第7話 こうして俺たちは偽の恋人になった

 「…その写真。…俺です」


  そこまで大きな声で言っていないはずなのに、やたら室内に響いた気がした。いや俺の心に響いているだけかもしれない。


 素直に負けを認めた俺は次の彼女の言葉を待つ。


 「…そう。なら最初から言えばいいのに」


 「………」


 秘技無言の術。

 自分に都合が悪い話のときは一切を話さず嵐が通り過ぎるのを待つ。

 ポイントは少し困ったような顔を浮かべておくこと。


 「…まあいいわ」


 「…それじゃあこれで…」


 「待って」


 「ですよねー」

 

 ここから俺にできることは七星さんを口止めすること。


 だからとりあえず財布の中身から二万円を出す。今の俺の全財産だ。


 「これで勘弁してください」


 「…なにこれ?」


 「口止め料」


 「…別に私お金に困っているわけではないし」


 「えっ、違うの?」


 「…あなたの私に対する人物像がよ~くわかった」


 なぜか不機嫌になってしまった。

 別に卑しいと思っていたわけではない。俺を問い詰めた理由がほかに思いつかなかっただけだ。

 …というかなんなんだ?あれだけ時間があったのにそこを考えていなかったことに気づく。


 そんな俺をよそに七星さんは話を進めていく。


 「私今読者モデルやっているからこれでもお金は持っているの」


 「…そうなの?」


 それは初耳だ。

 いわれたら違和感はない。これだけの容姿があったらそりゃスカウトもされるだろう。

 そういえば一週間くらい前、クラスの連中がファッション誌をもって盛り上がっていた気がする。

 昨日光に聞いたときはそんなこと言っていなかったから知らなかった。光があくどい笑顔で「ここからは有料です」と言っているのが頭に浮かぶ。


 「口調、すっかり変わってるわよ」


 「もう取り繕っても仕方ないし」


 「…にしてももう少し気を使いなさいよ」


 無駄なことはしたくない主義なのだ。だから一番気を使わない話し方をしているだけだ。


 それに取り繕うことは彼女が求めていない気がした。

 そして彼女の少し疲れたような顔を見て確信した。それは間違えていなかったと。その顔が普段友達といるような時の物だったから。

 ここからは少しでも七星さんの好感度を稼がなければならない。


 「…これなら大丈夫そうね…」


 「…なにか言った?」


 「…いえ、なんでもないわ」


 「…ならいいけど」


 小声で何か言ったように見えたが何でもないらしい。彼女はまじめな顔に戻った。

 彼女が何でもないというなら何でもないのだ。右にならえの精神はやはり素晴らしい。


 「…それでお願いがあるの」


 「…はい」

 

 これはお願いではなく脅迫だ。

 だから俺に拒否権なんてない。全裸で校庭10週でも、靴をなめるでも何でもやり切らなければならない。


 …泣きたい。

 少なくても生きてきた中で一番ついていない日は今日であることは間違いないと思う。…いや言い方を変えれば昨日か。

 

 俺はとてもまじめな面持ちで運命の次の言葉を待つ。


 だからすっとんきょうな声を出した俺を責めないでほしい。


 「私の彼氏になってくれない?」


 「……へ?」


 それは予想すらしていなかった七星さんからの告白だったのだから。





 ただいまエラー発生中。脳のキャパシティがオーバーフローして現在冷却中。…なに言ってるかわからないがそれくらい混乱していた。


 そんななかでも俺が彼女を作ることは非常にまずいことだけは理解した。


 俺がバイトを始めるときに条件を三つ出された。

 

 一つ目は周りに絶対ばれないこと。

 深夜のバイトなんてばれたら何が起きるかわからない。…まあ七星さんにはこうしてばれてしまったが。

 

 二つ目は店の仕事をしっかり覚えること。

 まあ当然だ。そうじゃなきゃ働けないし。

 

 そして三つ目は高校卒業まで彼女を作らないこと。

 これだけはなぜか全然わからない。だけど今最大の障害だ。


 その間に彼女の話は続いていく。少し顔が赤い気がするがそんなことを気にする余裕はない。


 「…彼氏といっても、ふりだけしてくれればいいの」


 「…つまり偽物の彼氏っていうこと?」


 「そういうことよ」


 七星さんは話をつづけた。


 「私、今とくにお付き合いをするとかそういうことは考えていないの」


 「…なのに周りがうるさいと」


 「…よくわかるわね」


 彼女は感心したように見えた。

 勉強は確かにできない方だがさすがにこれくらいはわかる。しかもそれは…

 まあいいか。

 

 「みてたら大変そうだなって思うし、それくらいはわかるよ。」


 見てたといっても光から聞いただけだが。


 「読者モデルになってから、前よりさらにひどいの」


 それはそうだろう。身近にいる芸能人の卵と付き合える可能性があるのだ。周りも奮起するに違いない。


 「しかも一回振ってもまた告白する人も出てきているし」


 これが彼女がひどい振り方をする理由だろう。まあ最近では効果もなくなってきているのだろう。


 「しまいには、罰ゲームで私に告白してくるし」


 「…それで俺にと」


 「だってあなたなんでもいうこと聞いてくれるんでしょう?」


 そう言って、悪魔の笑みを浮かべている。…それが魅力的に見えるのが余計に腹立たしいが。


 マスターも偽物彼女なら許してくれるだろう。そう自分を納得させ、告白の返事を返す。


 「…まあ俺にできることなら」


 「なら決定ね」


 「期間は?」


 「うーん…高校卒業するまでかな」


 まあ妥当だろう。

 七星さんが大学に行くにしろ、就職するにしろ、俺が一緒のコミュニティーに所属する可能性は限りなく低い。同じコミュニティでないならやはり偽物の彼氏の効果は薄れる。言い方は悪いが別の人に乗り換えた方がいいだろう。彼女ならそれも簡単なはずだ。


 「…それと私が好きな人ができた時…かな?」


 そう笑顔で言う彼女は、間違いなく今まで見てきたどんなものよりも美しかった。

 今日は厄日だと思っていたがその顔を見ただけでそうではない気がしてきた。それくらいはきれいだった。


 「……わかった」


 だから返答が言いよどんでしまった。…そりゃ照れるよこんなの見たら。


 「…言っとくけど、あなたに好きな人ができても続行だから」


 「わかってるよ」

 

 少し彼女の声が大きくなった。多分照れ隠しだ。さすがに自分の発言に照れ臭くなったのだろう。


 「それじゃよろしく、俊介」


 そう少し照れながら彼女はいいながら手を差し出してきた。

 …くそ、めちゃかわいいな。普段クールな人が照れるとこんなにかわいいのか。何かに目覚めそうだ。

 名前呼びされただけでこの破壊力だ。これ以上何かあったら俺はひとたまりもない。不安だ。

 

 だから俺はやり返すことにした。俺は負けず嫌いらしい。


 「…こちらこそ、香菜」


 …照れくさいな、名前呼びはやっぱり。

 でも効果てきめんだ。七星さん――――いや、香菜は面食らっていた。俺をからかった罰だ。


 こうして俺と彼女は偽の恋人になった。

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