第7話 レオンハルト

 魔王レオンハルト・ドニオッド。ライオンの姿をした獣人である。


 彼は先代魔王の一人息子で、幼いころからスパルタ教育を受けて育つ。

 崖から突き落としてい上がった者だけを育てる。先代の魔王はマジでそれを実行に移し、唯一生き残れたのが彼だったわけだ。


 先代は魔王の中でも屈指の戦闘狂で人間たちへ戦争を仕掛けている。

 しかし、その試みは失敗。無残に敗退、領地は消失。先代の魔王は撤退戦のさなか、勇者に打ち取られて帰らぬ人に。


 レオンハルトや他の兄弟たちも、その戦争に従軍していた。激しい戦いの中で兄弟が死んでいくなか、彼は持ち前の生命力でなんとか生き残る。


 幾度も死線をかいくぐった彼の実力は、他の有象無象とは比べ物にならない。次の王を決めるトーナメント大会では見事全勝。誰もがその強さを称え、魔王となった。

 この時まだ彼は十代だったと言う。


 晴れて魔王となったレオンハルトだが、その船出は順調なものとは言えない。


 戦闘以外は何一つ教育を受けなかったので、国と取り仕切るだけの政治能力が備わっていなかった。そのため、内政のほとんどを幹部たちに丸投げし、自身は玉座でふんぞり返っていたのである。


 それでも最初は上手くいっていた。先代を支えた有能な幹部たちが国政を担うことで、政府は正常に機能する。


 しかし……そこへ勇者たちがやって来た。


 即位したての魔王が治めるこの領地に目をつけ、早速行動に移ったのである。


 彼らは有能、無能を見分ける能力にけているらしく、国を取り仕切っていた幹部たちを次々暗殺。有能な者がバタバタ死んでいき、残った無能な幹部だけで国を動かすことになった。


 大幅に弱体化してしまったわが軍ではあるが、そのおかげで俺は出世することができた。ある意味、勇者たちには感謝すべきなのかもしれない。


 ちなみにだが、レオンハルトは暗殺の対象になっていないようだ。彼の戦闘能力を恐れているからなのか、それとも無能だと見抜かれているからか。

 どちらにせよ、彼が襲撃された事は一度もない。






「閣下……いかがしましたか?」


 俺が尋ねると魔王はウキウキ気分で立ち上がる。


 また面倒なことを言い出すのではないか。俺の不安は、杞憂に終わらない。


「侵攻計画について考えていたのだが……。

 真っ先に王都を目指すのはどうだろうか。

 他の街や城は全て無視して、

 一直線に敵の本拠地を叩くのだ。

 そうすれば人間たちは驚いて大混乱。

 右往左往してまともに抵抗できないであろう」


 自信満々に言い放つ魔王。頭蓋骨が痛くなってきた。


「閣下……それは無茶でございます」

「無茶は承知の上だ。

 戦争には犠牲がつきものだからな」

「確かに、その通りでございます。

 ですが……恐れながら申し上げます。

 その作戦では確実に全滅します」

「全滅……だと⁉」


 大げさに驚くレオンハルト。


「ええ、ほぼ間違いなく」

「なぜだ⁉」

「閣下は兵站という概念をご存知ですか?」

「へいたん? 平べったいことか?」


 ダメだこりゃ。一から説明する必要があるのか。


「戦闘を行うには多くの物資が必要です。

 武器や防具、攻城兵器。

 兵士の食料も欠かせません。

 また、物資を輸送するための馬。

 空を飛んで軍全体を支援する飛竜。

 その他、諸々。

 これらを途切れることなく、

 最前線へ補給し続ける必要があります」

「ふぅん……」


 ふぅん……て。まさか初めて知ったんかい。


「閣下の提案したプランですと、

 補給路が長くなりすぎて維持が困難になります。

 途中で途切れ途切れになり、

 最前線の兵士たちは確実に孤立。

 戦うこともままならず全滅するでしょう」

「全滅する前に王都を落とせばよかろう」

「無理ですね」

「なぜだ?」


 ため息をつきたい。やれやれとかぶりを振りたい。お前は馬鹿かと言ってやりたい。グッとこらえて冷静に説明を続ける。


「当然、敵の本拠地ですから、

 敵の防備もそれなりに固くなっています。

 わが領内の全勢力をもってしても、

 完全に攻め落とすのは難しいでしょう」

「やってみなければ分からないのでは?」

「分かります。分かり切っています」

「どうして言い切れる?」


 こういうこともあろうかと、俺は用意していた資料を幹部たちに配る。


「これをご覧ください。

 敵国の大まかな情報です。

 どの都市も強固に守りを固めており、

 攻略は困難を極めます。

 敵の中央まで侵攻して直接王都を落とすなど、

 雲をつかむような話なのです」


 俺の配った資料を眺め、険しい顔をする幹部たち。しかし魔王は……。


「やってみなくちゃ分からないじゃん」


 だーかーらー! 分かり切ってるの! 自殺行為だってば!

 どうして分からないの? バカなの? 死ぬの?


 いい加減に理解して頂戴よ!


「閣下、仮にもしその作戦を実行に移せば、

 大勢の兵士たちが命を落とすでしょう。

 オークも、ゴブリンも、獣人たちも、

 それぞれに帰る家があって、

 守るべき家族がいるのです。

 兵士は消耗品でも単なる資源でもありません。

 命を持った尊い存在なのです。

 たみをおざなりにして、なにが国ですか」


 俺がそう言うと魔王は黙った。




「ドンっ‼ 黙れっ‼」




 誰かが机を叩き、大声で叫ぶ。


「さっきから聞いていれば偉そうに⁉

 その口の利き方はなんだ!

 魔王様に意見するなど百年早い!」


 声の主はクロコド。


 彼は血走った目で俺をにらみつけるが、そんなことでビビるわけがない。

 しかし、ここはいったん引いておこう。


「申し訳ありませんでした。

 差し出がましいようですが、

 どうしてもと上奏じょうそうさせていただいた次第です」

「こんな奴の意見を聞く必要はありません!

 魔王様の作戦を採用するべきです!

 きっと人間たちも腰を抜かすでしょう!」


 バカなことを言うな。こんな無茶が通ってたまるか。


「うーん……」


 腕を組んで考え込む魔王。俺の説得が効いたのか、悩んでいる様子。


「魔王様、この骨は勝手に予算を使い、

 胡散臭い本を集めて図書館を作るだの、

 耕作面積を増やすために灌漑かんがい設備を整えるだの、

 勝手なことばかりやっています!

 この骨の言う通りにしていたら、

 いつか人間に攻め滅ぼされてしまいますっ!」


 断言するクロコド。言ってて悲しくならんのかな、この人。


 内政をおざなりにして国が栄えるはずがない。戦争よりも民衆が安心して暮らせる環境が必要だ。彼とは死んでも意見が合うまい。


「うーん……」

「閣下!」

「魔王様!」


 俺とクロコドに迫られ、押し黙る魔王。その後も不毛な言い争いが続いた。

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