第18話 勇者があらわれた!

「え? 誰?」

「てめぇこそ誰だ、クソ獣人」


 勇者は突然現れた魔王に全く動じることなく堂々としている。


 勇者の容姿はいかにもな感じだった。青と黄色で装飾された豪華な鎧。ツンツンに立った金色の髪。伝説っぽい鞘に収まった長い剣。

 こんな格好で領内を歩き回ったらすげー目立つだろうに。どういう神経をしているのだろう。

 特徴的なのはその面構え。鋭い釣り目に、不気味なほど吊り上がった口元。完全な悪人面だ。正義の味方がするような顔じゃねぇ。


「あ? なんでクソ獣人がここにいるんだ?

 どうやって結界を破った?

 言えよ、クソ、こら!」

「結界? なんのことだか良く分からんが……。

 あの人間臭さは貴様らが原因だったようだな」


 チンピラっぽい言動で話しかける勇者に対し、レオンハルトは堂々と魔王らしく振舞う。……ちょっとかっこいい。


「なに言ってんだ?」

「魔王城で人間の匂いがしていたのだ。

 貴様らが忍び込んでいたせいで、

 匂いが染み付いていたのだろう」

「あ? 俺たちは魔王城になんて行ってねーぞ?」

「え? そうなの?」


 キョトンとする魔王。勇者はそんな彼を見て首をかしげる。


「どうも何か勘違いしてるみてーだな。

 いまいち、話が見えてこねぇ。

 俺たちは魔王城になんて行ってねーし、

 行くつもりもねぇ」

「どうして?」

「レオンハルトなんて眼中にねーからだよ。

 俺たちがぶっ殺してぇのは、

 魔王サタニタスだ」


 サタニタスは7大魔王の中でも屈指の実力を誇る。

 高い戦闘能力もさることながら、優秀な内政屋としても知られている。天に二物を与えられた優秀な魔王なのだ。

 どこかの脳筋とは違う。


「え? どういうこと?」


 困惑するレオンハルト。てっきり自分を狙っていたものと思ったのだろう。


「レオンハルトの領地は中継地点なんだわ。

 欲しい物は金を積めばなんでも手に入る。

 姿もちょっと変えれば誰も不審がらない。

 そんなんだから、あえて魔王を殺さずに、

 他の魔王を討伐する為に利用してるってわけだ。

 分かったか、このライオン野郎」

「へぇ……そうだったんだぁ」


 目の前のライオン野郎がレオンハルトだとは知らず、マティスは好き放題に言ってのける。


「ねぇ……マティス。

 もしかしてこの人……レオンハルトじゃない?」


 僧侶の女が言う。


 彼女の服装は金色の刺繍が施された僧衣。腕には翡翠のブレスレッドを身に着けている。

 淡い緑色のウルフカット。瞳の色も緑で、整った顔立ち。手には樫の木の杖を持っている。気の強そうな顔つきで、あまり僧侶って感じはしないな。


「このクソ獣人が?」

「だってこの人、ライオンの獣人でしょ?

 レオンハルトも確か……」

「そう言えばそうだったな。

 おい、クソ獣人! てめぇの階級を教えろ!」


 マティスはレオンハルトに鋭い視線を向ける。


「余がその魔王である。

 レオンハルト・ドニオッド。

 それが余の名前だぁ!」


 待ってましたと言わんばかりに自己紹介する魔王。何気に一人称が余になっている。このおっさん、ノリノリだな。


「マジかよ……。

 クソ魔王が直接乗り込んでくるなんてなぁ。

 どうやってここの場所を?」

「こんな小部屋を見つけることなど、造作もない。

 あまり舐めてくれるなよ?」


 自信満々に言い放つ魔王。まるで自分の手柄のように言っているが、ここへ飛んできたのはただの偶然だぞ。


「嘘でしょ⁉

 何重にも結界を張っていたのに……。

 どうやって破ったの?」

「結界など余にかかれば存在しないも同然!

 我が進撃を止められはしないのだ!

 あっはっはっはっは!」


 高笑いする魔王。いかにもそれっぽくてカッコいいのだが結界を破る力などない。それに……彼は自分がこれからどうなるのか全く想像できていないらしい。

 目の前にいるのは年単位で魔族領域に潜伏する魔王討伐ガチ勢。敵うかどうか微妙なところ。


「クソ獣人野郎が……調子に乗りやがって。

 確かにてめぇはマジモンの魔王らしいな。

 だが、一人で乗り込んだのは間違いだったぞ。

 この俺を甘く見過ぎだ、ボケ、カス、クズ!

 今すぐてめぇを切り刻んで、

 剣の錆にしてやるよぉ……うひひひひひ」


 そう言って剣を引き抜き、刃をペロペロと舐めまわすマティス。

 マジで悪役じゃないですかね、この人。


「え? なんで剣なんか舐めるの⁉ 気持ち悪い!」


 普通にドン引きする魔王。あんなの見せられたら誰だって引く。


「ねぇ、マティス。

 そういうの止めなよ。

 勇者ぽくないって言ってるでしょ」


 アリサはうんざりした様子で勇者をたしなめる。なんでそんな奴と一緒に行動してるんだよ。


「うるせぇ、これが俺のスタイルなんだよ!

 おい、クソ魔王! この俺と勝負しやがれ!

 てめぇが負けたらその首もらい受ける!」

「え? 首⁉ 首は嫌だなぁ。

 せめて、たてがみとかにしない?」


 首を取られるのが嫌なのか魔王は決闘に同意しようとしない。


「ねぇ、ユージ。止めなくて良いの?」


 ミィが小声で尋ねてくる。止めるもなにも、俺にそんな力はない。


 さぁて……どうしたもんか。


 レオンハルトを失うのは手痛い。彼はああ見えて素直でぎょしやすく、俺にとって都合の良い存在なのだ。他の獣人だとこうも行かないだろう。


 できれば死んで欲しくないのだが……俺にはどうすることもできん。


「ふんっ……行くぞ、クソ魔王。

 首を取られるのが嫌なら後生大事に守ってろ」

「首は嫌だなぁ……首は……」


 剣を差し向ける勇者。嫌々ながらも構える魔王。

 滅多にみられない勇者と魔王のガチバトルが、目の前で繰り広げられようとしている。

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