第4話 攻略対象③トレメイン婦人!根が深すぎて難攻不落かも!?

「お母さま、お呼びですか?」



 エラと秘密の約束を交わしてから早1カ月。

 お母さまの部屋に呼び出される頻度が増えた。


 お義父とう様が忙しい仕事の合間に私とアナスタシアとエラの三人の学校の入学手続きをしてくれて、来月から通えることとなった。

 中途半端な時期なので、編入と言う形になるそう。私は異世界の学校がどんなところなのかとても楽しみなのだけど……お母さまは反対のようでここのところもの凄く機嫌が悪い。


 毒の言葉わるぐちもやたら吐くようになり、なだめても全くおさまらない。

 完全に「悲劇のヒロイン症候群」というものにかかっている。

 何かあるごとに、私の意見を誰も聞いてはくれない!や、私はみんなから嫌われているのよ!など、ヒステリーを起こしてしまう。

 学校に娘をやることの何が心配なのかは理解できないが、トレメイン婦人ははおやなりの何か心配事があるのだろう。


 子どもを大切に思っているのは良い事だが、親はいつか子離れをしなければならない。

 学校は半日程度だ。その間離れていることに不安を感じているのは少々根が深い。

 完全なる「分離不安症」だ。失う事への過度な恐怖が原因なのだと思う。

 きっと前の旦那様ごしゅじんと何かあったに違いないのよね、私の記憶では分からないのだけど。

 物語シンデレラでは未亡人の設定だから、悲しい別れだったのかもしれない。


 まずは、自分自身おかあさまの自信が無い事から来る他人への嫉妬心を和らげるために自信を持ってもらわないといけない。

 そして不安分離を新しい別の趣味に没頭してもらうことで意識を逸らす。

 この世界……と言うのか、時代というのか。多分精神安定剤なんてないから地道に話を聞いて気分を落ち着けていくしかなさそうなのよね。

 精神安定剤と言う名の危険なドラッグはあるみたいだけど、それこそ依存し始めたら身の破滅よね!

 ああ、怖い!!!


 私がそんなことを考えながら、お母さまの愚痴を聞いていると上の空だったことが分かってしまったのか、お母さまの声が荒ぶる。



「ドリゼラ! 聞いているのですか?あなたが居なくなったら、私は誰とお話すればいいの?学校に行くなんて考えは辞めなさい! あなたたちが学びたいなら、家庭教師をつければいいのよ!」



 またその話かとうんざりする。

 正直、家庭教師を雇うのはとても高い。一人ならまだしも学ぶのは三人だ。

 三倍の価格を払うとうちの食費1か月分を軽く超える。

 そんなもの、いくら裕福な上流家庭だからといってすぐに貯金が食いつぶされてしまう。

 まだお義父様が健在のうちはいいとして、お義父様の死亡フラグ回避が叶わなかったら…莫大な財産を相続したトレメイン婦人は贅沢な暮らしを続けてしまい、あっという間に貯金が無くなってしまうのよ!

 本当に、金銭感覚どうなってるのか知りたい!



「お母さま。私たちはお母さまから離れていくのではないですわ。心はいつもお母さまと共に。それともお母さまは私たちの心を感じてくださっていないのでしょうか?それはあまりにも悲しいです」



 いつものやり取りだ。正直、毎回のように同じことを言われることにうんざりしている。

 先日もお話されましたなんて言った日には、可愛げが無いなどと罵倒されるので話を合わせるしか方法が思いつかなかった。

 まだ学生だった私の知っている事なんて本当にちょっぴりなんだなって思い知らされる。教科書かネットが欲しいと何度思った事か。

 いつもこの泣き落としで終わらせていたけれど、今日は私たちが学校に通うと訪れる良い未来ベネフィットをプレゼンしてみようと思う。

 いざ、決行!



