中学三年生の日々 2∼3

「まあまあまあ。そんなに腹立てることやないやろ」

「怒ってない!」

「それが怒っとるいうんやで」

傍からみれば漫才でもしているかのようなレディとの下校。

 朋ちゃんが言った穴の正体は、教室の壁の掲示物を飾っている丸く切られた黒い紙が剥がれて落ちていたものだった。

つまり私は、ほんの紙一枚の段差につまづいたことになる。

ただの紙を穴に言い換えた朋ちゃんのユーモア溢れる不思議ジョークは大いにうけた。

私はただただ恥ずかしかった。

恥ずかしさを誤魔化そうとして腹を立てている自覚くらいは持ち合わせている。

「結果的に朋が輪を広げてくれたんやし」

レディの言う通り、朋ちゃんを介して私もクラスの皆とお喋りするきっかけになった。

 新鮮だった。

男の子とお話すること。レディと朋ちゃん以外の女の子とお話すること。

 同じ教室にいて遠くに存在しているように感じていたのは私の勝手だったんだ。

朋ちゃんの不可思議トーク。突っ込む私。

朋ちゃんて喋ったことなかったけどいつもこうなの?との質問への応答。

凄かったというのは、居眠りしていた私が「ミー!花子!」と、繰り返しはっきり寝言を言っていたらしい。

「他の子もペット飼ってたりしてるんだね」

「まあなぁ。うちは団地やから飼えへんけど、駐輪場を根城にしとるふてぶてしい野良猫がみんなのペットやな」

あぁ、あの茶トラ猫か。もう随分と懐かしく感じる。

「おい!」

まだクラスの子たちとお喋りした嬉しさで足がふわふわ浮いている感覚で歩いている。

 そして、叔父さんが経営しているレンタルビデオショップの「鬼童丸きどうまる」に到着した。

 正面の硝子が内側から貼られたビデオ作品のポスターで埋め尽くされて店内が見えない。

もう外見からお祭り騒ぎなのだ。

「お邪魔するでー」

張りのあるレディの声も縦横無尽に店内を響き渡るプロモーション映像たちの音に掻き消えて、辛うじて傍に立っている私の耳に届く程度なのだ。

「なーんだ。客かと思えば姪っ子ちゃんか。出てきて損したわ」

首元の襟がヨレヨレになったシワだらけのTシャツにジーパンと黒のサンダルを履いた目付きの鋭いお姉さんが出てきた。

 いや、名前はMotoという。

Motoはあくまでもペンネームであり、本名は知らない。教えてくれないから。

耳にじゃらじゃら付けたシルバーのピアスが薄暗い店内でキラリと光る。

 古本屋さんの埃臭さにはインクの匂いが混じっているが、ここは煙草と劣化したプラスチックが放つケミカルなのっぺりとしたものが合わさっている。

ジャケットが表になっているのがオススメで、後は背表紙が並んでいる。

「店長なら奥で作業してるわ」

おもむろにポケットに手を突っ込んで煙草をふかし始めた。

「高校生なのにまた吸ってるし」

「あんなの辞めてやったわ」

どうして!?って叫びそうになる私を蝿でも払う手振りとしかめた横っ面で制する。

「作家は学歴とか関係ないんだわ」

作家だろうがと言いかけた所を記憶が遮った。

「あぁーっ!思い出したぁ!Motoさんのせいだー!」

は?という顔面に向かって私は続ける。

 特設のサメ映画を物色していたレディが驚いた顔でケースを落とした。

「そうだ!この前来たときに!Motoさんが話してた!なんていうか……こう…同性の方々というか…。そのせいでヒノコムでも見ちゃったんだ!」

あたふた身振り手振りを交えて話すと、仏頂面のMotoさんの顔がみるみる軟化した。

「へー。ヒノコムでねえ…」

ニヤニヤの擬音が顔面に溢れてる。

「そう!こう、タッチパネルで操作されているように性格で無機質な男の子が」

「タッチパネルは比喩として不適切。姪っ子ちゃんまだまだなんだわ」

創作の指導をされた。いや、それはどうでもいいから。

「ヒノコムやってんだわ」

意外だ。叔父さん以外の人との関わりに疎そうなのに。

「別に友達が欲しくてやってないんだわ。作家は何事も経験。オカルトマニアとしてヒノコムの噂に興味あるんだわ」

ヒノコムにオカルト?

夢の世界にオカルトとな?

夢とオカルトの相性はよさそうだけど?

「いいよいいよ表情。人は興味のある事をぶら下げられるとそんな顔になると」

メモ書きする手振りニヤニヤと。倒置法。

「姪っ子ちゃんもオカルトとか好きそうなのに知らないんだ。よく借りていくのにな」

オカルトというよりホラーは好きではある。

じわじわくるジャパニーズホラーが特に。

「噂ってどんなのですか?」

Motoさんの目が更に鋭く、横顔をみているだけでも底冷えする。

文字通り視線に射貫かれたら身体に穴が空いてしまいそうな。

「ヒノコムには死者も存在している」

Motoさんの代わりに答えたのは酒やけのガラガラ声をした銀縁眼鏡で派手な和柄シャツの鬼童丸叔父さんだった。ツンツン立ってる白髪交じりの短髪とあって、全く知らない人だったら、多分、私は避けて通る。

Motoさんと同様で本名ではない。

叔父さんがそうやって呼んでほしいと言うので。

「美味しいとこ持ってかないでよ」

心底つまらなそうだ。

「何故ならヒノコムは催眠の世界ではなく、欲望の世界だから。って散々聞かされた仕返しやー」

二人仲良く煙草吸い始めたよ。

叔父さん、止める立場でしょ。

「それじゃあMotoさん!双子のこと何か知らない!?」

耳たぶを弄りながら「管理人とかいう白黒チャイナの双子?神出鬼没ってくらいなだけだわ」との返答。

「おっ!レディちゃんも久しぶりに来てるんか!」

叔父さんの顔が輝く。

久しぶりはまずいでしょ。ずっとビデオ借りっぱなしなんだから。

「繰り返し観てたら返しに来るの忘れてもうた!」

あっはっはっ!と肩を組んで笑い出してるし。

底抜けに明るい二人だから波長が合うんだろうな。

「おっ!次ならオススメがあるぞ!丁度ティーザー流れてるやつ!」

叔父さんが指差すレジの壁には一際大きいモニターが設置されている。

「はーい!みんなー!魔法少女さしみだよー!」

赤髪縦ロールで灰色の目をしたアニメキャラクターが笑顔で手を振っている。

フリルが一杯でまさに魔法少女らしい。

「さしみの活躍をみーんなに知って欲しくて、こうやってみーんなに語りかけてるんだよー!」

とても可愛らしい。だがしかし。

「見ないとほらー!こーしちゃうんだからー!」

魔法少女さしみの背後が真っ赤なモザイクの理由がなんとなく解った。

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