第11話 くまと魔法とエトセトラ……ん?

 うたた寝したのは30分くらいだと思う。


 窓の外は空がうっすらと赤くなってきていた。

 アナスタシアはまだスースーと寝息を立てている。

 眠るアナスタシアを起こさないように立ち上がり部屋を出ると、私はそのままエラの部屋へと足を向けた。


 勉強で疲れて早く休みたいと聞いたけど、大丈夫かしら?


 エラが苦しんでいないか様子を見たかったのもあるけど、手に入れた魔法について少し話したかった。

 元々、エラと話したかったのは魔法のことだったから。


 コンコン


 軽くノックをしてエラの名前を呼ぶ。

 すると、思っていた以上に元気いっぱいのエラが顔を覗かせた。

 しかも、エラの方からお姉さまって抱きついてくれて……じゅる……いけない、ヨダレが。



「エラ、疲れて休んでいたのではなくて?」



 平静を装ってそう聞くと、エラは30分ほど前に急に体が軽くなったと話してくれた。

 30分前と言うと、黒魔術の本から負のエネルギーが消えた頃よね。

 もしかして、エラの体調不良にはあの本が関係していたのかもしれない?

 とにかくエラが元気でホッとした私は、部屋に入れてもらい魔法についてエラに聞くことにした。



「エラ、魔法書を手に入れたのだけど……私、少しわからないことがあって。あなたにお話を聞きたいんですの」


「ええ! 何でも聞いてくださいませ。私がお姉さまに敵うところはありませんけれど……それでもお役に立てるのでしたら嬉しいです!」



 天使の笑顔が眩しい。私に敵うところだらけじゃない! ああ、ずっと見ていたい……。

 エラを見ていると邪な感情まで全て浄化されるようだわ!と思いながら、エラに疑問をぶつけてみる。



「まず、祝福の内容についてだけれど……エラは魔法を使えるのかしら? 動物とお話しする能力以外に何か力がありますの?」


「いいえ、お姉さま。私は動物との会話しか出来ません。なぜなら、私が祝福の時に選んだ魔法が動物と話すことだったのですから」


「与えられる魔法は選べるものだったのかしら?」


「わかりません。うっすらとした記憶の中ではありますが、尋ねられたように思います。どんな力が欲しいかと。私、まだ小さかったので動物さんとお話出来れば寂しくないと思って、この能力を選びました」


「そうでしたか。私はどんな魔法にするか選んでいないのですけど、本来は選べるものなのですね」



 祝福で頂いた魔法の違いについては「本人が望む力」を与える物だったってことかな?と理解することにした。なんとなくだけど私はお義父とう様を災厄から守りたいし、エラのガラスの靴は出来る事なら私が贈りたい思っていたから。

 魔法の祝福をいただいた者同士、エラには隠しごとはあまりしたくない。この流れでくまさんを紹介しちゃおう!


 私は、抱いていたくまのぬいぐるみをテーブルの上に座らせ紹介する。



「このくまさんが、私の魔法のナビゲーターをしてくれるんですって」


『やあ! はじめまして! 僕は梨……こほん! ドリゼラの魔法を補佐するナビゲーターだよ! 名前はまだない! よろしくね、エラ!』


「まあ、可愛らしい! はじめまして、くまさん」



 エラがものすごくすんなり受け入れていて驚いたけど、くまはお構いなしにペラペラと話しはじめた。



『エラは動物とおしゃべりする能力を欲して、その使い方はお母さまに聞いていたよね? だけどドリゼラは教えてくれる人がいないから、僕が魔法を教えるんだよ~! すごい?』


「ええ! くまさんは凄い方なんですね」


『えっへん!』



 くまさんは誇らしげに胸を張ってみせる。それを見て、エラが提案してくれる。



「お姉さま、くまさんにお名前をつけましょう!」


「それはいいわね! どんなお名前がいいかしら?」


「私、ルシファーってお名前が良いと思います!」


「えっ……? ルシファー!!?」



 私は内心ドキっとした。ルシファーと言う名前は、シンデレラの中で意地悪な継母が飼っている猫の名前だったから。

 そういえば猫を飼っていないけど、私のせいでお話ストーリーが少しずつ変わってきているからかな?



「どうかされました? あまり良くなかったかしら?」



 私が考え込んだものだから、エラが悲しい顔をしている。



「ううん、とても素敵なお名前だと思うわ」



 ちょっと引っかかるけど、名前は素敵だしそのままルシファーで決めちゃおう!

