第4話 リア充よ、爆発しろ
チャイムの音が耳に届く。
その音で俺は意識を覚醒させる。
…なんか前にも見たぞ、この展開。でも状況は違うんだけどね。これは昼休みの終わりを告げる予鈴だ。あと5分で次の授業が始まってしまう。
ソファーから体を起こす。やはり人は寝転がったほうがよく眠れる。椅子に座ったままだと肩こりがひどい。…なら寝るなって話なんだけどね。睡魔には抗えぬ。多分共感してくれる人も多いと俺は信じている。
目の前には正座で地べたに座っている人が一人。それを椅子に座って叱っている人が一人。…まあ光と優紀だ。
光の顔を見ると少し腫れている。どうやら意識は物理的にしっかり呼び起せたようだ。
光は一見するとしっかり反省してる風を装っているがどうせまたやらかす。こいつは基本的に感情で動くバカのため、いくら言われても治らないのだ。…優紀はよく毎回叱る気になるな。
多分優紀の耳には予鈴は聞こえていないのだろう。叱るのをやめる気配がない。
…仕方ない。声かけるか。こぇー
「…そろそろ昼休み終わるぞ」
そういうと、光と優紀はこちらの方へ少し驚いた顔を向けた。…俺がいたら悪いのかよ。
「…あんた起きたんだ」
「チャイムが鳴ったら起きるのは俺の十八番だ」
「…それは誇ることではないでしょ…」
やれやれと優紀は答えた。
一方の光は顔を明るくさせている。つらかったんだな、説教。
それだけ言い終わった俺は部屋を出る。ここははずれの特別棟で今から移動しないと次の授業に遅れてしまう。
それをわかってか、二人も俺の後に続いた。
「なあ、聞いてくれよ」
そう光が話しかけてくる。もちろん歩きながら。
「どうせお前が悪かったんだろ」
「ちげーよ。あっちが俺の子とちびって言ってきたんだ」
こいつは身長が低いことをコンプレックスに思っているみたいで、そのことを口にするとすぐにかみついてくる。もう少しマスターを見習って気品とかそういうものを身につけてほしい。
そういう意味も込め、俺は正論で返す。
「それで告白音声を流したらお前のほうが悪いだろ」
「…それが音声だけじゃないらしいの」
優紀が口をはさんでくる。
…ちょっと待て
「…まじで?」
「………」
俺が光の方を向くと、都合が悪いのか無言でそっぽを向いた。
「それが録画もしてたらしいの」
「…クズじゃん」
ストレートにそうつぶやく。
人を傷つけることに関しては右に出る者はいないだろう。そもそもどうやってそんなことができたのか。ぜひその情熱を他に回してほしい。
「…そんなことないし」
その言葉に単細胞、光が反応した。
「いや、今回の件はさすがの私も引いたよ」
その言葉に光は少なからずショックを受けていた。優紀は気づいてないけど。
こんなクズだが、唯一優紀の言葉だけは心に響くらしい。
だからこそ優紀は光のおかんとしての地位を確立しつつあるのだが。…ほんとご愁傷さまです。
でもここまで光がするくらいだ。隠しているがそれなりの理由があったのだろう。大体想像つくが。
でも甘ったるい気持ちになった俺は、一言だけ吐き出した。
「リア充爆発しろ」
「…いきなりどうしたの」
「いや、思ったことを口にしただけ」
「脈略もなくそれを思うのはかなり重傷だと思うけど」
そう優紀が返す。
…俺も鈍感になりたい。そうしたら今のバイトは即クビだろうけど。
気分を変える意味でも、そして話題を切り替える意味でも、俺は聞きたかった話をする。
「…そういえばさ。七星香菜ってどんな人?」
それを聞くと二人は驚いた顔をする。
「…あんたが異性に興味持つなんて珍しい。明日は雪でも降るの?」
「これは金には…ならなそうだな」
「おい、失礼だぞ」
二人とも本当に失礼だ。
特に光は俺の顔をみて、金にならなそうとか言いやがった。
とりあえず光の脇腹めがけてつつきを入れておく。
光は「あぶねー」と言いながらかわしやがった。さすが優紀の攻撃を毎回受けているだけあって素人の攻撃はかわせるらしい。…ちっ
「そういうのじゃねーよ」
「まあお前は異性にもてたいとかそんなこと一ミリも思ってないような容姿してるしな」
…当たっているがなんかむかつく。
「ほんと中学まではイケてたのに。周りの子に俊介のこと好きだって子結構いたし」
そう優紀が続ける。
…仕方ないだろ。もし俺がバーテンダーやってるってばれたら死活問題だ。
この学校の生徒だったら金なりなんなりでどうにかできるかもしれないが、先生は一発アウトだ。少なくとも停学プラス退職。最悪は退学。
