第15話 最悪の事態
「ここに置けばいいのか?」
魔王は大きなベッドを肩に担いで俺の部屋の前まで運んでくれた。
「はい。ありがとうございました」
「なぁに、これくらい朝飯前だ。
俺を誰だと思っている?」
「ええ、あなた様は我が主。
主君たる魔王です。
お仕えできて光栄に思います」
俺は深々と頭を下げる。普段もこれくらい有能だといいんですけどねぇ。
「それじゃぁ、俺はこれで……うん?」
ピクリと動きを止める魔王。何か嫌な予感がする。
「人間……臭いな」
そんな……まさか……ミィの匂いを感じ取ったのか⁉
「ハハハ、気のせいでしょう」
「馬鹿を言うな。
俺の鼻は確かだ。
間違いなく人間が近くにいる。
例えば……」
俺の部屋の扉に目を向ける魔王。
「この部屋の中……とかな」
ひいいいいいいいっ! 的確に見抜いていらっしゃる!
「いやぁ、何かの間違いでは?」
「貴様は俺の鼻を疑うのか?」
鋭い目つきで俺を睨みつける魔王。なんでこんな時だけ、らしくなるんだ。
「いいえ、滅相もない」
「ではとりあえず確かめるぞ」
「ああ、はい……」
どうしようもないぞ、この状況。
俺には魔王を止める
ああ……終わった。俺の今までの苦労も、努力も、全てが水の泡。なんて言い訳しよう。勝手に部屋に入ってきたことにして、しらばっくれるか?
そんなこと……とてもできない。ミィを切り捨てるなんて無理だ。
決めた。
土下座しよう。
誠心誠意、謝って許してもらうのだ。それしかない。
「さぁて、ドアを開けるぞ」
「閣下、この度は……」
「ぎゃあああああああああああっ!」
扉を開けた途端、魔王は卒倒。いったい何が起こった⁉
「おい……あっ」
部屋の中を覗くと、そこには下半身丸出しのミィがいた。
「いっ……いきなり入って来て……」
「分かった、分かった。とにかく何か
「こんなことするつもりじゃ……」
「分かった、分かった。不可抗力だ」
涙目になって言い訳をするミィ。とりあえずパンツをはかせる。
一度ならず二度までも、魔王を一撃で倒したミィ。この子は本物の化け物じゃないかな。
それにしても……どうしようかな、これ。
俺は気を失って倒れた魔王を見下ろす。
「この始末、どうするつもりだ?」
「ええっと……分かんない」
だろうね。俺も分かんない。
「おーい! ユージさまぁ!」
聞き覚えのある声! これは……ヌルの声だ!
「やべぇ! これ隠せ!」
「隠すってどこに⁉」
「とりあえず部屋に入れろ! すぐに!」
「分かった!」
ミィは魔王を担いで部屋へ飛び込む。
「ユージさまぁ! 工事に取り掛かりますぜ!」
「あっ……ああ、仕事が早いな」
「早速、作業を開始させて頂きます!
十分な人員を用意しましたので、
1週間で便所を完成させてみせます!」
やる気満々のヌル。
二週間でも無理だって言ってたのに……それを無理やり一週間? つまり……。
「引っ切り無しに人が出入りするってこと?」
「ええ、それは絶え間なく!
今から24時間体制で、ぶっ続けで作業して、
昼も夜もずっと工事を続けることになります!
