第3話 攻略対象②エラ!やっぱりシンデレラは素敵な子でした!

 お母さまの朝は遅い。

 夜遅くまで考え事をしている様子で、お母さまの部屋の灯りが消えるのは毎夜深い時間だ。

 特に再婚相手だんなさまが隊商を組んで出かけると、その期間の起きる時間は昼くらいまで伸びる。


 私はお母さまのこの習性を逆手に取って、お義父とう様が遠征の間は午前中を姉妹三人の時間にしようと計画した。

 ちょうど、昨日からお義父様はこの街の隣の隣にある大きな商業都市へ仕入れに出かけて行った。珍しい商品が安く買えるバザールがあるんだって。5日は帰ってこない。


 ゆびきりの誓いをした日から、アナスタシアは約束を守ってくれていてお母さまの毒の言葉わるぐちからは上手く逃げられているみたい。

 そのぶん、私の負担が増えたけど……妹二人を守るためだもの。今のところスルーりょくを発揮して何とかうまく切り抜けられている。

 容姿の事を言われるのはやっぱり嫌だけど、梨蘭わたしの客観視でドリゼラはクラスに1人居るかわいい子くらいには可愛いと思うので、心は痛むけど気にしない事を徹底している。


 アナスタシアは勉強にも興味を持って取り組めていて、はじめて数日にもかかわらず書き取りがとても上手になってきている。

 私とアナスタシアが仲良く勉強する様子をエラが羨ましそうに見ているのは感じ取っているけど、今はお母さまの逆鱗に触れそうなのでまだエラとはしっかり話は出来ていない。

 お義父様が家に居てくれたらとは思うけど、しばらく留守にすることが分かっていたし、少し様子見で慎重に動こうと考えているのよね。


 お義父様の居ない日、初日の朝。

 私は日の出とともに起き、お手伝いさんが朝食を作るのを一緒に手伝った。

 お手伝いさんは私が手伝うと言ったときには驚いていたけど、すぐに打ち解けることが出来た。

 私が変わってしまったことはお義父様からも聞いていたみたい。

 りんごの皮むきが上手と褒めてもらったの、ちょっと嬉しかった!

 朝食が出来たら、アナスタシアとエラを起こして一緒に朝食を取る。

 エラはお義父様が居ない日は、いつも一人での食事をお母さまから言いつけられていたので、呼びに行ったときは凄く驚いていた。



「エラ、私たち姉妹はあなたの姉に当たるのだから、これからは一緒に遊んだり勉強したりしましょう」



 食事中に、エラに直球を投げてみた。

 普段はなんとなくエラには避けられていて、更にお母さまの目を盗んでちゃんと話をすることなんてなかなか出来ない。今日は千載一遇のチャンスなわけだ。



「お姉さま、私が一緒にお勉強したら足を引っ張ってしまいます」


「そんなことないよ、エラ! ナーシャと一緒に遊ぼうよ!」


「そうね。今日はこれから一緒に出掛けましょう。もちろん、お母さまには内緒で」



 何が起こるのか分からないという困惑した表情のエラを食事のあと強引に散歩に連れ出して、裏庭を超えた先の草原まで連れて行く。

 こんな小さな女の子にこんな顔をさせるなんて、お母さまは数か月の間でどんな精神攻撃を行ったんだろうか。

 ドリゼラとアナスタシアもお母さまの前ではエラを蔑むことを強要されていた。相当嫌だったのか、ドリゼラの記憶では嫌がることをしたという記憶はあるものの、何をしたのかまでは思い出せない。