「学校に行くと、半年に1度授業参観という勉強している姿を見学するイベントがあります。私はそれがとても楽しみなのですよ。私たちが一生懸命勉強する姿を見て貰えるし。しかも美しいお母さまの姿をお友だちに自慢できますもの」



 美しいお母さまのくだりは、梨蘭わたしの見解からくるものだが本当にそう思う。

 トレメイン婦人はさすがドリゼラとアナスタシアの母だと思うほどに、美しい女性だわ。

 少々、眉間のシワが気になるけれど。

 これはきっといつも怖い顔をしているからで、本当は優しい顔の女性だと思うの。


 しかし、美しい母というのが逆鱗に触れたのかトレメイン婦人は急激に激高しはじめる。



「美しい? 私が? こんな醜いシワだらけの……私が!!? まだそんな年齢じゃないのに白髪も出てきて……老いていくだけの私が!!!???」



 何だか当たり散らしている姿は怖いが、ひょっとして年齢を感じ始めていることが勝手な劣等感に繋がっているのかも。

 これは、少し自信を持ってもらう必要がありそうね。



「お母さまは美しいです。私の自慢のお母さまです。前の旦那様おとうさまが亡くなってからは、苦みながらも貧しさに耐えながら私たちを養ってくださったことを私は知っています。美しい女性だと、誇りに思いますわ」



 そう言って、私はドレッサーの目隠しを取り母親をドレッサーの前に座らせる。



「ほら、こんなに美しい」



 そう言いながら母親がきゅっと詰めた髪をほどき、毒々しいまでに塗りたくられたお化粧を落としていく。

 そこには優しい女性の姿が写っている。

 トレメイン婦人は私の話をぼんやりした顔で聞いている。

 とりあえずはヒステリーを鎮められて良かったと思いながら私は続ける。


 コットンにたっぷり化粧水を含ませて、やさしくパッティング。

 人にやってもらうのは気恥ずかしいけどとっても嬉しくて気持ちがほぐれていくのよね。

 一度だけフェイシャルエステ体験をしたことがあるけど、本当に気持ちよかったもの。

 リンパマッサージをして顔の緊張を和らげる。


 リンパマッサージは顔のむくみが気になって、色々調べて勉強したことがあった。

 主に自分の為にやっていたことがこんなところで役に立つとは思っていなかったけど、知っているって大事だとこの世界に来てより思うようになった。


 肌が触れ合って落ち着いてきたのか、母親の表情はさらに優しくほぐれて行っているように見える。

 マッサージが終わったら化粧水を含ませたコットンでパックをして、しばらくリラックスしてもらうために頭から肩をもむ。

 いつも気を張っているからか、筋肉がどこも固い。

 お母さまを労う言葉をかけながら、ゆっくり心も解きほぐしていく。

 パックが終わったら、ナチュラルメイクを施して髪も若い娘のように編みこんでみる。


 鏡には、さっきよりも美しい女性が写っていた。



「どうやったの?魔法を使ったの?ドリゼラ。なんだか10歳若返ったみたい」



 トレメイン婦人は信じられないといった表情で鏡を見つめている。



「私はお母さまに肩の力を抜いて戴いただけです。特別なことは何も。言いましたよね?私はお母さまは美しい女性だから友人に自慢したいと。お義父様たちにも見て貰いましょう?」


「でも、恥ずかしい」



 まるで乙女のようなそぶりが可愛らしい。さっきまで雷を落としていた人と同一人物なのだろうかと思うほどしおらしい。

 大丈夫と促し、リビングへ赴いて家族に披露する。

 アナスタシアもエラもお母さまの美しさに目を奪われている。

 もちろん、お義父様も。


 これは、成功したかも? 周りの評価が上がることで自己肯定感が高まっているはず。

 少しは気持ちが安定してくれれば!


 いつものようなお母さまのギスギスした感じが無くなり、エラの事も抱きしめるなど打ち解けた様子で、その日1日は家族に笑顔があふれる素敵な日となった。

 もちろん学校の事も許してもらうことができて、アナスタシアもエラも嬉しそうだった。




 そう。その日1日は。




 翌日、上手く私が施したのと同じようにメイクが出来なかったお母さまは不機嫌の絶頂に居た。

 せっかく高めた自己肯定感も地の底まで落ちている様子だ。

 こういうのを繰り返しながら良くしていくのだろうけれど、まだ私は知らないことも多く試行錯誤を繰り返さないといけないみたい。

 難攻不落のような気がして、かなりげんなりしたのは秘密。



 学校生活がはじまるまでに、お母さまに合うメイクを教え込もうと思います!

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