第6話 そうして俺は頓死した
チャイムが鳴った。
これから昼休みが始まる。
いつものように、クラスの男子たちは教室を飛び出した。
俺も机の上に広げていた数学の教科書とノートをしまう。
高校二年生になり数学がさらに難しくなった気がした。もともとできなかったけどね。
このまえ将来自分がやりたいと思うことを見つけてそれに準じた文理を選択してくださいというありがたいきれいごとを先生から頂戴したが、ほとんどの学生は自分の苦手科目に沿って文理を選択していると思う。
かくいう俺もその一人だ。これより難しい数学なんて赤点確実だし、やる気も起きない。この前試しの文理調査用紙の提出があったが、文系の方に〇をして、そのまま睡眠タイムとして消えた。
第一将来やりたいことがきちんとある人の方が珍しい世の中だ。しかも望んだからといって必ずなれるわけでもない。
ホント世知辛い。
そう意味もないことを考えるくらいは現実逃避したい気持ちだった。…いや、これ現実逃避できてないな。
こんなポンコツになった理由は簡単だ。
ちらりと今日も昼ご飯を食べるために集まっている女子の集団を見る
するとそのうちの一人と目線があった。
その視線の正体はもちろんわが高校一の美少女七星香菜からだ。
俺はすぐに目線をそらす。
今日だけでもう5回目だ。
いつもは目すら合わないのに、今日は5回目なのだ。
最初は気のせいかと思った。でも3回目4回目と続いて、今5回目だ。
こんなの馬鹿でもわかる。
ばれたのだ。俺がバーで働いてることが。
少なくとも疑われていることは確実だ。
昨日の行動を思い起こしてみる。
七星さんと呼んでしまうミスを犯しはしたが、それ以外はこれといってばれる要素はなかったはずだ。
なぜ疑われているかはわからない。
とりあえず俺は弁当を持って教室を離れる。なるべくいつも通り行動することが最善のはずだ。
俺を問い詰めるような彼女の視線が頭の中に残った。
◇
いつものようにさびれた部室で弁当を食べおわり教室に帰ってくる。
今日はあのカップルは来ていないため一人だ。もともと来ることの方が珍しいため慣れている。
ソファーで寝転がり、頭の整理という名の睡眠を敢行した俺が出した結論は、今までと変わらない対応を自然にすること。…寝る前と何も変わってないね。睡眠学習って何?
俺は自分の席に戻る。
次の科目は化学らしい。理系科目はなくなってしまえ。
机の中から教科書とノートを出して次の科目の準備をする。
…なんか紙が教科書の上にのってる。
それはメモ用紙だった。少し紙がピンクがかっているがこれといったデザインはされていない無地のやつだ。
そこに若干丸まった字で、
「放課後、特別棟の視聴覚室に来てください」
と書いてあった。
はっとして、七星さんの方をそれとなく見る。
そこにはすごくいい笑顔をした彼女がこちらを向いていた。
…ついに行動に移してきたらしい。
文面だけ見れば告白のようだが、俺にとっては死の宣告だ。
とりあえず俺はメモを小さくたたんだ。
結局昼休みに立てた計画は何の意味もなさず、俺は午後の授業を丸々頭の中のシュミレーションに向けられた。
もちろん化学は一ミリも頭に入ってこなかった。
◇
ついに放課後になった。
今日はバイトもない日のため晴れやかな気分で帰れたはずが、今はその逆、絶望でいっぱいだ。
部活であるテニス部に直行するはずの七星さんが「今日用事あるから先行ってて」と同じ部活の人を部活にいかせたのは確認済みだ。おそらくいつものことなのだろう。七星さんが放課後に告白されるのは。何の疑問も抱かず彼女の友達は部活に行った。
そして七星さんはそれを確認するとこちらに一瞬視線をよこしてから、一人で教室を出ていった。心なしか少しご機嫌そうだ。
…大丈夫だ。まだ詰んではいない。
七星さんがまだ確信しているかもわからない。それなのにあきらめるのは時期尚早だ。
頭の中でどんなことでも受け答えできるようにシュミレーションもした。大方これで対処できるだろう。
ついでに財布の中身も確認した。2万くらいで口止め料は払えないが何とかなるだろうか?
