第6話 転生者

「転生者?」

「うん、別の世界から来たの。

 と言っても魂だけだけど」


 ミィはそっと視線を落とす。


「まぁ、信じてはくれないだろうけど」

「いや、信じるよ。俺も転生者だからね」

「……え?」


 信じられないと言うような表情を浮かべるミィ。俺は自分の素性について話すことにした。


「俺の名前はユージ。

 どこにでもいる普通のおっさんで……」

「え? おっさん⁉」


 彼女は急に慌てて両手を胸の前でクロスし、乳房を覆い隠す。


「え? 急にどうしたの?」

「やっ……男の人だって分かってたんだけど……。

 おっさんだって知ったら、なんか嫌になって」


 まぁ、嫌だよな。たとえ骨になったとしても、おっさんはおっさんだ。


「とりあえず服を着なよ。

 いくつか用意したから好きなものを選んでくれ」


 俺は下着や肌着を彼女の目の前に置く。


「ええっ、そんなに沢山? いいの?」

「どのサイズが合うか分からなかったからな。

 食べ物はここに置いておく。

 トイレの件は早めになんとかするから、

 今はその鍋で我慢してくれ。

 これから仕事があるからもう行くよ」

「ねぇ、後でちょっとお話ししない?

 あなたのこと、もっとよく知りたい」

「ああ、俺もだ」


 お話しするのは構わないのだが、ゆっくり話ができるかどうか微妙なところだ。


 なにせ今は人間界侵攻計画の真っただ中。

 調整すべき案件が山ほどある。


「もう時間だから俺はこれで。

 間違っても部屋から出ちゃダメだよ」

「誰か尋ねて来たら?」

「安心しろ、ここへは誰も来ない。

 そう言う場所を選んだんだ」

「どうして?」


 うーん。

 正直に答えて良いものだろうか。


「俺にはヒミツがあってな。

 人にばれたら困ることがあるんだ」

「ヒミツ?」

「ああ、実は……」


 俺は正直に話すことにした。


 小説を書いていると教えるのは気恥ずかしい。しかし、同じ部屋に寝泊まりするわけだし、秘密にしていても、やがてはばれてしまう。

 それなら早い方が良い。


「小説? 読んでみたい!」

「ええっ……」

「ダメかな? 待ってるだけって退屈だし」

「うん……まぁ……構わないが」

「やった!」


 嬉しそうにほほ笑むミィ。そんなことよりも早く服を着てくれ。


「ここに書きためておいたものが何冊かある。

 適当に読んで暇をつぶしてくれ。

 あまり面白いものだとは思えないが……」

「ありがとう。どれから読めばいいの?」

「適当に書いたから時系列はごちゃごちゃだよ。

 どれから読み始めても問題ない」

「分かった」


 書きためておいた小説を机の上に置き、俺は部屋を後にする。


 ミィは素直そうだったし、言いつけを守って部屋からは出ないはず。というか、そうであってくれ。

 俺は一抹の不安を抱えながら仕事へと向かう。


 最初の予定は会議。他の幹部連中と今後のことを話しあうのだが、進捗状況を報告するくらいで、特に実のある話をするわけじゃない。


 幹部は総じて使えないバカばかり。プライドだけ高くてなんの役にも立たない。できるだけ反感を買わないようにしつつ、円滑に計画を進めるのが俺の仕事。


 魔王は説明すればすんなり納得するので、状況は大分ましである。これで傲慢な性格だったら終わっていた。素直なところが唯一の取り得かもしれない。


 魔王だけあって戦闘能力は高いらしい。実際に戦ったところを見たことはないので、本当のところはよく分からないが。


 あれこれと考えている内に会議室までたどり着く。

 扉の前で両ほほを手でパンパンと叩き気合注入。


 さぁ、いざ行かん。俺は勢いよく扉を開いた。


「……遅かったな」


 議長席に座っている魔王が言った。

 瞳の奥から言い知れぬ圧力を感じる。


 見た目だけは貫禄があるんだよな、この人。頭の中がすっからかんなので、話していると直ぐにぼろが出てしまう。黙っていれば実に魔王っぽい。


「申し訳ありません。仕事が込み合っていたもので」


 俺は適当に嘘をついて端の席に付く。


 他の幹部も集まっているが、空席が目立つ。彼らが無断で欠席するのはいつものことだ。むしろ毎回欠かさず参加している奴の方が珍しい。


「はっ! 忙しいだと⁉

 どこかで油を売っていただけだろう!

 スケルトンの分際で偉そうに!」


 幹部の一人が俺に向かって文句を言う。


 ワニの獣人である彼の名はクロコド。幹部の中でも指折りの実力者。会議のたびに突っかかってくる。獣人至上主義のレイシスト。


 魔族にも色々な種族がいるが、種族によって立ち位置が変わる。


 7人いる魔王の種族はバラバラ。わが国の魔王は獣人なので、自然と獣人の権力も増す。

 この国ではアンデッドは冷遇され、あまり高い地位に就くことはない。スケルトンの俺が幹部になれたのは、異例中の異例と言ってもいい。


 アンデッドが魔王を務める領地もあるのだが、そこへ行って暮らす気にはなれなかった。俺自身がアンデッドになった今でも、死体と仲良くするのには抵抗がある。


「偉そうにしたつもりは無いのですが……。

 ご気分を害されたのなら謝罪します。

 申し訳ありませんでした」

「……ふんっ!」


 鼻を鳴らしてふんぞり返るクロコド。


 このやり取りはいつものことだ。彼はことあるごとに因縁をつけてくる。俺はその都度、丁寧に謝罪。

 これは一種のマウンティングであり、それぞれの立場を他の幹部に分からせるためだ。


 一介の下級アンデッドに過ぎないこの俺が、破竹の勢いで出世したことに危機感を覚え、立場が逆転するのを恐れているのだろう。


 獣人優位の社会を作ろうとしている彼にとって、俺のような存在は目の上のたんこぶ。素直に頭を下げれば波風もたたない。

 これで良いのだ。


「それでは報告に移らせて頂きたいと思います。

 先ずは兵士の訓練ですが……」


 俺は淡々と報告をする。


 侵攻計画の進捗状況を事細かに伝え、質問があれば分かりやすく答える。と言ってもほとんどの幹部は寝ているか、関係ない話をひそひそとしているだけ。半分も話を聞いていない。


「……以上です。

 何か質問はございますか?」


 俺が幹部たちに問いかけると意外な人物が口を開いた。


「あっ、個人的に色々考えたんだけど良いかなぁ?」


 手を挙げたのは魔王だった。

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