第10話 香菜を好きな理由は…
今日もチャイムが鳴り響く。
昼休みの始まりの鐘だ。なぜかその音がいつもより低く重いものに聞こえた。
その不愉快な音で俺は目を覚ます。
十分な睡眠をとっていたはずなのに狂ったように寝てしまった。熱はなさそうだが、胃のあたりが痛い。これは体調不良だろう。…保健室に行って帰ろうかな。まあそんなことが許されるわけもないのだが。
俺は観念してバッグから弁当を出す。
そして香菜のところへ向かった。
香菜はやはりというか女子の集団の中にいた。囲まれていて外からだとそこにいるのかわからない。
というか彼女の席の周りは今日一日女子の巣窟と化していた。休み時間のたびにそれを確認してから狸寝入りしていた俺が言うんだから間違いない。
……あそこに声かけるのか…
男子が一人で女子の集団に立ち向かうことは勇気がいる。
無視されそう、冷たい反応をされそう。そういう不安を押し殺して話しかける。
「…あの、今日の昼どうします?」
…押し殺せねーよ。やっぱこわい。つい敬語使っちゃったよ。
そう集団の外から声をかけると、女子たちから怪訝な目をされたが、俺だと認識するとぱっと道を開けた。
そこには案の定というか座っている香菜がいた。少し驚いた顔をしている。…まさか忘れていたか?ならバックレればよかった。そう後悔した。
「…お昼ね。今行く」
周りから歓声まがいの声が聞こえる。これに反応してしまえば女子の餌食となる。
だから俺はなにもなかったようにお昼に行くように促す。
「ねー、荻野...君?」
そう香菜の近くにいた女子が声をかけてきた。
俺は仕方なく振り返ってみる。
話しかけてきたのは河野美月だった。
やはりスルーというわけにはいかないようだ。…というか疑問系じゃなかったか?俺の名前なんて知らないんですかそうですか。
「…なに河野さん?」
卑屈になっていた俺だがしっかりと彼女を名指しして返す。
いつも明るくムードメーカー的な存在の彼女だが今は俺に問い詰めるような目線を向けている。自分の親友の彼氏が碌でもなさそうな人で心配しているのだろう。
周りも彼女の次の動向に注目している。
「香菜のどこが好きなの?」
そう聞いてくる。
すごく良い質問だ。
これを聞くだけで俺の人となりと彼女への想い。それをいっぺんに聞くことができる。
それだけに俺は返答に困る。
でもここでふざけるのはダメだ。木頭にせっかくいい感じの話を流してもらっているのにそれを全てぶち壊してしまうだろう。
かといってここで「かわいいから」とかごくありふれた欲望丸出しものでも、それだけしか考えていないクズだとみなされ女子達からの信用がガタ落ちする危険性がある。…一部の男子から勇者扱いされそうだが。
どうやら彼女は注意しなければいけない人のようだ。
見た目のからみやすい印象に騙されていた俺はそう警戒レベルを一段上げる。
さあどう答えよう。
でもそこまで考えている時間もない。
だから朝のこと(思いついたこと) をそのまま言うことにした
「…うーん。…一番はどうしようもなく優しいところ…かな」
ここで一番ということで、他にもあるけどという意味を込める。…墓には思いつかないけど。
さらにどうしようもなくとつけることで、彼女が本当に優しいと感じたと強調させる。
今数秒で出せる中では最上級にいい答えだと俺は自画自賛する。
失敗したことといえば俺が死ぬほど恥ずかしいことと、
「きゃー」
「ひゅーひゅー」
「熱いねー」
…女子のテンションをぶち上げてしまったことだ。
香菜もめちゃくちゃ顔を真っ赤にしてる。それを隠すように、
「…ほら早くいくよ」
そう俺の手を引っ張り昼飯に行くことを促した。
何気に香菜と初めてのボディータッチは、彼女の照れ隠しだった。
引きずられるように俺は教室(女子の巣窟) を後にした。
◇
俺は手をつないだ、もとい引っ張られていた状態で教室を出た。
自分から手をつないだその状態を理解したのだろう。
香菜は慌てて手を離すと、その手で俺の脇腹をどついてくる。
不意だったためかわすこともできず、そのまま攻撃を受ける。
「…ごほっ」
クリーンヒット。なかなかいいのが入る。その場で倒れた俺は苦しそうに悶えた。
香菜は顔を赤くしながらこちらをにらみつける。
「…なんで?」
「あんな恥ずかしいことみんなの前で言うからよ。なんでそんなこと言えるの?馬鹿なの?」
そう早口で言われる。
…そこまで責められることか?
