第16話 転移魔法

「失礼しまーす……あれ?」


 部屋に入ってきたヌルは顔をしかめる。


「そこにある不自然な盛り上がりはなんですか?」


 部屋の隅にはぼろ布をかぶせた魔王とミィ。明らかに何かを隠してる感が否めない。


「あれは実験材料に色々と集めたのだ。

 気にしなくて良い」

「いやぁ、気になりますね」


 気にしなくていい。お願いだから、気にするな。


「まさか人間とかじゃないでしょうねぇ」

「一部はな。

 俺の身体のスペアとして必要だから、

 防腐処理を施した人間の死体を保管してある。

 よかったら見ていくか?」

「いえ、結構。見ても面白くありません」


 素直に引き下がるヌル。……よかった。


「それで、話とは?」

「通路の下に管を通すので、

 しばらく通行ができなくなります。

 よろしければ工事が終わるまで、

 どこか別の部屋へ移っていただけないかと」

「ふむ……」


 これまた面倒なことに……。魔王だけでなく、ミィも別の場所へ移動させないと。


「分かった、考えておく」

「お願いしますね。

 では早速、工事に取り掛からせて頂きます」


 ヌルは軽く会釈して部屋から出て行った。


「はぁ……」


 俺は内鍵をかけて、ため息をつく。

 マジでやってられねぇ。なんだよこの状況。最悪じゃねぇか。


 ぐちぐち言ってもいられない。さっさと魔導書を手に入れて解決しないとな。


 俺はミィの上にかぶせておいたぼろ布をどかす。


「大丈夫か?」

「ううん……この人、獣臭い」


 魔王の上で丸くなっていたミィが言う。そりゃ臭いよ、獣だし。


「とりあえず危機は脱したな」

「ねぇ……ユージ」

「なんだ?」

「トイレ……行きたいんだけど……」


 ああ、そう言えば。用を足すところだったな。


「分かった。部屋から出ていくからその間に済ませろ」

「魔王がいたら無理かも」

「え? うーん……もう少し我慢できる?」

「ちょっと……つらいかな」

「ふむ……」


 いくら気絶しているとはいえ、魔王の隣で用を足すのは無理。と言うことはつまり……この子が限界に達するまでに魔導書を手に入れ、魔王をどこか別の場所へ飛ばす必要があるわけだ。


「とりあえず、魔導書を取ってこよう。

 それまで耐えてもらうことになるが……」

「分かった! 分かったから……早くして!」


 泣きそうな顔で叫ぶミィ。よほど我慢していると見た。

 耐えられて……五分くらいだろうか?


「分かった、そこで待ってろ。

 万が一の時はその鍋で済ますんだぞ」

「うう……分かった」


 俺は部屋から飛び出してサナトの所へと向かう。


「うおおおおおお! サナトぉぉぉおおお!」

「今度はなんですか⁉ うわぁ!」


 俺はサナトの顔のすれすれまで顔面を近づける。


「頼む! 魔導書だ! 転移魔法の魔導書を早く!」

「転移魔法⁉ なんで急に?」

「とにかく今、必要なんだ!

 すぐに出してくれ! 一分以内に!」

「はぁ……分かりました。

 でもなんで急に……」


 首をかしげるサナト。備品を収納している棚へと向かい、転移魔法の魔導書が無いか調べている。


 ううん……見つかると良いが。もしなかったらどうしよう。


 ミィは魔王のすぐ横で用を足すことになる。あんな毛むくじゃらのオスネコのすぐ傍で、恥辱に顔を歪めながら黒くて太いのを……。

 ミィが用を足している姿を魔王が目撃。そんなことになったら彼の命が危うい。レオンハルトが俺の部屋で死んだりしたら、言い訳不可能で処刑不可避の絶対破滅。絶望的な状況を頭の中で思い描くと叫び声を上げたくなる。


 思わず頭をかきむしった。


「あの……どうしたんです?

 さっきから様子がおかしいですよ?」


 俺が取り乱したのを見て、サナトが心配そうにしている。


「いや、なんでもない。心配をかけてすまん」

「まぁ……大丈夫なら、いいんですけど。

 はい、これが転移魔法の魔導書です」


 そう言って分厚い本を俺に手渡すサナト。

 ずっしりとしたその重さを手で感じると、転移魔法の習得困難さがよくわかる。 


 ミィはこんな本を一瞬で読んで、魔法を覚えると言うのか? 明らかに数日はかかりそうなページ数だぞ。儀式も必要ないというのか?