 花の咲き乱れる草原に着くと、エラは目を輝かせて嬉しそうにしている。


「エラ」


 まだ小さな妹を呼び、自分の前に立たせる。

 アナスタシアに目配せをしてふたりで頭を下げる。


「エラ、今までいじわるしてごめんなさい!」


 いじわる。本当ならそんな言葉では収まらないけれど、相手も自分も子どもなのだから分かる言葉で伝えることも大切だ。

 ドリゼラとアナスタシアの謝罪に驚いたのか、エラは狼狽しているようだ。



「お姉さまがた、どうか頭を上げてください」



 年齢の割にしっかりした言葉遣いだ。エラが豪商の娘として今までしっかり教育されていたのが分かる。

 エラのお母さまもとても素敵な人だったと聞いている。年齢より幼いアナスタシアとは違い、少し難しい言葉でも分かるようだ。



「いいえ、許していただくまで頭は上げられません。私たち姉妹は本当にひどいことをしたのですから。あなたの悲しみを考えれば、罰を与えてくださってかまいません」



 少し大げさだが、何を言われても仕方がない事をしたのだからと頭を下げる。誠心誠意が大事なのよ、謝るときは。

 自分に非があることを認め、相手の感情を思いやりとにかく誠心誠意謝るのが本当の謝り方だから。



「お姉さまがた、本当に頭をあげてください。今までのこと、気にしていませんから」



 き、気にしていない?そんなわけないでしょー! と大声を上げそうになったけど、何とか心の中だけにとどめて頭を上げる。



「本当にごめんなさい。そしてありがとうエラ。心から感謝するわ。許してくれてありがと」


「エラ、ありがとう! これからはナーシャとも仲良くしてほしいの。本当にごめんなさい!」



 三人で手を握り、今までの行動を水に流し一緒に素敵なレディに成長することを約束した。

 エラは本当にうれしそうに笑っていて、私がまたヨダレを我慢することになったのは言うまでもない。

 大いに喜びあった後、持ってきたレジャーシートに座り花冠を編みながらエラに話をする。



「実はエラ、私たちのお母さまのことなんだけど」



 ビクっとエラの身体が硬直する。私たちの知らないところでもかなりイビられている様子だ。



「ごめんなさい。エラはお母さまのこと苦手よね」


「いえ、そんなことは……」



 エラは否定をするものの、態度が絶対「そんなことないことない」と否定を否定しちゃう感じだ。



「聞いて、エラ。私たちもお母さまからエラと仲良くするなと言われているの。でも、私たち姉妹はあなたと仲良くしたい。一緒に成長していきたいと思っているの。ただ……」



 理解してもらえるかと躊躇するが言わないといけない。

 お母さまの負の言葉いやがらせからエラを守らなくてはいけないが、根深い負の感情に支配されているお母さまのカウンセリングはゆっくり時間をかけなくてはならない。

 グッと唇を一度噛み締め、私は続けた。



「ただ、お母さまは少し心が病んでいらっしゃるの。私たちが急に仲良しになると、間違いなく心が壊れてしまう。私はお母さまの心の病を治してあげたい。だから、少し時間がかかるかもしれないけれど、少しの間だけ仲良しなのを内緒にしていて欲しいの。なるべく今まで通りの生活をして、お母さまから何か言われても我慢してもらえるかしら?

 もちろん、私とナーシャがしっかり支えるわ。エラのこと大好きだし、本当に心から愛しているもの。お母さまは病気だからと思って、お願い!!!」



 エラの手を握って懇願する。お母さまは心の病気。それは間違いないだろう。

 今エラと仲良しの態度を取ってしまうと、味方が居なくなったような気持ちと心のモヤモヤをぶつける相手が居なくなることで、ますます負の感情に支配されていくことは目に見えている。

 エラに今まで通りを強要するのは本当に心苦しいが、大きなショックを与えるのは今はやめたほうがいい。



「あの、お姉さま。お継母かあさまはご病気なんですか?」



 おずおずとエラが訊ねてくる。



「ええ、心の病だわ。人を信じられなかったり、妬んだりするのは心が正常じゃないからなの。あなたの容姿が美しいことも、お義父様があなたを一番愛している事にもとても嫉妬なさっているようだわ。

 美しさの定義は人によって違うし、お義父様があなたを一番愛してるなんて当たり前のことなのに。そんなことも分からないくらいに心が病に侵されているの」



 私の真剣さが伝わったのか、エラはわかりましたと首を縦に振ってくれた。

 困惑している様子もなく、心を決めたという表情をしている。

 本当に芯の強い心の持ち主なんだと改めて思う。



「エラ、ありがとう! あなたにこんなことを頼むのは間違っているけれど……私たち協力していきましょうね!

 これからは、お義父様がいらっしゃらない日は午前中はこの草原で一緒に遊んだり勉強をしましょう! お母さまは昼まで起きていらっしゃらないから。

 それから、お義父様には学校へ入れるようにお願いしたわ。学校へ行けるようになれば半日はこの家を離れられるから、その間は一緒にいられるわ!」



 エラの両手を更にぎゅっと握って喜ぶと、エラもとても嬉しそうに笑顔を返してくれる。

 心臓が「きゅうううううん」と悲鳴をあげる。

 私は気付いてしまった。エラの笑顔はアナスタシアの数百倍も危険だと言うことに。

 思わずだばーっと溢れ出てしまったよだれを拭いて、エラとアナスタシアと私の三人は今後の計画を練った。



 ①お母さまの負の言葉を聞かない・またはすぐ逃げる。出来ない時はとりあえず「はい」だけ言う。


 ②お義父様が家に居ない日は一緒に朝ごはんを食べて午前中は一緒に勉強。水曜日でお天気の日はこの草原で遊ぶ。


 ③何かあった時の避難場所はこの草原。姿が見えない時はここに来るから待つようにする。


 ④しばらくお母さまには私たちの関係を秘密にする。


 ⑤毒の言葉は反対の言葉と思うようにすること。この人は恥ずかしくて本当の事を言えないのね、と思えば少しは心が軽くなるから徹底する。



 エラもこの内緒のミッションが少し楽しくなってきた様子で、どんどんと意見を出すようになった。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、そろそろお母さまが起き出す時間だ。

 家に帰りながら楽しそうに手を繋いで歩くアナスタシアとエラを見て、今後の日々が少しでもエラにとって楽しいものになるようにと思う。


 今日、沢山お話をしてやっぱりシンデレラの主人公「エラ」が素敵な女の子だったことにホッと胸を撫でおろす。

 このまま何もしなければ、きっと病んでしまって原作のシンデレラみたいに歪んだ考え方の女の子に育つところだった。あぶない、あぶない。


 少しの間我慢させてしまうけれど、私が何とか社交界デビューまでにお母さまを改心させてみせるから待っててね、エラ。

 そして私が責任をもって王子様に見初められるよう、身も心も美しい女の子にしてみせるわ!



 それから、やっぱり私の表情筋を鍛えるのはお母さまの改心と同じくらい最重要ミッションのようです。

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