第8話 幹部はつらいよ
「はぁ……」
俺はため息をついた。
妙に肩がこるので首をぽきぽきしながら手で揉む。と言っても、俺には筋肉がないので、肩がこったのは気のせいだろう。
……本当に時間の無駄だったな。
クロコドは俺の言うこと全てに文句を言い、丁寧かつ理論的に反論するが納得しない。ついには俺も熱くなってしまい、不毛な言い争いへと発展してしまった。
俺もまだまだ子供だ。二回死んだ身とはいえ、経験が不足している。ああいう手合いを丸め込めないのは、単に俺の実力が足りないからだろう。
それにしても……肝心の魔王は何も言わなかったな。
あー、だの。うー、だの。うわごとのように繰り返すだけ。
あの作戦が実行に移されずに済んでよかった。言い争いに発展したおかげでうやむやになったからな。ある意味、クロコドには感謝だ。
魔王の言い分も分からなくもない。
戦力で大幅に劣るわが軍が一矢報いるとしたら、大胆な作戦を取る必要がある。王都を一気に攻め落とすのは、戦術的に悪い選択肢ではないのだ。
人間の領域には複数の国家が存在しているが、一枚岩ではない。
侵攻する予定の国は王に全ての権力を集中させた独裁国家。地方は中央から派遣された役人が管理しているので、王都さえ落としてしまえばゲームセット。
一気に侵攻すれば敵も混乱し、人間たちの足並みは乱れて作戦の遂行を容易にする。必要な物資も途中で略奪して補えるし、無謀な作戦ではあるものの理に適っている。
にもかかわらず俺が反対したのは、単純に犠牲を減らしたかったからだ。レオンハルトが主張した作戦を実行に移したら相当な数の犠牲が発生する。
多くの兵士が死ねば生産力は大幅に低下。残された妻や子供らも路頭に迷うことになる。仮に勝利したとしても、長い目で見れば損失の方が大きい。
得られるのは勝利がもたらす
やはりさっさと終わらせるに限る。魔王が納得するだけの戦果を挙げたうえで、無駄としか思えない不毛な戦いに終止符を打つのだ。
さて、他にもやることが沢山ある。
戦争に必要な兵糧がどれくらい集まったのか、まだはっきりと分かっていないので、しっかりとチェックしておこう。後で足りなくなったら、大変なことになる。
コストダウンについても考えておこう。
減らせるものは減らして、出来るだけコンパクトな行軍にしたい。
一番に考えているのは飛竜部隊の除外だ。
それなりに戦闘力はあるが、べらぼうに飯を食う。偵察なら他の種族でも代用できそうなので、代替案をいくつか用意しておこう。
まぁ……あの魔王が素直に納得するとは思えない。飛竜ってロマンだもんなぁ。
俺だって飛竜が飛び回るところを見てみたいが、現実的に考えるとやっぱり無駄が多い。出費を抑えるとしたら除外が妥当。
とりあえず今は兵糧について……と。
色々と調べていくうちに、とんでもないことが分かった。十分な兵糧が徴収できていないのだ。
わが国にはいくつかの軍が存在し、幹部が指揮権を持っている。軍の装備や兵士への賃金、兵糧などは、幹部たちが自前で用意することになっていた。
しかし、今回は兵糧についてのみ一律で徴収して各軍に分配することになった。
これは俺が提言したことで、幹部たちが自分たちの都合で兵糧の量を調整し、軍によってばらつきが出てしまうことを防ぐためだ。
戦争に行くんだから、食うもんが必要になる。足りなくなったら現地で奪うしかない。飢えた兵士たちは敵地で好き放題暴れまわり、ヘイトを際限なくまき散らすだろう。
そうなると、住人たちは反発し、ゲリラやレジスタンスを組織する。余計な敵を作ってしまわぬよう、兵糧だけはしっかり管理しようと思ったのだ。
地方の魔王直轄領および、幹部たちが治める領地には、一律で取れ高の三割を納めるよう命令書を発布した。
しかし、集められたのは一割程度。俺の予想の半分にも満たない量だった。
これはいったいどういうことなのか。各地に出向いて調査しなければならない。
部下たちに指示を出して直ぐに調査へ向かわせる。報告が上がって来るまでしばらく待たねばならない。
あれこれとしている内に、すっかり夜に。
そろそろミィの様子を見に行かないと。丸一日ほったらかしで寂しかったろう。お腹もすいているだろうから食べ物を持っていってやるか。
食堂へ行ってノインから食料を分けてもらう。そしたら速足で自分の部屋へ。
「ただいまぁ」
「あっ、お帰り」
椅子に座っていたミィは小説を膝の上に置いて挨拶をしてくれた。
着替えを済ませた彼女はそれなりに見られる格好になっている。下着のサイズもぴったりのものが見つかったようだ。
「食べ物を持ってきたぞ」
「わぁ、ありがとう。
でもあんまり食欲ないんだ。
お腹が痛くてさ」
「もしかしてトイレって……」
「まだ一度もしてない。ちょっと抵抗があって……」
一日中、ずっとトイレを我慢してたのか。やはり鍋だと問題があったか。
「仕方ない。トイレまで案内するから付いて来て」
「え? 外に出ても大丈夫なの?」
「布を深くかぶって姿を隠せば大丈夫だよ」
「本当に?」
……多分。ね。
この時間なら廊下を歩いている兵士は少ない。見回りの時間とルートは把握しているので、慎重に行動すれば大丈夫だと思う。
「ああ、大丈夫だ。付いて来てくれ」
「うん、わかった」
俺はミィを連れてトイレへと向かう。幸い、途中で誰かに出くわさずにすんだ。
「ここだ、直ぐに済ませてきて」
「……うん」
おそるおそる便所を覗き込むミィ。すえた匂いに顔をしかめ、鼻をつまむ。
複数の兵士が用を足せるように、いくつもの便所が部屋の中に並んでいる。オークや獣人が使用するので、便器は人間用のものよりずっと大きい。
正直言って、あまりきれいな状態ではない。女の子がここで用を足すのは嫌だろう。しかし、部屋の中で鍋の中にするよりはまし。
踏ん切りをつけたミィは便所の中へ。俺は外で彼女が戻って来るのを待つ。
「ふんふんふーん♪」
鼻歌が聞こえて来た。この声は……。
「え? 閣下?」
「おお、ユージか。なんでこんなところに?
まさかお前、骨のくせにウンコするのか?」
そう言って首をかしげる魔王。
「そんなまさか……散歩です、散歩」
「便所を散歩するなんて物好きな奴だなぁ。
とりあえず、そこどいてくれ。
ウンコするから」
「ええっ……」
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