…あきらめてはない。現状を確認しているだけだ。
無視できるならそうしたいが、俺の学校での立場を考えるとそれは難しい。今回無視することで乗り切っても時間の問題だろう。しかも先送りにするほど印象が悪くなっていき、俺がバーで働いている証拠がつかまれていくかもしれない。
だから俺は今やれるだけをやるしかない。準備はした。あとは実行するだけだ。
そう自分を奮い立たせ俺は重い足を上げた。
…もう泣きそう
◇
うちの学校の視聴覚室は二つあり、そのうち一つは俺がいつも昼飯を食べている特別棟にある。
もともと特別棟は家庭科室やコンピューター室など実習系の授業のために建てられたのだが、俺たちが入学する10年前くらいに別館が建ち、今ではそちらで実習の授業が行われている。だから現在特別棟は文科系部活動の活動の場となっている。
しかしこの大きさを使うだけの人数がいる文科系部活動はもとからの部室があるなどの理由から現在はたまに先生方が会議を行うだけの空き教室になっている。
だから秘密裏に会話をするにはもってこいの場所だ。
光が言うにはここに盗聴器を仕掛けるだけで学園のだいたいのゴシップ情報が集まるらしい。七星さんが数多の人を振っているときの様子を知っていたのもそのせいだろう。
俺は視聴覚室の前についた。
その扉がとても重く見える。失敗したらバイトがクビになる。それだけですごくプレッシャーになる。
それだけはどうしても避けなければならない。
一回深呼吸をする。
さあ勝負だ。俺はドアを開けた。
この時俺は見逃していたことがあった。
七星さんが何を望んでいるか。
でもそれを知っていったことで、この後の結果は変わらなかっただろうけれども。
◇
教室に入るとストレートの黒髪の後ろ姿が目に入る。窓から差し込む人合わせとても美しい絵を模写したような雰囲気を醸し出している。手にはスマホを持っている。俺を待っている間にいじっていたのだろう。
俺が入ったのに気づいたのだろう。彼女は振り向いた。
その顔は一見すると真面目そうな表情だが、多分機嫌は悪くない。そんな空気だけは感じ取れた。
とりあえず一通りコンセントを見る。光が使う盗聴器はコンセントにくっつけて使うやつだ。
どうやら今日はないらしい。
それだけさっと確認すると、俺は決めてた通り最初にこちらから話しかける。そちらの方が意表をつけそうだからだ。いつも通りの言動を心掛けて。
「……七星さん、こんなところに呼びだしてどうしたの?」
「あら、ずいぶん他人行儀じゃない。昨日はあんなになれなれしかったのに。…ねぇ、俊さん」
そう微笑しながら彼女は言った。いきなり強烈な先制パンチだ。それをさも冗談を言い合っているような口調で食らう。意表なんて全くつけていない。
でもここで動揺してはいけない。これはカマをかけている。
もし確実な証拠があるならこんな回りくどい行動をする理由がないからだ。
だから俺は何も知らない態を装いとおす。
「……ごめん、なんの話かな?…人違いだと思うよ」
「ここまで来てまだ認めないの?」
「認めるも何も…」
「なら仕方ないわね…」
そういっている間に彼女は俺に近づいてきていた。まるで襲い掛かるように。
あまりに急にするものだから俺は反応できなかった。
だから俺は彼女に前髪をあげれてしまった。
「ちょっ…」
「やっぱりそうじゃない」
彼女は満足げな笑顔をしながらそう言いながら、俺にスマホを見せつけた。
それはEvangelisteのホームページに掲載されている従業員紹介の写真だった。アップで写っているのはかっこつけてシェイクしている俺だ。
さすがに伊達メガネをかけているだけではごまかしきれなかったようだ。彼女は確信してしまっている。
それでもあきらめきれない俺はあがくことにした。
「これ、俺のいとこだよ。こんな店の従業員なんだ。知らなかったよ。どうして知ってるの?」
もちろん俺にこんないとこはいない。
「…まだ認めないの?」
「認めるもなにも…なにを?」
「この従業員あなたじゃないの?」
「そんなわけないよ。こんなんだよ、俺」
自分自身を嘲笑しながらアピールする。自分は違う人物であると。
「…ふーん。ならいいや」
彼女はなぜか納得してくれたみたいだ。
こういう時は即撤退だ。どうせここにいたって気まずくなる。
…それに俺の勘がすぐにここを離れないとだめだとささやいている。
「…じゃあ。俺はこれd…」
「なら、私がこれからあなたがこの店で働いていますって報告しても問題ないわね?」
…うん?
俺は頭の中にその言葉を飲み込むのに時間がかかる。
そして理解する。
それは非常にまずい。
うちの高校は前にもいったようにバイトは先生から許可をもらうことによってすることができる。
俺ももちろん許可はもらっているのだが、Evangelisteではなく違う店名で許可をもらっている。さすがにバーの名前で申請するわけにはいかない。
ばれると思っている諸君。それが意外とこれがばれないのだ。もちろんマスターとグルだからなのだが。多分そういった書類は奥に保管されているのだろう。だから何も問題を起こしていないなら見返されることもめったにない。
しかし七星さんが報告するなら話は違う。
それはれっきとした問題なのだから。
先生方による調査が入りほぼ確実に学校側にばれるだろう。
七星さんの方を見る。
俺が願うのはただ一つ、冗談だと彼女が言ってくれることだ。
…あーこれ無理だわ。超真面目にこっち見つめてる。俺が報告していいと言ったらその足で先生の所に行きそうだ。
…これは詰んだ。そう思ってからの俺の行動は早かった。
「…その写真。…俺です。」
こうして七星香菜にばれてしまったのだ。
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