「それにしても、どうして転移魔法なんて?」

「色々と事情があってな。

 今は何も聞かないでくれ」

「分かりました。

 込み入った事情があるんですね。

 あっ、でも一つだけ気を付けて下さい。

 転移魔法は使い方を誤ると、

 とんでもない事になりますので」

「ああ……分かっている」


 転移魔法。

 どこにでも一瞬でワープできる便利な魔法だ。あらかじめ『ポイント』を設置しておけば、発動した瞬間にそこへ移動できる。

 勇者パーティーはこの魔法を使い、魔族の住む領域を自由自在に行き来し暗躍。大変に便利な魔法だが、脅威にもなり得るのだ。


 当然、リスクも存在する。ポイントを設置しないでこの魔法を発動すると、意図しない地点へと飛ばされてしまう。

 この意図しない地点と言うのは平地に限らず、谷の底とか屋根の上とか足場の不安定な場所はもちろん、酷い時は石の中にワープしてしまうこともある。

 ポイントが損壊した場合も同様のことが起こるので、一度設置したらしっかりと保護しなければならない。


「面倒をかけたな、失礼する」

「あっ、お待ちください」

「……なんだ?」

「これを」


 サナトは小さな小瓶を差し出してきた。


「これは?」

「匂いを消す薬です」

「もしかして……匂うか?」

「ええ、人の匂いと獣の匂いが混ざったような、

 なんとも言えない微妙な匂いが。

 何があったかは聞きませんが……お気をつけて」

「……うむ」


 流石は300年生きた魔女。俺が今どんな状況に立たされているのか、お見通しなのだろう。


 俺の身体には人間と魔王の匂いが染み付いている。匂いに敏感な獣人なら、一発で見抜くはず。

 幹部の中には俺を敵視している者も多い。変な因縁をつけられる可能性もある。ヌルのようにすんなりと納得してくれないだろう。


 早速貰った薬を身体に振りかけ、人と獣の混濁した匂いを消す。


「ありがとう、サナト。

 この埋め合わせは必ず」

「はい、いつでも構いませんよ。ユージさま」


 そう言ってニコリと笑うサナト。見た目は可愛らしいロリっ子なんだけどなぁ。中身が300歳のBBAだなんてとても思えない。


 魔導書を手に入れた俺は早速、ミィの元へと戻る。


「ミィ、今戻った……げぇ⁉ なにしてんの⁉」


 半泣きで魔王にまたがるミィ。彼女はボコボコに魔王を殴り続けていた。


「この人が目を覚ましそうになってぇ……」

「だから殴ったのか⁉ ボコボコに殴ったのか⁉」

「他に方法が思いつかなくて……。

 こんなことするつもりじゃ……」


 そう言いながら気を失った魔王を殴り続けるミィ。この子、本当にサイコパスじゃ?


「とにかく魔導書を手に入れたぞ!

 これで魔法を覚えるんだ!」

「分かった!」


 ミィは魔導書を手に取る。


 彼女が本を手にした手を前に掲げると淡い青色の光が彼女の身体を包み、小さな光の玉が幾つも発生して辺りを漂う。


 そして……。


「覚えたよ! 転移魔法!」


 でかした! 早い! この間、わずか10秒!


「え? 早くね?」

「スキルの一種なんだけど、

 情報媒体があると内容をインストールできるの」

「へぇ……すごいね」


 とんだチート能力だな。本を読まずに内容を理解できるってことだろ? 俺もそれ欲しいわ。


 てゆーかスキル? 死ぬ前に長いこと冒険者を続けていたがスキルなんて言葉を聞いたことがない。おまけにステータスもこの世界には存在しない。

 この子は当たり前のようにスキルという言葉を使ったが、俺が知らないだけで普通に存在していたのか?


 まぁ……今はそんなことどうでもいい。


「じゃぁ早速、転移魔法を……」

「うん、わかった!」

「あっ、待って……」


 まだポイントを設置していない。止めようとしたが遅かった。


 ミィは既に魔法を発動。

 どこへ飛ばされるかもわからぬまま転移が開始する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る