 実は私、名付けにおいてはセンスがないから提案してもらうのは凄く嬉しかったりするのよね。

 転生前に家にあった観葉植物の名前、葉っぱに筋が入ってたから「すじ」だし。

 このまま行けばくまさんの名前はそのまま「ベア」とかになっていたかも……えへ。



『ありがとう! エラ、ドリゼラ! 名前は力の源になるんだ。うれしいな!』


「気に入ってくださってありがとう、ルシファー! これからもよろしくお願いしますね」



 くまさん改めルシファーも名前を気に入ってくれて、とてもほのぼのとした空気が漂った。

 魔法の違いについての疑問も晴れたし、間もなく夕食だったこともあって、私は一度自室に戻りアナスタシアを起こして食卓に移動した。

 もちろん、アナスタシアには不安にさせてごめんなさいと再度謝ったのだけど、本人は忘れてしまったようにキョトンとしていた。

 本当に少しの心の隙間でも、ちょっと間違っただけで悪に染まってしまうものなのねと再確認して、魔法を授かった今はもっと慎重にならなければと気を引き締める。


 お母さまはというと、お義父とう様がいらっしゃるときは安定しているけれど、旅に出かけられると言動が不安定になることが多くなってしまうのよね。

 お義父様には今の商会をもっと大きくして、旅に出なくて良いようにしていただかなくては。

 それにはやっぱりこの世界にない商売の仕方を私が耳打ちして立ち上げていただいて……。


 食事をしながらそんなことを考えていると、お母さまからぼんやり食事をしないよう注意を受けてしまった。

 今日はお義父様がいらっしゃるから、お母さまは絶好調。お義父様に良い母親の姿を見せたいがために、私たちへの教育も少し強めだ。

 ええ、これは私たちを淑女にするための指導だものね。きちんとお受けしますとも。

 こうしてあれこれ気にかけて貰えるのも、お母さまの愛情だと最近は分かるようになったのよね。


 愚痴をただの愚痴と思わず、この人の心の弱い部分を補うために出ている言葉だと思って向き合えば、あとは気持ちに寄り添ってあげるだけで少しずつだけど満たされていく様子が分かるもの。

 嫌だからと逃げれば、どんどん不満が募るだけだものね。私も学習したわ。


 お母さまの指導が少し厳しめだった気がするけれど、それでも楽しい夕食が終わり私は自室に戻ってルシファーと話をする。



『ねえ、ルシファー。私の魔法について教えてほしいな』


『うん、いいよ! 梨蘭、どんなことについてだい?』


『私の魔法って、どういった時に使える魔法? 物を直したりするだけ? 物理的なものって何かの代償が必要だったりしないの?』


『いいところに気付いたね、さすが梨蘭! 伊達に転生者じゃないね! 基本的にさっきナーシャのくまを直したみたいに、元々あるものの形を修復したり形を変えることについては質量が同じなら代償なく使えるよ!』


『……ということは、質量が違う場合は?』


『代償が必要になるね!』


『え、じゃあ……ガラスの靴を出すためにはそれ相当の物質か代償が必要になるってこと? それから、お義父様の事故を防ぐ手立てとなると……こちらも難しいものだったりする?』


『そうだねえ。ガラスの靴は元のガラスと同じ成分のものが用意できれば難しくないよ! 形を作るだけだから本物のガラスがあればもっと簡単だよ。

 でも……事故を防ぐのは難しいかも。加護をかければ何とか命は守れるよ。ただし、加護は代償不要の魔法でとっても難しいんだ。梨蘭、使いたいなら相当頑張って魔法を習得しないと使えないよ!』


『じゃあ、どちらも可能なのね?』


『うん、難しいかどうかは別とすれば可能だよ!』


「良かったぁ!」



 最後は口に出てしまったけど、自室だから問題ないわよね。外では気を付けないと、いい年齢としをしてぬいぐるみと喋ってる痛い子になっちゃう。

 ホッとしたのもつかの間。事故を防ぐことが最重要課題だから、魔法をとにかく早く習得しなければ!

 その日から、私はルシファーと毎夜魔法の特訓をすることになった。

 発動の仕方や魔法の仕組みを覚えて、それを正しく組み上げるための呪文を覚える。

 これが結構苦行だった。魔法の仕組みはイメージだ!とイメトレで瞑想する時間も増えた。

 学校の休み時間にも、出来る限り瞑想をして自分がこうしたい!というイメージが早くできるように鍛える。


 そんなある日。


 学校の中庭で瞑想をしていたら、私はこの世の者とは思えないほどの美少年と出会う。

 こっちシンデレラの世界では珍しい黒髪の少年は、瞑想している私の側までやってくると



「何をしているのですか?」



 と遠慮なく聞いてくる。

 私といえば、瞑想していたから誰かが近付く気配は感じていたものの、エラかアナスタシアだろうと思っていたこともあって、別人の声に驚いて瞑想の途中で目を開けてしまったのよね。

 目を開けた私の前には漆黒の美少年が背中にバラを背負ってる姿が……多分、魔法の制御ができていない状態だったから、美少年のイメージからバラが出ちゃったみたい。

 一瞬で消えたバラを他の誰かに見られていないか焦っていると、また同じ質問をされてしまったので焦りながら答える。



「め、瞑想をしていましたの。精神こころを研ぎ澄ます鍛錬……みたいなものでしょうか」


「ふうん、瞑想? 精神こころの鍛練は私もしていますが、そのような鍛錬方法は初めて聞きました」



 物腰の柔らかな話し方、丁寧な身のこなし。そして見たことないほどの美少年。


 なんて素敵な男の子。将来が楽しみねぇ……じゅ……いけない。ヨダレはだめよ!


 私は美少女耐性は鍛えてきたけれど、男の子が周りに居ないこともあって、美少年耐性は鍛えてこなかったから、すでにヨダレの大洪水が押し寄せてきそうになっていた。

 そんなとき、男の子がやってきたと思われる方向から綺麗な銀髪の……少し男の子より年齢が上の子が走ってくるのが見えた。

 反対側からはエラが私を見つけて走ってくるのが見える。



「お姉さま~~~! ここにいらしたの? ……あら?」


「王子! こんなところで何をなさってい……ん?」



 エラと銀髪の男の子が同時に声をかけてきた。

 エラからは黒髪男の子が、銀髪の男の子からは私が良く見えない角度だった。

 近づいた二人は、自分の探し人以外に人が居ることに気が付いて、足を止める。


 黒髪の男の子は、ぼーっとした顔でエラを見ている。

 はい、これは恋に落ちた瞬間ってやつね! うふふふふ。

 エラは初めて対面する男の子たちに動揺している様子だ。

 銀髪の男の子は、なぜか私をガン見して……心なしか睨まれてるような?




 ……っていうか、今。王子って言った? ……え??????

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