多少うるさくなりますが構いませんよね?」
「わっ……分かった。よろしく頼む」
「任されました! おおぃ! こっち、こっち!」
ヌルの呼びかけによって大勢のオークたちが集まってきた。
「もう始まるの?」
「はい」
「ずっと工事が続くの?」
「ええ、今から完成までずっと」
「まじかぁ……」
「ええ、マジです」
24時間体制で工事となると、一瞬たりとも隙が無くなるってことだ。
もし魔王を俺の部屋から運び出そうものなら、必ず誰かの目についてしまう。そんなことになったら俺は反逆者。ミィの存在もバレる。
俺たち二人は仲良く処刑。地底深く掘られた穴に落とされて、永久に封印されることだろう。
「ハハハ……頑張ってね」
「ええ、一週間寝ずに頑張ります!」
「でも無理は良くないよ。少しくらい休んだら?」
「ご冗談を、ユージさま。
皆あなたを見習って、
死力を尽くして働くつもりです。
少しでも力になれればと……」
ああ、そうですか。
どう見ても人生終了です。本当にありがとうございました。
とりあえず部屋の中へ入る。
「どうしよう、魔王を外へ出せなくなった」
「え? どうすれば良いの?」
「分からん。ただ一つ言えるのは……。
これをどうにかしないと俺たちは破滅だ」
俺は気を失っている魔王に目をやる。
「もし誰かに見つかったら?」
「俺は首を
「えっと……何かの冗談?」
首をかしげるミィ。冗談を言ったつもりは無いが……そう言う風に聞こえるよな。俺が言うと。
「俺はともかく、ミィが心配だな」
「大丈夫だよ、多分。
首を
ギロチンでも処刑できないんじゃないかな」
えっ……なにそれ、怖い。
「とっ……とにかく。
今はこれをどうするか考えよう。
ミィはなにかいい案があるか?」
「窓から放り捨てたら?」
「窓……から?」
俺は窓に目をやる。どう考えても魔王の身体が通るほど大きくない。
「無理じゃないか?」
「大きな穴を開ければ良いんじゃない?」
「穴……ねぇ」
穴から魔王を放り出すか。その後、どうするつもりなんだろう。
「なんだったら私が穴をあけて、
魔王を外へ放り投げてもいいけど?」
「俺の人生が終わるから止めて」
「……そう」
残念そうにするミィ。活躍の場を奪われてガッカリしている。
「バラバラにして少しずつ運び出すのは?」
「発想が怖いよ!」
「じゃぁ、冷凍して粉々に砕くとか」
「さっきと何が違うの⁉」
アンデッドの俺よりずっと黄泉の世界の住人染みてるよこの子。本当に勇者なのか? いや、むしろこれが勇者のスタンダードなのか? 勇者はこんなのばっかりなのか?
「ううん……私には分からないな。
ユージはどうすれば良いと思うの?」
「俺にだって分からないことくらいある」
「じゃぁ、このままここで飼う?」
「それも……アリだなぁ……」
俺は思考を放棄してお空綺麗状態になりつつある。どうすればいいんだよぉ、この状況。
「とにかく早くなんとかしないとな。
魔王が行方知れずになったら、
皆が大騒ぎするだろう」
「やっぱりバラバラにするしか……」
「それはもうなしの方向で」
「大丈夫だよ。
解体した後でつなぎ合わせれば、
また元通りになる!」
「いや無理だから!」
「え? つなぎ合わせてもくっつかないの?」
どう考えたらくっつくって思えるんだ⁉ この子、天然ってレベルじゃないよ!
「せめて転移魔法とか俺が使えればなぁ」
「あっ、それだったら覚えられるかも」
え?
「……マジで?」
「魔導書さえあれば取得できるよ。
勇者だと魔法を覚えやすいみたいなんだよね」
でかした!
本来なら魔法を覚えるには数々の面倒な儀式を行わなければならない。魔導書にはその方法が延々と書かれており、それをもとに魔法を習得する。
俺もいくつか魔法を習得しているが、儀式を行ったとき非常に面倒でいやになった。魔法は便利な力ではあるけれども、いろいろと制限があって使い勝手が悪い。
複数の魔法が使える冒険者は重宝される。
転移魔法は大変に有用な魔法なのだが、習得の儀式があまりに面倒。俺も手を出そうとしたがすぐに挫折。
あまりに困難すぎた。
それを一瞬で覚えられるのはすごい。さすがは勇者様と言ったところか。
魔導書ならサナトに言えば簡単に手に入る。今日中になんとかできそうだぞ。
「じゃぁ、さっそく……」
「ユージさまぁ!」
部屋の扉が強引にノックされる。……こんな時に!
「工事のことで話があるんですが!
ちょっといいですか⁉ 入りますよ!」
「あっ、ちょ、まっ!」
俺の返事を聞かずに、ヌルは扉を開く。
地獄の門が開かれた。
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