第11話 明日の俺ならなんとかしてくれる
昼休みはまだ終わらない。
「…そういえばさ」
俺の顔の赤みが引いてきたタイミングで香菜は会話を始めてきた。
「私、俊介のこと全然知らなくて、聞かれたとき困ったのだけど」
「…そりゃそうだね。俺も香菜のこと知らないし」
お互い名前呼びをするのはさすがになれたらしい。特に動揺することなく会話が進む。
「どこに住んでるの?」
そう聞かれた俺は最寄り駅を言った。
「結構遠いね」
「そうかもね。ここは公立だから近い人が多いし。そっちは?」
「地元勢」
「じゃあ結構元から知ってる人いた?」
「そうね。美月とかもそうだし」
聞けば河野とは小学校以来からの付き合いらしい。友達は進学するたびに変わっていくことが多いから珍しいケースであることは間違いないだろう。
そこから兄弟の話になる。
「私は一人っ子。俊介は?」
「妹がいる」
「へぇー、意外」
「逆にどう思ってたの?」
「兄弟がいるなら姉だと思ってた」
「…それは頼りないからっていう意味?」
「…そうじゃないけど。…何となくかな。そんな感じがした」
「…ふうん」
何気ない日常の会話。特に気負いもしなくてもいい。だから居心地がいいと感じた。
「…じゃあさ…」
話を香菜が切り出そうとしたとき、突然勢いよく扉が開く。
「…ここにいたか」
そこには走ってきたのか型で息をしている光がいた。
◇
「…何、あれ。…あなたの友達?」
香菜は自分の知り合いではないことをアピールする。…その言い方だと友達いたのに聞こえるけど違うよね。
「…ただの知り合い」
友達は実際いないんだけどね。それを否定するのは(以下略)
「友達じゃなかったの?」
息を整えた光が大きな声でそうつっこむ。とりあえず香菜のことは気づいてはいるが一旦無視するらしい。
仕方なく俺が反応する。
「…えっ、友達だと思ってたの?…男に片思いはさすがに見苦しいよ」
「…逆に友達だと思われていなかったことに俊介の外道さを感じるが。今までいろんなことあったじゃん」
「主に俺が迷惑かけられてただけだけどな」
「…さすがに傷つくぞ」
光は少し不貞腐れていた。
おかしい。事実を伝えただけなのに。
「…てかそんな場合じゃねー。ちょっとこっち来い」
そう俺の手を引っ張り廊下に連れていく。
「いってらっしゃい」
香菜は特に気にした様子もなく弁当を食べていた。
俺も弁当食べていたかった。これで大した用じゃないなら優紀にあることないことチクってやる。
◇
「…で、なにがあった?」
開口一番ストレートに光は聞いてきた。
「…特に何も」
「そんなわけないだろ。なにもなかったらどうして七星と付き合うことになるんだよ」
「…きっと俺の聖人のような性格に…」
「それはない」
「…ひかr…せめて最後まで言わせろよ」
「ついおととい七星について聞いてたような奴のどこに惚れる要素があるんだよ」
「…強姦に襲われてたところ…」
「お前そういうの見て見ぬふりする奴じゃん」
「…颯爽t…ねぇ、せめて最後まで言わせてよ」
人の話を聞かず、物事を決めつけるのはよくない。…まあ全部あってるんだけどね。
腐れ縁だけあって俺の思考回路は理解できているらしい。
「…お前、本当に大丈夫か?」
真剣な顔で心配される。
光なりに思うところがあったんだろう。
「…大丈夫だよ。いろいろ事情があるんだよ、こっちにも」
だからその質問には素直に答える。
「…そうか」
それで納得してくれたみたいだ。
こいつは馬鹿だが空気は読める。
「…ならせめて携帯くらい出ろよ」
「…あっ、ごめん。電源切りっぱなしでバッグの中入れてたわ」
「…俺の心配返せ、この野郎」
朝、香菜に連絡してから現実逃避ついでに携帯の電源を消したことをすっかり忘れていた。
光はあきれたような目線をこっちに向けていた。…携帯いじる習慣がない員だから仕方ないだろ
「俺たちの情報流していいからそれで許してくれ」
「…いいのか?」
意外だったらしく光は驚いた表情をしている。
それはそうか。人が自分たちのうわさをしていることを好ましく思うやつはほぼいない。ましてや俺はそういう噂を毛嫌いするタイプだと光はわかっていたのだろう。
