第5話 必要物品の確保

「人間臭い? 匂うかな?」


 俺は自分の身体の匂いを嗅ぐふりをして誤魔化す。


「ああ、確かに人間の匂いがする。

 奴らの匂いは独特なんだ」

「気のせいじゃないか?

 人間なんてどこにもいなかったぞ」


 そうとぼける俺を、ノインは目を細めて見つめる。

 まずいな……バレたか?


「まぁ、いいさ。俺の気のせいかもしれないし」

「うん、気のせいだよ」


 そう言った後でしまったと後悔。人間の奴隷を見繕っていたとか、テキトーに言い訳をすればよかった。そっちの方がずっと自然だ。


 ノインの鼻は確かだ。あの少女の匂いをかぎ取ったのだろう。

 余計な不信感を与えてしまった。


「じゃぁ、俺はこれで……」

「あっ、待て」

「え? 何か?」


 びくりと無いはずの心臓が鳴る。


「これ、持っていけよ」


 そう言って彼はスポンジを渡してくれた。

 匂いを嗅ぐと独特な植物の匂いがする。


「これは?」

「マチの実から作ったスポンジだよ。

 それで身体を洗うと匂いが取れる」

「あっ、ありがとう」


 俺は軽く礼をしてスポンジを受け取り、足早にその場を立ち去った。


 ノインは本当にいい奴だ。人間の匂いがしても疑ったりせず、気を使ってスポンジまでくれるなんて……。

 でも、待てよ? もしかして本当は気づいていたんじゃないのか? その上で彼はスポンジをくれたのだろうか? だとしたら頭が上がらないな。


 鍋を手に入れた俺は速攻で部屋へと戻る。これで間に合う……はずだった。


「ふぇぇ……ごめんなしゃい」


 半泣きで謝る彼女。床には水たまりができていた。


「こちらこそすまん、間に合わなかった」


 俺は鍋を置き、ぼろ布で床を掃除。なんとも惨めな気分になった。

 彼女はもっと惨めだろう。さっきから部屋の隅で小さくなっている。


 これからやるべきことを考えると頭が痛くなる。


 服が必要になるだろうし、休むためのベッドも必要だ。それに、なによりも食べ物。彼女を養うためには定期的に仕入れる必要がある。

 どれもアンデッドである俺にはいらないものばかり。集めるのには苦労しそうだ。


 とりあえず俺は計画を立てることにした。


 集めるべきものをリストアップして、優先順位をつける。手に入れるための方法を思案。箇条書きにしていく。実現可能な物を順番に選んでいき、行動計画表としてまとめる。

 これで当面の目標は決まった。


「とりあえず、これを着てくれ」


 俺は部屋の隅で小さくなっている彼女の肩に、予備のローブをかける。


「ありがとう。助かる」

「お腹は減ってる?」

「……少し」

「すぐに食事を用意するから待ってて。

 優先的に用意して欲しいものはある?」

「……トイレ」


 そりゃそうだ。人の前で用を足すなんて嫌だろう。


 トイレを作るのには時間がかかる。しばらくは鍋を使ってもらう他あるまい。


「ごめんね、すぐには用意できない。

 当面はこの鍋を使ってくれ」

「ううぅ……でも、仕方ないよね」


 これで用を足すのは抵抗があるだろうが、しばらくは我慢してもらうしかない。彼女に快便ライフが訪れるのはまだ先だ。


 それからすぐに行動開始。


 夜が明けるまでに、まだ時間がある。食料などは後で買うことにして、今できることをやろう。


 まず用意しなければならないのは寝床。流石にベッドを用意するのは無理。後でちゃんとした物を作るとして、なんでもいいから敷く物を作るべきだ。床に直接寝ると体が冷えるからな。


 たしか物置小屋を解体した廃材があったはず。工具は城内の雑用を担う部門に行けば手に入る。


 工具と廃材を手に入れたら作業に取り掛かる。DIYはそれほど得意ではなかったものの、一晩かけてスノコ的なものが完成。

 ちょうど夜が明けて店が開く時間になった。


 早速、買い物に出かけよう。ただしあまり時間はかけられない。午前中に会議の予定が入っているので、それまでに用事を済ませておく必要がある。


 とりあえずは食料の確保。これはそう難しい問題ではない。


 城下町には市場があり、食料もたくさん流通している。人間が食べられそうなものをいくつか見繕い、適当に買いあさって持って帰るだけ。とりあえず果物と屑パンを仕入れることにした。


 食料の次は服。特に下着の確保は急務である。

 女性用の下着は普通に売っている。しかし、そのほとんどがオーク用。


 オークはふくよかな女性が魅力的とされているので、下着のサイズが人間用より一回り大きい。


 小さめのサイズの物をいくつか選んで買う。幼児用が丁度いい大きさだった。


 下着の次は肌着。それとスカートなんかも必要だ。寒いだろうから上着と毛布も。気づいたら大荷物になってしまった。


 そろそろ会議の時間だ。急いで部屋に帰ろう。


 自室の前まで来たら、大急ぎで物品を運び入れ扉を閉める。


「よかった、戻って来てくれたんだね」


 少女は安どの表情を浮かべる。一人で不安だったのだろう。


「ああ、でも直ぐに行かなくちゃならない。

 しばらくは一人で過ごしてくれ」

「うん……忙しいんだね」

「ああ、こう見えても幹部だからな」

「……へぇ」


 彼女は不思議そうに俺を見つめる。


「どうして幹部のあなたが私を助けてくれるの?」

「それは俺が元は人間だったから……。

 君みたいな子を放っておけないんだ。

 そう言えば、まだ名前を聞いてなかったよね?」

「私の名前はミィ。ミィ・ベーテ。よろしくね」


 ミィは握手を求める。


 まるでペットのような名前だなと思いつつ、俺は握手に応じた。


「冷たい。本当に骨なんだね」


 不思議そうに俺の手を眺めるミィ。俺の身体を見て、その感想はないだろう。


「死ぬ前はちゃんと血が通ってたんだけどね」

「ふぅん……実は、私も一度死んでるんだよ」

「へぇ、そんな風には見えないけど?」


 冗談かと思った。しかし、冗談ではなかった。


「私、転生者なんだよね」

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