一緒にドリゼラから学びましょう」



 流石王子様。好きな女の子の前でもスマートなエスコート! 感心しちゃう!


 それからは私とエラとクリストファー様の三人は瞑想を、アナスタシアはやっぱりサミュエル様にじゃれついていて、どうやら二人で最後のおしゃべりをするみたい。

 あと何年も彼らのお顔を見ることは出来ないだろうし、ゆっくりお話をしてくれたらと微笑ましく見ていると、やっぱりなぜかサミュエル様には睨まれてしまった。

 はい、ちゃんとします! ごめんなさい。



「では、瞑想を始めましょう。エラは初めてだから、そうね……今までよりも遠くの動物おともだちとお話できるよう範囲を広げるイメージを……できるかしら?」


「はい、お姉さま。やってみます!」



 遠くの動物おともだちのあたりで、クリストファー様が思いっきり「???」という顔をしていたけれど、お構いなしに瞑想を始める。

 私も今日のお見送りの時に魔法を使う時、出来るだけ呪文を口に出さず展開できるように、しっかりルシファーと思念をやり取りしながらイメージを固めていく。



 カラン・カラン



 予鈴が鳴り、お昼休みがもう終わることを告げる。



「ドリゼラ。短い間でしたが、本当にありがとうございました」



 王子が丁寧にあいさつをしてくれる。後ろにはサミュエル様が頭を下げている。



「私こそ、いつもより楽しい時間が過ごせました。ありがとうございました」



 頭を下げてご挨拶をする。



「最後に、旅の安全を祈願して私よりマジックをご披露致します」



 マジックという聞きなれない言葉に、その場の全員が「???」となる中、私は頭の中で魔法を展開し、呪文を頭の中で唱えると同時に口上も述べる。



「お二人のこの先の旅が無事でありますように!」

『ロジェ!』



 私がかざした手の先から、薔薇の花びらが舞い散った。

 ひらひらと花びらが風に舞う様子はとても美しく、エラと王子が並んでいたら結婚式のフラワーシャワーのようだったんじゃないかと思う。



「それでは、授業が始まりますので失礼しますわ」



 薔薇の花びらが舞う中、女子校舎まで姉妹揃って戻る姿を、クリストファー様もサミュエル様も、ぽかんと目を見開いたまま見送ってくださった。

 きっとバッチリ印象には残ったと思う。

 魔法なんてきっと見たこともないはずだしね。


 ああ、早くエラとクリストファー様の結婚式をこの目に焼き付けたい!

 まだ子どもなのが歯がゆい!!!



 こうして、王子の出現で嵐のように過ぎた数日間は、王子とエラ、そして私の胸にもしっかり良い思い出として刻まれたのだった。

 ・

 ・

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 あ、そうそう。

 マジックと言って披露した魔法の花びらは、予め時限式で消える設定をしたので、校庭は一切散らかっておりません。

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