でも今回は信ぴょう性がない話でも流してもらった方がお得だ。ここまで来たら生徒公認という形にしてもらった方が俺は過ごしやすくなるだろう。
だから俺はその質問にうなずいた。
「…まあなんかあったらいえよ。俺たち友達だしな」
情報料代わりということなのだろう。
また少し心配するような雰囲気に戻って光は俺に保険を残す。
「いや、多分困ってもお前には相談しない気がする」
「ひどくない」
「だって、お前問題を出隠しそうじゃん」
「………」
こいつは生粋のトラブルメーカーだ。火に油を注ぐとはまさにこのことだろう。
「それに俺、お前と友達じゃないし」
「…冗談だよね?」
「本気だけど」
「…そろそろ認めてくださいお願いします」
そう懇願する光は見てて滑稽だった。
でも光の今日のやさしさは忘れないだろう。
そんなことを思いながら俺たちは解散した。
◇
ガラガラとドアを開けて俺は香菜がいる部屋に戻る。
香菜は弁当箱を閉めて手を合わせているところだった。きっと「ごちそうさま」とかいっていたのだろう。
「…おかえり。どうだった?」
「別に何でもないよ、ただうわさを確認しに来てるだけだった」
俺は席に着くと、気持ち急ぎ目で弁当をかけこむ。さすがにただ座って待たせるのは申し訳ない。
「…あれ、誰?」
「だから知り合いだって」
「そうじゃなくて名前」
「…そっちか。光、“情報屋”って聞いたことない?」
光というより、情報屋といった方が伝わることが多い。それは誇るべきことかどうかわからないが、本人はまんざらでもなさそうだからいいのだろう。
「…あの人が?」
そう苦虫を噛み潰したような顔で香菜は言った。
伝わったらしいが何か因縁があるのだろうか。
「…なんかあいつがやらかしたか?」
光なら何をやっていてもおかしくはない。
「…私読者モデルやってるっていったじゃない?」
「いってたね」
「それを広めたのが情報屋らしいって聞いたの…」
…つまり香菜が迷惑を被った間接的な原因はあいつにあるわけだ。
…やっぱクズだ。
さっきまでのやさしさなど一瞬で消し飛んだ。
でも俺の今の状況はあいつのおかげだということもできる。
…感謝すべきなのか?…いや、やっぱクズだ。感謝なんてできない。
気持ちの葛藤をしている間に香菜は話をつづけた。
「…でもほんとに仲良さそうね」
「ほんとにそんなことないって」
「少なくとも私はそうに思えない」
「マジで勘弁してください」
じとっとした目線で香菜は追及した。
俺は誤解を解くために必死で説得した。
結局昼休みが終わる間際まで俺の弁当が片付くことはなかった
だから二人とも気づかなかった。
その目線に妬みが含まれていたことに。
◇
「はぁ」
ため息をついて疲れを外に逃がしながら、俺たちは教室に向かって歩いていた。
前に人の前でため息をついてはうんたらかんたらみたいなことを言っていたが、隣を歩いている香菜もよくするため気にしないことにした。
「今日も部活あるから帰りは待たなくていいわよ」
「…わかった」
そう空返事をした。
…ん?
いま部活があるからって言ったか?
…ということは部活がない日は一緒に下校までするのか…
それは疲労しそうだ。
ついでに俺は確認することにした。
「…そういえば朝の登校と昼飯、いつまで一緒に食べるの?」
「…うーん。ひとまず二週間くらいはしないとね」
…二週間…
俺は果たして生き残れるだろうか。精神的ダメージの増加で救急車のお世話になっているかもしれない。
「…友達はいいの?河野とか」
未来を思って俺はあがく。
「向こうもわかってくれるでしょ」
まあ河野はそういうことには聡いだろう。さっき話してみて強く感じた。
「…それに、今日二人で話してるの、案外楽しかったし」
「…俺も」
そう返すのが精いっぱいだった。
確かに楽しかったがそういうことを正面から言われると照れる。
明日からの苦労と少しの期待を胸に教室に俺は戻っていった。
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著者が書いた小説の告知です。すぐに完結する予定なので読んでいただけると幸いです。ぜひお願いします!
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