だからばれないように、俺は地元の人がほとんどいない遠めの高校を選んだ。なおかつ前髪を限界まで伸ばし、印象を変えるために少し化粧をして、伊達メガネまでかけているのだから。
いままで何度かこの学校の女性の先生が来店したことがあったが、この変装と普段の目立たなさで何とかばれずにいる。
「なんでそんなんになっちゃったの?」
…そんなんって。
優紀は基本的に性格がいいが正直すぎる。そのためこういう棘を無意識に放ってくる。悪気がないのがこっちにもわかるため余計にダメージを食らう。
「まあ、なんかしらあるんだろ」
そう光がフォローしてくれた。
中学時代の俺と、高校の俺が一致するのはこの二人だけだ。特に光は俺のバイトのことも含め見当はついていると思う。
だけど光はそのことをおくびにも出さない。むしろこうやってフォローしてくれる。きっとそういうところが、クズでも許せる理由だ。
…ごめん、そうでもないわ。全然許せないわ。こいつのクズさはそんなかわいいものでもないしね。
「…そのわかってますよ感、なんかムカつく」
優紀はじとっとした目線を俺に向けてくる。…けっ、リア充爆発しろよ。ほんと。これでこいつら付き合ってないんだぜ。
俺はそう言うのをこらえた。ほめてほしい。
「…で、七星香菜だっけ」
そう光は切り出した。
「…といっても、俺も別にそんなに詳しく知っているわけではないが、少なくともこの学校で一番モテる。そして告白された数だけ断られている」
「しかも男子だけじゃなくて女子からも告られてるみたいよ」
…そうなのか。全然知らなかった。
でも言われたら納得できる。七星さんはどちらかというとかっこいい感じの美女だし。
「あの容姿で成績優秀。品行方正。それにテニス部次期キャプテンときた。そりゃモテるわな」
光もそう同意する。そして続けた。
「性格も毒舌らしいが、言い方変えりゃークールってことだし、それモテる要因なんじゃねーの」
「あー、それわかる。女子の中でも、「言いたいことズバッといえてかっこいい」って言ってるのよく聞くし」
顔が良ければ多少きつくても許されるらしい。俺が同じ事したら、性格悪い陰気野郎といわれること間違いなしだ。
でも美人は美人なりの苦労があるのだろうからとやかく言えない。
「七星といえばあれだよな、告白の返事」
…そんなに有名なのか。少なくとも俺の耳には入ってきたことすらない。
「大体半分の人に、「……あなた、誰?」って返すんだぜ」
光はそう冷たい感じで七星さんをまねた。
…きっつ。…というかそんな状態で告んなよ。何で脈があると判断したんだよ。
「しかもそうじゃなかったと思えば、「…ごめんなさい。興味ないわ」って断るんだぜ」
そう光がまねた。七星さんの物まねなのだろうが似てねー
…というか、
「…なんでそんな詳しいの?…まさかお前…」
そう俺が言うと、優紀がぎろっと光をにらみつける。
「…そうなの?」
「ちげーよ。七星のこと調べてほしいってやつが多いの」
そう即座に返すと、光は俺に軽くにらみつけた。
…わかってんのにそんなこと聞くな。
目線がそう言っていた。さっきからかわれたお返しだ。
「…にしても、七星に興味持つなんてなんかあったの?」
光が質問した。
「…ちょっと気になっただけ。別に何にもないよ」
そうごまかして返した。
「…そうか。なんかあったらいえよ」
「…言っとくが金にはならねーぞ」
「それを決めるのは俺次第だ」
そう光は笑いながら口を滑らした。
隣を見ると優紀が怒っている。おそらく俺が寝てた間にもう情報屋まがいのことはするなと優紀に言われたんだろう。そう理解することは難しくなかった。
優紀が怒っていることを察した光は、
「じゃあ俺教室戻るから」
と言って駆け足でこの場を離れた。
話している間に俺らの教室がある教室棟についていたらしい。周りから外に出ていた男子の怒号や、余裕をもって準備している女子の姿が見受けられた。
「…ったく」
そう嘆息をついた優紀は、
「じゃあ私も行くね」
といって自分の教室に向かっていった。三人ともクラスは別々なのだ。9クラスもあればクラスが別々になる確率の方が高い。厳密に計算してないからわからないけど。
あの様子だと優紀はこれからも光に手を焼かされるのだろう。
「…リア充爆発しろ」
そう誰にも聞こえないような小声でつぶやき心のせいりをしてから、俺も自分のクラスに戻った。次の授業に間に合うように少し駆け足で。
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