今村家
思い返せばあれは虫の知らせだったのか。
あまりの胸の痛みで目が覚めた。
クーラーを効かせていたから熱帯夜によるものでなく。
急激に肺から空気が抜けていく息苦しさでの目覚めだった。
キッチンでコップ一杯の水を飲む。
居間の電話が鳴った。
こんな夜更けに。悪戯電話にしてはしつこく鳴り続けている。
「……はい。うちは今村ですが…。は?警察!?うちの娘が!?」
その後の事は断片的に憶えている。
騒ぎに気が付いて起きた夫。
仏間の父と母と花子の遺影に手を合わせて京香の無事をした拝み倒した。
そして、あの子のアパートから大切にしていた人形を持ち出していた。
病院の道すがらに建つアパートだったのは幸いと言っていいのか?
「この子達も京香のところに!」と半狂乱になっていたという。
必要最低限の物と数冊の本の部屋におかれた人形達。
それだけ大切だというのか。
人形達を持って帰ると騒いだのが京香の起こした数えられる程の反抗だった。
あの日、夫の運転で娘三人と海へ行った。
これから暑くなる初夏の日。
海開き前の砂浜には漂流物が打ち上げられていた。
子供三人、好き勝手に遊んでいた。
潮溜まりのヤドカリを眺める春香、打ち寄せる波に興奮する馨。
京香は漂流物を漁っていた。ばっちいから止めなさいと言っても聞かずに。
「あー!お人形さんだぁ!」
光り輝く宝物でも見つけたように京香は嬉しそうな声をあげた。
半ば砂に埋もれている人形を掘り出した。二体も。
丸関節の本格的な着せ替え人形。
「そんな汚いの置いていきなさい!左の目玉が取れかかっているし、そっちは右手がもげかけてるじゃない!」
「いーの!わたしがなおしてあげるの!」
「服も着て無いし!」
「ばあばにつくってもらう!ぜったいかわいいのにする!」
「いいから置いていきなさい!」
「いやーーーっだ!」
泣きながら手当たり次第そこら辺に落ちている漂流物を投げつけてきた。
人形達は絶対に離さまいと片腕で抱きかかえたまま。
砂が顔に当たった時は流石にまずいって顔に出ていた。
「止めないか京香!」
夫に怒鳴られて京香は火がついたように泣いた。
「お人形さんかわいそうだもん!ぜったいもってかえるー!」と、いくら
捨てられていた子猫のミーを拾った時と同じ景色だった。
結局、人形は持って帰る事になった。
泣きつかれた京香は帰りの車内で人形を抱きながらぐっすり眠っていた。
とても幸せそうな寝顔だった。
人工呼吸器に繋がれた京香は無表情。
思い返すとこの子が笑ったのを最後に見たのはいつだったか。
思い出せない、気付けなかった自分に涙が溢れてくる。
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