第10話 侵攻作戦

 その日の会議も紛糾した。


 人間の国に攻め込むにあたって、その進軍ルートで揉めたのだ。

 以下、我が国のことをゼノ。隣接する人間の国をアルタニルとする。


 ゼノは北方と東方がアルタニルと接しており、北から攻めるか東から攻めるかで揉めた。

 アルタニルの王都は北側にあり、北から攻めようと言うのが幹部たちの主張。一方、俺は東側に侵攻するルートを提案した。


 ゼノの東側には広大な穀倉地帯が広がっており、人口も北と比べて多い。進軍した時に食料を確保することが容易だ。

 北側は王都に近いが道は狭く険しい上に街も少ない。希少な鉱石が取れる鉱山が多数存在するものの、そちらから進軍するのは難易度が高い。


 なまじ得られる戦利品が魅力的なだけに、幹部たちはそちらに気を取られている。ただでさえ兵糧が不足しているのに、人口の少ない北側へ攻め込んだらどんな結果になるか、彼らには想像できないのだろうか。


 もちろん俺には戦争した経験なんて無い。だが予想はできる。


 人口が少ない地域にはそもそも食料が存在せず、略奪しても必要な量が集まらない。食料が尽きれば軍はその場から動けなくなる。引き返すにしても食料が必要になるからだ。


 おまけに北側は道が狭く進みにくい。行軍に時間がかかり、消費する食料も多くなる。物資を輸送するだけでもコストがかさむ。


 この説明をすると、魔王は東側からだと王都が遠いとごねた。俺はそれを一蹴。王都へは行かないと返答。


 これにクロコドが噛みつく。敵の本拠地を落とさないで勝利しろと言うのかと。


 そもそも全土を制圧するのは不可能。以前にも説明したが、わが軍には王都を落とすだけの力が無い。であれば、前線の街をいくつか占領し、領地の割譲を認めさせた方がよい。


 そう言うと、幹部連中からは総スカンをくらう。


「とにかく北だ! 北から攻めるのだ!

 あの豊富な資源を我が国の手中に収め、

 富国強兵のいしずえとするのだ!」


 クロコドの言葉に複数の幹部がうんうんと頷く。誰もが目先の利益に目がくらんでいる。

 ゼノは鉱物資源に乏しい。鉄や銅などは他の魔族の国から輸入している。鉱山地帯の奪取は国民の悲願と言ってもいい。


 だとしても、素直に応じるわけにはいかない。無謀な作戦に民衆を巻き込むのは絶対にNG。


「まぁ、どっちから攻めるかはまた今度にして、

 とりあえずどう戦うかの作戦会議をしない?

 色々と有用な戦術を思いついちゃったんだよねー」


 ウキウキ気分で魔王が発言。

 彼が楽しい気分になると、途端にカリスマ性が皆無になる。


「まずはこれを見てね」

「え? これは……」


 ニコニコ顔で資料を配る魔王。一枚一枚、汚い字で作戦名と内容が書かれていた。もしかして……俺のやり方を真似したのかな?


「まずはこれ、ごうごう山火事作戦。

 敵の領内であちこちに火を点けて全部燃やすんだ。

 山という山が火事になれば敵も混乱して反撃できない。

 あっという間に王都まで進めるよ!」


 ご機嫌でそう説明するレオンハルト。これにはさすがの幹部たちも微妙な表情になった。


「次はこれ、ワンワン大作戦。

 敵の領地に魔犬ケルベロスをはなって、

 人間どもを食い殺させる作戦!

 これも絶対に成功すると思うんだ!

 あとは……」


 次から次へ「僕が考えた最強の戦術」を発表する魔王。そのどれもが突拍子のないものばかりで、幹部たちの反応もかんばしくない。あのクロコドでさえ顔を引きつらせている。

 この人を説得するのは俺の役だ。皆が帰ったら一つ一つどこがダメなのか説明して、なんとか納得してもらおう。


 会議が終わった後、俺はレオンハルトと小一時間ほど話した。なにがダメで、なにが悪いのか、一つずつ丁寧に説明する。

 結果、彼はぶるぶると震え、病弱な子猫のようになっていた。

 やはり、相当ショックだったらしい。前々から頑張って考えていたようなので、気持ちは分からなくもない。


 そんな彼にこんな要求をするのは気が引けるのだが……。


「え? 休暇?」


 キョトンとするレオンハルト。


「はい、半日だけでもいただけないかと」

「別に構わんぞ。なんだったら1週間くらい休め」


 そんなに休んだらとんでもない事になる。休めて1日がいい所だろう。


「ありがたいことですが、1日で結構です」

「まぁ……お前がそう言うんなら構わんが。

 でもなんで急に? 今まで休んだことなんてなかっただろ?」

「ええ、色々と事情がありまして」

「何があったか分からんが、困ったことがあったら俺に言え。

 なんとかしてやる」


 おお、なんと頼もしい。

 だが彼に何ができるのだろうか。


「あと……昨日のことだが……」

「もちろん誰にも話していません」

「ああ、それならいい」


 流石に糞と尿を同時に漏らしたなんて、誰にも知られたくないよな。


 休みが取れたのでミィとゆっくりお話ができる。

 少し早いが部屋へと戻った。


「ただいまぁ」


 扉を開けるとミィと目が合う。

 彼女は泣きそうな顔でパンツを下ろし、鍋の上にまたがっていた。


「あっ……」


 ヤバい。殴られる。

 そう思ったが……。


「ごめん、もうちょっと待って」

「ああ……」


 俺は何事もなかったかのように扉を閉める。


 よかった……殴られなかった。魔王を一撃で倒した拳をくらったら、頭蓋骨が粉々に粉砕されてしまう。

 しばらくすると、中からミィの声が聞こえた。中に入っても大丈夫だと言う。


「ごめんね……戻ってきて早速で悪いんだけど……」

「分かった、それを処理してくる」


 彼女の排せつ物を便所に捨てて、鍋を綺麗にしなければならない。

 さっさと済ませて、さっさと戻る。


「ふぅ……戻ったぞ」

「ねぇ、変なことしてないよね?」


 変なこと? あんな汚いもので何をするというのか。


「変なことはしてないが、

 便の様子ならよく見させてもらった。

 腸の調子はすこぶる良いようだな」

「…………」

「……ごめん」

「うん、いいよ」


 変なことを言ったせいで妙な空気になってしまった。

 我ながら、馬鹿なことを。


「ふぅ……ようやく君から話が聞けるぞ」

「うん、でも何から話せば良いかな?」

「君の前世について教えてくれ。

 それからこの世界に来てからのことも」

「……分かった」


 ミィは少しずつ話し始めた。

 この世界へ来る前の彼女の物語を……。

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