中学三年生の日々 2

頬を擦る柔らかな毛並みの感覚。

花子とは少しだけ違う。

「ミー…?」

口を衝いて出たのは、花子が家に来る少し前に死んでしまった猫の名前。

 私なんかに過ぎた幸せを与えてくれた猫。

だから早死してしまったんだ。

私なんかを幸せにしてくれたから。

つまり、私のせいで。

 目を瞑れば曖昧になりゆく夢の淵に漕ぎ着けそうになる不明瞭な頭の中。

幻覚かな?でも、嬉しい。

捨てられてミーミー鳴いていたから名前をミーにしたんだ。

 ベットの上から開かれた部屋の扉を抜ける猫が目に入った。

「ミー!」

灰色の毛並にくっきりと縁取ったように黒の縦筋が入ったアメリカンショートヘアー。

呼んだところで振り向きもしないのは、猫は気まぐれの典型。

「ミーでしょ!?」

蹴り上げた掛け布団が足に絡まって転んだ。

布団がある程度のクッションになったものの、床に打ちつけた頭は痛む。

 分かってはいたけど、廊下は朝日を反射させているだけで、あとは空っぽ。

「ちょっと!何があったの!?」

物音で母さんが駆けつけてくれるまで、動けないままでいた。


「あんた、またイヤホンしながら寝てたでしょ?寝不足で変な夢でも見たのよ」

朝食の席で確かにミーがいたと力説しても、皆してどこ吹く風。

「テストが近いんだろ?遊んでる場合か?」

お父さんの痛恨の一撃を喰らったので、ミーの話はここまでにしよう。

 でも、確かにいたんだよ。

と、お姉ちゃんたちに視線を送っても気づいてもらえなかった。


「ミーってあれやろ?京香んちの水槽の金魚を狙っとった猫やろ?」

「他に思い出せるのないの?」

「そー言われてもなぁ。あいつ、気まぐれやったし、全くなついとおへんかったからなぁ」

二人して廊下に並んで空を眺めているのに。

「ねぇ、レディはレディだよね?」

確かめずにはいられない。

「なんや?当たり前やろ」

だって、だって。

「だって、だって……」

だって、なにか変だよ。

服の前と後ろが逆なのに、気づいているのに納得して気付かずに着ているみたいに。

「仲良きことは美しきかな」

「お二方の仲睦まじい姿。邪な思いを抱きました」

神谷さんが立っていた。

背筋を自然と正してしまう圧が、目の笑ってない笑顔から滲んでいる。

「なんやお前さん?」

「ちょっと、レディ!喧嘩はしちゃ駄目だよ!」

名前と顔が一致しない同級生たちが通り過ぎていく。

思い出そうとしても、顔面に黒いもやが掛かっている。

……?どうして?どうしてなの?

「これを見れば分かるかしら?」

うやうやしく左目に掛かった前髪を上げていく。

容姿と所作を含めて余りにも美しいので、思わず見惚れてしまった。

左目を見てはいけないという思いは吹き飛んでいた。

 神谷さんの左目は、光が目の奥まで届くのと、内部の乱反射で輝いていた。

「綺麗でしょ?お母さんが大金をはたいて拵えてくれた硝子玉なの」

隣のレディがつばを飲む音が聞こえた。









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