2章
第8話 いじめはやめろっていわれませんでしたか
ピロピロピロピロ
ここは学校の最寄り駅の津田駅。何線かの路線が通ってるターミナル駅である。近くには商店街もありそこそこ栄えている。
電車の発車音が駅構内に鳴り響く。
改札についた俺は急いで階段を駆け降りる。
…そして目の前で電車のドアが閉まった。
ついてない。目の前で電車が閉じることはなかなかに人をいらだたせる。…まあ時間をしっかり知らなかった俺が悪いんだけどね。
仕方なく俺は空いているベンチに座る。
後ろには駆け込み乗車禁止というポスターが貼ってあった。それを見て少し申し訳ない気がしてきた。
「はぁ」
ため息をつく。
ため息をつくと幸せが逃げるという迷信があるが、最近の研究では体の緊張をほぐす効果があるといわれてる。それを知っているせいか少し今日の疲れが取れた気がした。
ベンチに座りながら今日の出来事を思い出す。
俺と香菜が偽の恋人になった。
それでも成果だけ見れば及第点だろう。あの後、彼女に例の件の口止めを約束してもらったのだから
だけど俺はこれから彼女と全校生徒に対してうそをつかなければならない。
「はぁ」
自然と二回目のため息が出る。
…つらい
なにせあの七星香菜と恋人のふりをするのだ。校内一モテるといっても過言ではない七星香菜とだ。
とんだもなく目立つだろうし、周囲のやっかみも受けるだろう。
ただでさえ孤立しているのに、加速度的にそれが促進するだろう。
さっきまでは現実感がなく考えられなかったことがこうして冷静になると浮かび上がってくる。
そんなふうに落ち込んでいると隣におばあちゃんが座ってきた。
いつもならうちの学生でいっぱいの子の駅も今日は時間が中途半端なためか見受けられない。少し新鮮な気分だ。
まあ明日の俺が何とかするだろう。
そう思いなおすことにした。
何かがポケットの中で揺れている。それに気づいた俺はポケットの中を調べる。
それはスマホだった。
俺のスマホは超激安だ。そのため使える通信容量が少ない。でもいまだかつて困ったことがない。理由としては平日、休日ともに忙しくいじっている暇がないのが八割。ぶっちゃけスマホでやることないのが二割。
ほとんど仕事の連絡用。たまに来る光からの連絡に返す。あとはこれといってやっていることはない。
今日はバイトも定休日であるためスマホが鳴ることなんてほとんどないのだ。
俺はバイブ音に少し驚きながらスマホを開く。SNSアプリから通知が来ていた。送り先は七星香菜からだ。
偽とはいえカップルなんだからといわれIDを交換し合ったばかりだ。
そこにはよろしくという旨のあいさつが送ってあった。
さすがに送り返さないのは人間としてどうかと思う。
俺もよろしくと送り返すことにした。
…フリック入力というんだったけか。慣れていないからものすごく時間がかかる。
やっと返信し終えると、ほぼ同時に向こうから、
「明日の八時、津田駅改札前に待ち合わせで」
と送られてきた。
一緒に登校しようという誘いだろう。
彼女にとっては俺が彼氏であることをアピールすることが大切だ。そうすれば告白される機会は劇的に減るだろう。
だからとても理にかなっている作戦だ。そして俺はダメージをそこで負うことが確定した。
「はぁ」
三度ため息をする。
いくらため息が緊張をほぐすとはいえ、人がいるところでは周りの気分を害するためやめるべきだ。
でも今回は見逃してほしい。
だって電車の音で、俺のため息は聞こえてすらいないから。隣に座っていたおばあちゃんも特に気づいた様子もなく電車に乗り込むために席を立つ。
俺も電車に乗り込むために席を立つ。
「明日の俺、がんばれ…」
そうつぶやいた声は電車のドアの開く音で消えていった。
◇
こちら明日の俺。
現在改札でコーヒー片手に待機中。最近のコンビニはコーヒーのクオリティーが高いと感じる今日この頃です。…変な口調になってるな。
そりゃそうだ。偽とはいえ七星香菜と登校だ。緊張しない方がおかしい。
でもコーヒーの下りはほんとに思っていることだ。100円ちょっとであの味は安すぎる。飲んだことない人はおすすめだ。そして常飲者の諸君。我々は戦友だ。共にカフェイン中毒の道を歩こう。…やっぱだめだな、今日。
電車がホームに到着するたびに緊張してしまうのはたぶん病気だ。
ちなみに彼女がどの電車に乗ってくるかは知らされていないため普通の患者の数倍の症状が出ている。
そんなこんなで大本命、うちの高校の生徒がおそらくもっともたくさん乗っているであろう電車が到着した。
今日は偽の彼氏もといい俺を周囲に見せびらかすことが目的だ。たくさんの生徒が乗っている学校に遅刻しないギリギリのこの電車に乗っている可能性が最も高いというのはあながち間違いではないだろう。
改札から生徒の行列が出てくる。すごくうるさいし邪魔だ。正直どれが香菜かなんてわからない。…声に出さなくても女子の名前呼びはなんか照れるな。バイト中はさすがに照れないが、学校だとてんでだめだ。例外は優紀。あいつは女子というよりは、光に迷惑かけられた同士という感じだ。
でもこれも俺のバイトのためだ。そう奮起して目を凝らして香菜を探し続ける。
…待てよ
「ごっめん、見つからなかったから先行ってた」と後でごまかせばこの危機を回避できるのではないのだろうか。悪魔が俺にささやく。
…やるか?
