第10話 はじめての魔法と新しい仲間ができました!
「おねえ、おねえちゃま、ちゃま、ま、ま、ま……」
アナスタシアの言葉がバグっている。更に怖いことに、宙に浮いたまま音もなくスゥっと私に近づいてくる。
恐怖であわあわとなっていた私は、抱いていたくまのぬいぐるみを落とした。というより、くまが自らするりと腕から抜け落ちたように思える。
くまは立ち上がったと思ったら、私とアナスタシアの間に仁王立ちになった。
バチッ
破裂音がしてそこでアナスタシアの突進が止まる。
くまのぬいぐるみはまるで私を守るような恰好でアナスタシアからの防御となってくれていた。
その様子を見て冷静さを取り戻した私は、アナスタシアに必死に呼びかけた。
「ナーシャ、ナーシャ! 目を覚まして!!!」
アナスタシアはトランス状態で何かブツブツと話しているんだけれど、残念ながらバグった言葉を聞き取ることができない。
「おね……ちゃ……ナ・シャ……嫌い・嫌い…………い・い・いぃぃぃぃ」
興奮していて耳に入らないみたいだけど、どうやら嫌いと言っているのは聞き取れた。
もしかして、アナスタシアは私のことが嫌いになっちゃったのかな?
精神年齢がまだ年齢に追いついていないアナスタシアを構ってあげられなかったことで、まさかこんなことになっちゃうなんてごめんね。
何か私に出来ることがあるとしたら……まずアナスタシアの気持ちを落ち着かせることよね。
出来るかわからないけど、興奮している人を落ち着かせるためには興奮した原因を受け止めるのだったっけ。
本人の気持ちを否定だけはしちゃだめなのよね、確か。
すうっと深呼吸をしてまずは自分を落ち着かせる。
「ナーシャ、寂しい思いをさせてしまってごめんなさい。姉さまがいけなかったわ。私はナーシャのことを大好きだし愛しているわ!」
ぴくん、とアナスタシアが動いて一瞬だけど意識がこちらに向いたように見えた。
防御をしてくれているくまのぬいぐるみごと、アナスタシアを抱きしめる。
アナスタシアは抵抗するように暴れていたけれど、くまのぬいぐるみの力もあったのだと思う。
しばらく抱きしめていると次第に大人しくなっていった。
バサっと音を立ててアナスタシアが抱いていた黒い表紙の本を落とすと、憑き物が落ちたように意識を失い体中の力が抜けて重力のままだらんと私に身体を預けてくる。
急に体重が戻ってきたアナスタシアをがっしと抱き止め、そのままベッドへ倒れ込む。落ち着いた顔の妹を見て私はひとまずほっとする。
アナスタシアをベッドに寝かせ「あなたを追い込んでしまった姉さまをゆるしてね」と、ほっぺにキスをし涙のつぶが光っているまつげをぬぐう。
さてと。アナスタシアが起きたらまた謝罪をしっかりするとして。
諸悪の根源である黒い本が落ちた場所を見ると、本がどこかに行ってしまわないようにくまのぬいぐるみが見張ってくれていた。
「黒魔術なんてどうして覚えようとしたのか。この危険な本をどうしよう?」
独り言をつぶやくと、クマのぬいぐるみが話しかけてきた。
『梨蘭! ぼくはこの世界の梨蘭の魔法ナビゲーターだよ! 魔法について何でもきいておくれ!』
ドリゼラのことを梨蘭と呼ぶそのくまを、私は目ん玉が飛び出るくらい凝視してしまった。
私のことが分かるの?っていうか、くまのぬいぐるみが喋った!!?
いえ、転生もあって魔法があるんだもの。妖精さんもいるのよ。ぬいぐるみが喋ったところで、今更どうと言うことはないよね。
ドキドキしながらくまのぬいぐるみに話しかけてみる。
「その、くまさんは魔法をおしえてくださるの? どうして私が梨蘭だと知っていらっしゃるのかしら?」
『梨蘭! その堅っ苦しい言葉遣いはしなくてもいいよ! ぼくとは思念で話せるから、言葉も発しなくていいからね! そもそも僕は口がないからリアルで言葉は話せないしね!(笑)』
ブラックジョークを決めて面白そうに笑うくまを見ながら、思念と言われてそういえば頭の中に響くような声だと気が付いた。
こちらの世界で梨蘭と呼ばれることが何だか新鮮なようなくすぐったい気持ちになる。
『ねえ、何が聞きたい?』
『ううーん、この本をどうしたらいいのかな?』
『簡単だよ! 梨蘭が本を拾えばすぐに解決するさ』
『こんな危険な本を?』
指さす形でくまが早く本を拾えと急かしてくる。
私は恐る恐る本を拾うと、本から「ギャー!」という声が聞こえ黒い煙が立ち上る。
すると黒い表紙の本は白い本に変化していった。
金色の文字で魔法書と書かれたその本は、昔から私の持ち物だったかのように手にしっくり馴染む。
くまのぬいぐるみもそれを見てニッコリ笑っている。……実際、表情は全く変わらないのだけどね、雰囲気でね。
「黒魔術書が本当は魔法書だったなんて!」
驚く私にくまが丁寧にナビゲートしてくれる。
『魔法は使い方を間違えるとすぐに悪い物になってしまうんだよ! その本はドリゼラの母上がしっかり恨みつらみをしみこませていたから真っ黒になってたんだ。だけど、梨蘭が母上を改心させはじめてから本への執着が消えたから、本そのものが嫉妬を膨らませていたアナスタシアを呼び寄せたんだよ!』
「なるほど。じゃあ、もうこの本が悪い心を呼び寄せることは無いのよね?」
『それは分からないな! だって、どう使うかは本の持ち主の気持ち次第だからね! 梨蘭はこの本をどう使いたい?』
「ううーん。そうね、とりあえずはあなたの兄弟であるアナスタシアのくまさんを治したいかな」
『お安い御用だよ! ページ158の3章5項の魔法を唱えてみて』
クマの言うとおりページを開いた。指定された項目の呪文を唱えてみると、アナスタシアのクマのぬいぐるみが強烈に光りはじめる。
光に目が眩んでしまって、しばらく目を開けるのも辛い。
目が慣れてきて私は驚いた。アナスタシアのくまさんが買ってきたばかりのように綺麗に直っていたから。
魔法ってすごい!
起きたらきっとアナスタシアも喜ぶに違いない。
私は自分のくまさんとアナスタシアのくまさんを抱き上げベッドの横まで行くと、枕の横にアナスタシアのくまさんを置き、自分のくまさんを膝に抱いて座る。
あの消えた黒い煙が本当に消えてしまったのか少し気になるけれど、物語と言うのはご都合主義で出来ているものだからきっと大丈夫よね。
これから、こんな凄い魔法を使えるなんてワクワクしちゃう!
スースーと寝息を立てる妹が喜ぶ顔を思い浮かべながら、私も知らないうちに眠ってしまっていた。
出逢いがあれば別れもあるということに気付いていなかったの。まだ、この時は。
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