だいぶ痛みも収まってきた。仕切りなおすように立ち上がりながら言い訳をする。
「…でも、うまくごまかせただろ」
「…そうだけど。…なんかうまくごまかされた気がする。…このたらしめ」
「気のせいだ」
香菜はまだこちらをにらんでいる。
しかしどうにも旗色が悪いと判断したのか、「はぁ」とため息をついてから話しをかえてきた。
「…で、どこで昼ごはん食べるの?」
「…決めてないの?」
「…えっ、もう決めてあるんじゃないの?」
どうやら今まで目的もなくプラプラ歩いていたようだ。あるよね、こういうこと。気まずい無言が流れる。
「…とりあえず食堂でも行く?」
「…えー、あそこ混んでるじゃん」
「…まあそうだけどさ」
このお嬢様はそんなごみごみしていた場所はだめらしい。
確かに俺たちが食堂に行けばおちおち飯も食べていられないだろう。
でも教室を抜け出した俺らに残されている選択肢の中で一番妥当なのは食堂だ。
さらに、
「俺たちのこと広げていくにはいい機会じゃない?」
「もう広まりきっている気がするけど」
「…まあたしかに」
「それに私ご飯はおいしく食べたいの」
「それには強く同意」
どうやら香菜と俺は似た感性を持っていたみたいだ。
しょうがないか…
「…汚いとこだけど、俺がいつも飯食べてるところにする?」
そう提案してみると、香菜の今までの不機嫌さがなかったように吹き飛び、目を輝かせていた。
人間にとって食は大事だと改めて分かった。
◇
「へぇー、こんなところあるんだ」
それが、俺のベストランチスペースに案内した時の第一声だった。
「なかなかよくない?」
「そう?ほんとに汚いし」
彼女はほこりを手で軽くはたきながら言う。
どうやらそこまでお気に召さなかったらしい。そんな気がしたから紹介したくなかったのに。この秘密基地にあるドキドキ感はわかりあえないようだ。
少し不貞腐れていると、
「…でも静かに食べれるし、そういう意味ではいいと思う」
フォローしてくれた。
これが学校で一番男を落とした女の手口か。でも俺は傷つけたのがお前なのを忘れないぞ。
そんなバカなことを思っている間に俺たちは黙々と昼ご飯を食べる準備をする。俺も香菜もお弁当だ。
二人とも用意を終えると、香菜は手を合わす。
「いただきます」
そう静かにと弁当を開けて食べ始めた。
「…それ毎回してるの?」
「そうだけどなにか?」
「いや、変わってるなと思って」
「別に悪くはないでしょ」
「そうだけど」
小学校の時みんなで手を合わせたことを思い出す。
そういえばやってたな。あの頃は何も思わずにやってたっけ。こうやって人は純粋さを忘れていってしまうのだろう
「いただきます」
俺もそれに倣う形で、やってみた。
食物に敬意を放てた感じがする。案外悪くない。ただ人の前でするのは少し恥ずかしい気がするが、目の前の少女はまったく気にしないだろう。なにせ自分がやっているくらいだ。
「…そういえばさ」
俺が弁当を開けて食べ始めようとすると香菜が声をかけてきた。
「何も相談してないけど、俊介が私に告白したことにしたことにしちゃった」
「…別にいいけど」
俺もそうしたし、そうじゃないと逆に不自然だ。
俺は自然に顔を背ける。
「…今照れたでしょ?」
「………」
ばれたらしい。
二回目とはいえ名前呼びされるのは恥ずかしかった。おかしいな。バイト中は全然大丈夫なのに。
でも悔しいから俺は無言でそっぽを向き続ける。
「ねえ、俊介」
「………」
「俊介ってば」
「………」
「俊介、…聞こえてないの?」
「…なに?」
「あっ、やっぱり顔赤くなってる」
振り向くとからかうような顔でそういった。
さらに顔が熱くなるのを感じる。…これは反則だ。
「…そんなことないよ、香菜」
こっちも攻勢に転じる。
「…またまた」
「いっとくけど、顔、赤くなってるよ」
彼女も当然気づいていたのだろう。言われてさらに赤くなった。
「…さすがに顔赤くなりすぎじゃない?」
「…だってしょうがないでしょ。今まで彼氏なんていたことないんだから」
「…まじで?」
「まじよ」
開き乗るように香菜は言った。
驚いた。
彼氏の一人や二人いてもおかしくないと思っていた。
確かにそれなら今までのうぶさに納得する。
「でもどうして彼氏作らなかったの?…言い方悪いけど作ろうと思えば作れたでしょ」
「男子って私の顔しか見てないじゃない」
「…そうじゃないやつもいたでしょ。さすがに…」
確かに男子は顔で判断してるやつが多いのは間違いない。あと胸とかか。
ソースは祥子さんといううちの常連さん。だから私は相手にされないんだと合コンの帰り嘆いていた。祥子さんはそんなことの前に酒癖をどうにかした方がいいと思うが、営業中のため適当に相槌を打っておいた。ちなみに訂正しておくが祥子さんはかなりの美人だ。…胸はそんなにないが。
でもさすがに全部の男子が容姿だけを見てるわけじゃない。
それをわかっているのか香菜は「そうね」と同意した。
「…たぶん理想が高すぎなのかもね」
そう悲しげに言った。そこには今までで一番感情がこもってる気がした。
「…まあいいんじゃないか。初恋は特別だってよく言われてるし」
「だからうれしかった。さっき優しいところが好きだって言われたとき」
「…そんなんだとすぐ騙されるぞ」
「そっちもね」
してやったりそう香菜は表情で言っていた。
俺は無言で弁当を食べすすめる。
今日のこの部屋はやけに暑い気がする。
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