第9話 顔が良くても性格がいいやつはいる
登場人物解説
木頭…サッカー部のイケメン。基本的に無口だが友達はちゃんといる。モテる。(3話名前だけ登場)
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俺たちは教室棟につく。
もうだいぶ俺たちのうわさが広がっているかはわからないが、周りからの視線が痛い。好奇、驚き、憐れみ、それと嫉妬。その視線の種類は様々だが、みな一様になかなか気分が悪い。俺たちは見世物ではないのだ。
隣にいる香菜を見る。その表情は真面目そうなだ。多分普段からこの顔なのだが、それが周りからだとクールに見えるのだ。これは特なのかそんなのかわからない。
要するにいつも通りのことなのだろう。
「…よくこんなのに慣れるな」
「慣れてるように見える?」
そう薄笑いしながら香菜は答えた。
なるほど確かに彼女は慣れているのだろう。その痛みに。でも痛みはしなくても心は傷つく。それを彼女は取り繕っているのだろう。人とは繊細でどうしようもなく生きにくい獣の名前なのかもしれない。
だから素直に謝ることにした。
「…なんかごめん」
「別に謝ることじゃないわよ。仕方ないわよ。…私かわいいし」
冗談めかして香菜は言った。
自分が痛い部分を突かれ、傷ついていても相手に気遣える。彼女は本当に性格がいいのだろう。
「…そうだね。香菜はかわいいよ」
俺は考え事をしていたから相槌のようなノリで自然とそう答えていた。バーで働いているときの軽い冗談が出たのだろう。
「なっ…」
うめきのような声が隣から聞こえる。
見てみると香菜が照れていた。
俺も自分の発言を振り返る。…間違いなくナンパ野郎の発言だ。しかもかなりの不意打ち。
急に恥ずかしくなったがそれを顔には出さない。
その代わりこのミラクル不意打ちを利用して、少し香菜をいじめることにした。
「…そんなに照れるなら自分でかわいいなんて言わなければいいのに」
「…他人に言われるのは違うでしょ」
にらみながら突っ込む彼女はまだ顔が赤かった。
…周囲の嫉妬の目がさらに厳しくなったような気がした。
◇
教室に二人で入ると、その瞬間静寂が流れる。注目が俺ら二人に一気に集まった。本当に居心地が悪い。
俺は居心地の悪さをかき消すようにいつもより靴音を立てながら自分の席に向かう。その反射音が余計に静寂さを実感させる。
そんな中香菜の前に茶髪の少女が飛び出してくる。
「…香菜。大丈夫?」
そう静寂を壊す。
…というか一言目が安否確認って俺どんだけ信用ないんだよ。
「おはよう。美月」
その質問には答えず彼女は挨拶をした。
挨拶は大事だ。でも返事もついでにできたよね。おかけでいぶかしげな視線がいっそう増える。
香菜の方には河野さんに続く形で女子たちが続々声をかけてきた。さすがに校内一の美少女の恋バナは気になるらしい。香菜に話しかけていない人もそちらに耳を澄ましている。
香菜に注目が集まっているのをいいことに俺はこそこそと自分の席へ逃げる。
机にバッグをかけるとすぐうつぶせになる。今日は十分睡眠をとっているが、基本的にバーで働いている日が多いため俺が突っ伏しているのは特に違和感ないだろう。
「…ちょっといい?」
…違和感があったらしい。頭を軽くたたかれ起きるよう促される。
注目されているときはステルス行動なんてあったもんじゃないということを学んだ。
ここで無視すると俺のクラス内の印象が地に落ちる可能性がある。
だから俺は仕方なく顔を上げる。
声で予想はついていたが、相手はサッカー部のイケメン木頭だった。無視したら男子からも女子からも大ブーイングだっただろう。…あぶねー
朝からイケメンは目に毒とどっかの本に書いてあった気がするがそれが本当のことだと実感させられる。劣等感は人をみじめにさせるのだ。
「話したいことがあるんだけど」
木頭はそういうと廊下を指さす。…外で話そうということだろう。
断るすべを俺は持っていない。しぶしぶ彼の誘いに乗ることにした。軽くうなずき意思を示す。
立ち上がるとクラスの連中が俺の動向を気にしているのがわかる。香菜もこちらを見ている。
心配しているのだろうか。
とりあえず俺は香菜の方に軽くうなずく。
ここが正念場だ。
◇
結局来たのは教室棟と特別との間にある渡り廊下だった。
イケメンである木頭と、おそらく今悪い意味で注目を集めているだろう俺が堂々と話していたら、野次馬が出てきてあっという間に拡散するのは火を見るより明らかだ。現に廊下でも当然のように視線を集めた。
特別棟は部活のための場所となっているため朝である今はまったくといいほど人がいない。しかも渡り廊下は一本道であるため隠れて聞かれていましたという心配もない。隠したい話をするならうってつけな場所なのだ。