「よし。やるか」
「なにをやるのよ」
そう声をかけられる。
恐る恐る横を振りむくと七星香菜その人がいた。俺を怪しむような顔をしている。
「おはよう。よく見つかったね」
とりあえず疑問形をぶつけてごまかす。
「そんなもっさりした前髪した人がコーヒー片手にかっこつけてればいやでも目に入るわよ。正直目に毒」
「…別にかっこつけてないし」
…なんで彼女の言葉はこう正確に俺の心をミートするのだろうか。もちろんドキドキしたという意味ではなく、ダメージの方だ。俺は変態ではない。…ほんとだよ
彼女はため息を一つつくと、
「まあいいわ。行きましょう」
それだけ言って学校へ歩き出した。
俺もあわててついていく。
七星香菜が変な男に話しかけた。その話題が周囲を占めているとは露ほども知らずに。
◇
うちの高校の通学路は商店街をまっすぐ歩いていく。それだけ。だから特に迷いようもない。
その通学路を一本外れたところにも一本道がある。多少遠回りではあるが、人目を気にせずに歩ける。
通称「カップルロード」
…なんだこのダサい名前は。でも光によるとこの名前で定着しているらしい。
俺たちも例にもれずその道を歩く。郷に入れば郷に従え。ここテストに出ます。
初めてこの道に入った俺だが、正直驚いた。
周りがほとんどカップルしかいない。大体八割ほど。
俺たちもカップルだと主張するようにその道を歩く。
初めて歩く道は少し冒険しているような気分になれて好きだ。
…という旨の話をしたら。
「…一本外れただけじゃない。ほらあれ女子に人気のパン屋だ」
「ロマンとかないのかよ…」
冒険気分ぶち壊しだ。
ここは我慢だ。円満なカップルのために必要なのは我慢だ。
確かバーに来た時に酔った花さんが言ってた。ちなみにその時は花さんが振ったという話だった。…我慢って鉄拳制裁することかな?
「…そういえば、どれくらいの人に拡散した?」
…なんだっけそれ?
俺は自分の頭のメモリを読み込み始める。うーん。該当なし。
「…昨日なるべく私たちのこと拡散してって言ったじゃない」
呆れ顔で彼女は言った。その顔は「まさか忘れたの?」と書いてある。
そう言えばそんなこと言われた気もする。俺は脳内に無駄な記憶ができないたちなのだ。
「…ほら。俺って友達少ないじゃん」
「少ない?いないんじゃなくて?」
「…………」
ホントに鬼だな。図星過ぎて言葉に詰まっちゃったじゃないか。
てか、わかってたんならそんなこと頼むなよ。無理だよ。
彼女の顔を見るとご満悦そうだ。弱い者いじめはさぞ楽しそうなことだ。
「…そういうそっちは?」
そこまで言うならそれなりの成果を上げたのだろう。
俺は開き直って聞き返した。
「うーん。とりあえず仲いいテニス部の子と、あと美月」
「…すげーな」
素直に感嘆を漏らす。
拡散という意味でテニス部もそうだが、特に美月は強力だ。
河野美月。俺らのクラスメイトでおそらく香菜が最も仲良くしている女子だ。
背は小さめで、茶髪のショートボム。クラスのリーダー格で、香菜と一緒に女子の中心を担っている。気さくで話しやすいため学校中に友達も多く、容姿も整っているため男子からもモテる。
そんな彼女にビックスクープが渡れば、想像はたやすい。
…にしても友達に「私付き合っちゃった」みたいなこと気軽に言えるのだろうか。俺は無理だ。…友達がいないからとかじゃなく精神的に無理だ。恥ずかしくて死ねる。
これが男子と女子の差か?
香菜はすごく得意げだ。
…こんなにコロコロ表情が変わるやつだっけ、香菜って?俺はいつものクールな感じしか知らないため意外だ。
…まあきっと気を許した奴にはこんな感じなのだろう。
さすがに偽の彼氏相手に緊張しても仕方ないしな。特大のブーメランが俺に刺さる。
それから逃れるためか俺は周囲に目を向ける。
たまたま俺と目が合ったカップルは少し目を背け俺たちを見てないですよという風を装っている。よく見たらかなり注目を集めているようだ。
「…どうやらうまくいってるみたいだな」
「…そうね」
彼女もこれだけで何のことかわかったらしい。
…それだけの洞察力をお持ちなら俺の精神をいじめないで。
「いやよ」
そうやら口に出ていたらしい。彼女は即答でそう答える。
「…だって楽しいじゃない」
そうからかうような笑みを浮かべる。
…俺の心臓をいじめるのもやめてくれませんか?
そう言いながら俺たちは学校にむかって歩んでいった。
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