第12話 平和な世界

 農夫になった俺は、自分の土地を持つ農民のところへ行って、日雇いの労働をしていた。


 来る日も来る日もクワを振るい、土を耕しては種をまき、水をやって食物を収穫する。

 貰える賃金はほんのわずか。一日の食費でほとんどが無くなってしまう。


 毎日が同じことの繰り返し。日に日に体力が消耗していく。冒険者と同じで先は長くない。稼ぎが多かった分、前の方がまし。


 このままでは身体が持たない。そう思った俺は、別の道を探すことにした。


 先ずは商人になろうと思った。どこかの商会に入って金を稼ぎ、ゆくゆくは自分の店を持って独立する。そんな夢を描いて街へいったのだが……。どの商会でも門前払い。いったい何がダメなのか分からない。


 次に職人になろうとしたが、こちらもダメ。どの工房の親方も俺の顔を見た途端に顔をしかめ、さっさと帰れとのたまう。


 最初はなぜなのか分らなかったが、直ぐに理由が判明する。俺が年を取りすぎてしまったのだ。


 冒険者を辞めたのは30手前。農夫として一年半ほど働いた。世間からしたら俺はもうおっさん。専門的な技術や知識を持たない年を取った男に、できることは限られている。


 どの商会でも、どの工房でも、幼いころから奉公にきた少年が働いており、一人前になった商人や職人たちは、その道一筋で生きてきた者たちばかり。

 彼らの技術や知識、経験には、俺が逆立ちしたって敵わない。今から勉強したとしても無駄。


 俺は再び農村へ戻って農家の手伝いを再開。働き手を選ぶようなことはなく、仕事には困らない。


 得られるわずかな賃金を頼りに、来る日も来る日も働き続ける。そしてやはり心が壊れた。身体も段々動かなくなって……。


「大変だったんだね……」


 悲しそうな顔でミィが言う。俺に同情しているのだろう。


「ああ……大変だったよ」

「ねぇ、ユージのお父さんって、

 ネクロマンサーだったんでしょ?

 どんな人だったの?」

「それは……」


 死霊術師のくせに社交的で明るく、どんな相手にもフレンドリーに接していたが、息子の俺には何も言わない男だったな。


 死霊術の指南は父の弟子っぽい人がしていたのだが、アイツは俺が訓練する様子を遠くから眺めるだけ。上手くいっても褒めないし、失敗しても叱らない。直接会話することなどなく、何か言う時は必ず別の誰かを挟んでいた。


 唯一、印象に残っているのは、たまにする独特な仕草。鼻の頭から口元、そして顎と。上から順番に自分の顔を撫でるのだ。

 その仕草になんの意味があるか分からないが、とにかく印象に残っているのはそれくらいだ。


「なんて言えばいいか分からないけど……。

 そのお父さんって普通じゃないよね。

 自分の娘を実験に使うなんて……」

「ああ、俺も受け入れられなかったな。

 もう顔も見たくないよ。

 まぁそんなわけで……いろいろあったが。

 アンデッドになった俺は人間界にはいられず、

 ゼノまで逃れてきたんだ」

「もし人間と戦争になったらどうするの?」

「そりゃぁ……魔族として、人間と戦うよ」

「そっか……」


 またまた悲しそうな顔になるミィ。胸が痛くなった。


「……ごめんな」

「どうして謝るの?」

「ミィとは敵対する関係にあるから、

 人間と戦わざるを得ないこの状況が申し訳なくて」

「謝ることじゃないよ。仕方のないことだから」


 そう、仕方がないのだ。


 俺はアンデッド。どう足掻いても人間には受け入れてもらえない。俺がまっとうに生きていく(?)には、人間たちと戦うしかないのだ。


「……本当は戦争なんてしたくないんだ」

「そうなの?」

「魔王が戦争をやりたがって仕方がないんだよ」

「ねぇ……その魔王ってどんな人なの?」


 昨日、君が殴り倒した人です。


「悪い人じゃないんだけどね。

 とにかく実績を残すことに執着してる。

 皆で平和に暮らすのが一番なのに、

 それを分かってくれないんだ」

「うん、ユージの言う通りだね」


 ミィは頷いて共感してくれた。


「分かってくれる?」

「うん……私も間違った考え方をしていたから。

 魔王を殺せば平和になるって思ってた。

 でもそれは違うんだよね」


 その通り。

 某魔王じゃないが、魔王を殺しても第二、第三の魔王が誕生する。殺したところで意味がないのだ。


 勇者も、魔王も、代わりなどいくらでもいる。


「ねぇ、ユージはこの世界をどうしたいの?」

「争いのない平和な世の中にしたいなぁ」

「じゃぁ、私もそれに協力するね」

「え? 協力?」


 ミィは真剣な顔でコクリと頷く。


「一緒に平和な世界を創ろう。

 私はユージの相棒になって、

 その夢の実現を手助けするよ。

 こう見えても強いんだよね、私。

 だから期待して」


 これは頼もしいお言葉。素直に甘えよう。


「心の底から信頼できる仲間ができて嬉しいよ」

「えへへ、そう言われると照れちゃうな。

 でも……仲間かぁ」

「え? 嫌だった?」

「ううん、そうじゃなくて。

 そんな改まった関係でもないかなって。

 ユージと私は家族みたいなものだし」


 家族……かぁ。出会って数日でそれは言い過ぎじゃないか?


「……悪くない」

「これからもよろしくね。

 私のお母さん」


 あ、やっぱりお母さんなんだ。せめてお父さんって言って欲しかった。


「ああ、よろしく」

「こちらこそ」


 こうして俺とミィは仲間になった。正直言って彼女のような存在は心強い。巡り合わせてくれた神に感謝だな。


 それからミィとはとりとめのない話をした。主に転生する前の世界についてだ。俺と彼女とでは年代が違うが、それでも懐かしい前世での話題は大いに盛り上がった。


 気づけば夜明けを迎えミィは力尽きるように眠りにつき、安らかな顔で寝息を立てている。

 俺はそれをじっと見守り、かつてないほどの安心を覚えた。


 信じあえる人がそばにいるのは素晴らしい。

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