あそこで木頭が俺に話しかけてくれるのは一番ありがたかった。
彼が話すなら文句を言う人がいないし、クラスの微妙な空気をかえられる可能性が一番高い。それくらい彼は発言力がある。うまくいけば俺も注目されずに済むかもしれない。
にしても意外だ。
俺が知っている木頭という人間は、気を使えるとはいいがたい。イケメンではあるが根っからのサッカー馬鹿という感じだった。
そこそこ強いらしいうちのサッカー部で二年生ながらエースをはるのは、才能と惜しみない努力が必要だと周囲にわからせるくらいにはいつもサッカーの練習をしていた。光なんて「木頭と仲がよくなりたいならサッカーの話をすれば確実だ」という情報をサッカーネタとともに数多の女子に売りさばいている。…クズだなあいつ。
そんな木頭がクラスのことを考えて行動しているのはやはり意外と言わざるを得ない。
木頭と初めて話すためか少し緊張する。
でもここでうまく言い訳をしてあの環境を変えてもらわなければならない。
「…で、七星と付き合ってるってマジ?」
そんなことを思っていたら木頭が切り出してきた。嘘をつく理由もない。
「…マジです」
「マジなんだ…」
思わず丁寧語を使ってしまう。これがオーラだろう。
俺が香菜と付き合っているのはやはり驚きらしい。絶句した祈祷を見て冷静にそう解析する。
だが、俺に思われてるだろうことに気づいて木頭は慌てて訂正する。
「…いや、荻野が七星と付き合ってるのが意外ということじゃなくてさ。七星がよく了承したなって思ってさ」
そっちか。
確かに今まであれだけ振りまくっていた香菜がいきなり前触れもなしに了承するのは傍目から見たら疑問だろう。
「…運が良かったんだよ」
そもそも了承されてないしな。
でも運がよかったのは本当だ。これが香菜ではなかったら、今頃やたら体格がいい体躯化の先生にこってり絞られていたはずだ。
「とりあえず俺ができる限りのことをしてみるよ」
さっきの答えに木頭が納得したかはわからない。でも協力はしてくれるらしい。どういう風の吹き回しかわからないが感謝しかない。木頭が協力してくれるなら
「…ありがとう」
だから素直にそう口にした。
感謝を言葉にすることは大切だ。言葉にしなくても伝わるかもしれないが、こっちの方が相手に誠意が伝わる。
「どんな風にみんなを言えばいい?」。
「俺が頼み込んだらたまたま気分が良かったから了承してもらえました…とか?」
「…ほかにはなんかある?」
さすがにだめらしい。
俺と香菜は出会ってから日がたっていないからこれといってごまかせそうなエピソードがない。
…いや、ひとつあるな。
「…たぶんだけど香菜は告白されるのにうんざりしてたんじゃないか?」
「…なるほど」
これは実話だしな。リアリティーがあったみたいか木頭も納得する。
これなら嫉妬していた男子連中も少しは収まってくれるだろう。
「すぐ別れそうだみたいなこと言っとけばいいと思う」
「…まあそれでいいんならいいけど」
いいも何も事実だしな。俺と香菜ではあまりに不釣り合いだ。
「でも今のところはうまくいってるみたいだね」
「どこが?」
「だって荻野、気づいてないかもしれないけどさっき「香菜」って言ってたよ」
…気づいてなかった。普通に恥ずかしいな。
「…むこうがそう呼べって言ってきたんだよ」
照れ隠しだ。でも事実だ。
「…七星が許可したならなおさらね…」
何か小声で言われたが聞こえなかった。
でもこれで俺は首の皮一枚つながった。
話し終える自然と俺たちは教室に足が向かう。
特に話すことはない。話すべきことは話し切った。下手になにかを話すと周囲の人間に聞かれて話題の種になる。
それに元来、木頭はしゃべるほうではないし。
教室の前につくと一言だけ木頭に声をかけられる。
「がんばれよ」
イケメンは性格悪いなんて言われているが、結局顔と性格は比例なんてしない。それがわかった。
だから俺も木頭に、
「…お互いにな」
エールを送った。
木頭は少し驚いた顔をしていたが教室に入ると、そんなことはなかったかのように友達のところに行き何やら話していた。
どうやら周りの友達に俺らの事情をうまく説明してくれているみたいだ。
なんだかどっと疲れた。
さっと俺は自分の席に戻る。
そのタイミングでポケットから振動が伝わる。…嫌な予感がする。
「昼休み、一緒にご飯食べない?」
そうスマホ上に文がつづられていた。
送り主の方を見ると、まわりの女子たちに報告していた。
…胃が痛い。
でも断ることはできない。
「了解」
そう送り返すと俺はその場で力尽きた。
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