第4話 部屋の前に落ちていたもの
その出会いの瞬間は唐突に訪れる。
一仕事終えた俺は城内をウロウロと徘徊。アンデッドなので眠くならず、休息も必要ない。おまけに腹も減らないので食事も不要。
楽しみと言えば小説を書いて鬱憤を晴らすくらい。好き放題書いてスッキリすると筆が止まり、続きが書けなくなると、やることがなくなってしまう。そんな時は適当に歩き回って暇をつぶすことにしている。
ただ城内を歩き回るだけなのだが、良い気晴らしにはなる。部下たちの様子を観察できるので一石二鳥。城内の散策は俺にとっての日課になっていた。
その日も、ある程度ウロウロして時間を潰した。皆の仕事ぶりを見てよく働いていると感心し、満足して部屋へ戻ってきたまではいい……。
見慣れない物が一つ。部屋の前に落ちている。
既に日も落ちて暗くなっており、それが何かよく分からない。大きな塊が無造作に置かれている。
黒くて長い髪。か細い華奢な身体。そして……たわわなおっぱい。
何一つ身に着けておらず、真っ白な肌を
それが人間の少女であると理解するのに、
「ハァ……ハァ……なにやってんだよ、俺は」
気づいたら俺は少女を部屋の中へ引きずり込み、扉に鍵をかけていた。
混乱しながらも彼女の姿をなめるように観察。見れば見るほど心が
特に目を引いたのは黒くて長い髪。月明かりを受けてつややかに輝く彼女の髪は、何よりも美しく感じた。思わず顔を埋めてくんくん匂いを嗅いでしまう。
俺に鼻はないが、匂いを感じることはできる。
良い匂いだった。
それから骨の指を髪に通したり、腕に巻きつけたりして遊んでいたが、しばらくして我に返る。
これを隠していたらまずい。バレたら
本来であれば、さっさと衛兵を呼んで引き渡すべきだ。しかし、なぜかそうする気になれない。
「う……ううん……」
少女が目を覚ます。彼女は身体を起こすと、キョロキョロと辺りを見渡した。
そして……。
「ここは……どこ? アナタは……だれ?」
その質問に即答するのはためらわれた。ここは魔王の住む城で私はアンデッドです。なんて答えたらきっとびっくりするだろう。
先ずは彼女を落ち着かせなければならない。
「大丈夫。大丈夫だから、安心して」
「えっと……骨?」
獣をなだめるよう両手を動かす俺を前に、彼女はキョトンと首をかしげる。
「ええっと……そうだね。骨だよ。
俺はアンデッドなんだ」
「ふぅん……」
俺の正体にさして興味が無かったのか、彼女は大した反応は示さない。
とりあえずパニックにはならなそう。
比較的穏やかに受け答えができている。
しかしこの子、まったく恥ずかしがらないな。胸を片手で隠しているだけだ。俺が骨だから異性だと分からないのだろう。
「君はどこから来たのかな? 名前は?」
今度は俺が質問する番だ。俺の問いに彼女は……。
「私は……」
彼女はそっと目を逸らす。
何か隠し事をしているのだろうか。それとも単に気まずいだけか。
しばらく沈黙したあとで、彼女はこんなことを言う。
「私は……勇者なんだ」
その答えは流石に予想外だった。脱走した奴隷かと……。
「え? 勇者?」
「うん、魔王を倒すためにここへ来たの。
でもどうしてここにいるのか覚えてない」
「記憶が無いの?」
「ええっと……」
詳しい話を聞いてみると、彼女は直近の記憶を失っているようだった。
しかしながら、明確な目的をもっていたようで、彼女は魔族と戦い、魔王を倒そうとしている。自身が勇者であるとハッキリ認識しているわけだ。
「つまり君と俺は敵同士……になるわけだね」
「うん、そうなるね。
だけど、どうして私を殺さないの?」
「ええっと……それは……」
答えに困った俺だが、ここは正直に話すことにする。
「君があまりにかわいいから……」
「ええっ? 私が?」
キョトンとする少女。自分で自分をかわいいと思うタイプではないらしい。
「だから……殺すなんてとんでもないよ」
「私が勇者なのに?」
「うん……」
「そっか」
彼女はゆっくりと立ち上がって扉の方へ歩いて行く。
「え? どこへ?」
「魔王を倒しに行くんだよ」
「え? 一人で⁉ 武器もないのに⁉」
武器どころか何も身に着けていない彼女は、
その身一つで戦いを挑むつもりらしい。
「待て、待て! 待って!
絶対に勝てないよ!
この国の魔王は馬鹿だけど強いことで有名なんだ!
7大魔王の中で最強かもしれない!」
「望むところだよ!」
「だから待ってぇ!」
俺は必死で説得。
全裸で戦いに行こうとする彼女をいさめ、思いとどまらせることに成功した。
「ハァ……ハァ……分かったよ。
しばらくは大人しくしてる」
納得してくれた彼女は床に体育座りして、両手で膝を抱えた。
「あの……床が冷たいんだけど……。
良かったら敷く物を貸してくれないかな?」
「ああ、うん」
そう言われて気づいた。俺に部屋には何もない。
眠らないのでベッドがない。食事もしないので食器もない。服はぼろ布でできたローブくらい。下着や肌着の
唯一あるのは仕事机と椅子、あとは本棚。
「とりあえず、この椅子を使ってよ」
「あのね、それとね……」
「何か?」
「トイレに……行きたいな」
参ったな。トイレなんてこの部屋どころか、魔王城にも数えられるくらいしかない。おまけに男女で別々にもなってないので、男の兵士と鉢合わせる可能性大だ。
どうしたものか……。
「分かった! ちょっとだけ待っていてくれ!」
「え? あっ、ちょっと……」
俺は部屋を飛び出して、彼女を養うのに必要な物を集めることにした。
先ず向かったのは食堂へ向だ。ここには顔見知りのオークが一人いる。
「へぇ? 大きな鍋?」
エプロンをしたオークが首をかしげる。
彼の背丈は二メートル以上あり、現在の俺の身体よりもずっと大きい。鋭い牙は白くて滑らかな質感。黄ばみがないのは彼が手入れを欠かさないからだ。
「ああ、頼む。
使わなくなったボロボロのでいいんだ。
穴さえ開いていなければなんでもいい」
「あるにはあるが……なんで急に?」
「とにかく必要なんだ!」
「まぁ、いいけどさ」
オークは棚を漁り、ボロボロに錆びた小さな鍋を一つ持ってきてくれた。
彼の名前はノイン。俺が雑用をしていた時代からの仲。頭の良い奴で話も面白い。地位は俺の方が上になったが、彼とは今もタメ語で話している。
「恩に着る! この埋め合わせは必ず!」
「別にお礼なんて良いよ。
俺とお前の仲じゃないか」
そう言ってニコリと笑うノイン。コイツ、根っからの善人で本当に良い奴。彼とはずっと仲のいい友達でいたい。
「なぁ……ひとつだけ聞いて良いか?
なんでお前、人間臭いんだ?」
ノインが言った。
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