ヒノコムの世界 3ー3
商店街の歩道に連なった夜店の赤提灯がひとりでに宙に浮いている。
焼けた鉄板から立ち昇る煙。呼び込みと喧騒。
車道には向かいの歩道を跨ぐ大きさや、子供が這ってやっと通れる小さな鳥居が乱立して、利用者達が眺めたり、無礼にも笠木に腰掛ける者もいたり。
「お待ちどう!」
「待たせた分だけまけてくれや!」
「ほな、お嬢ちゃん
「ありがとな!ほな、お祝儀つけて五百円!」
「お嬢ちゃん、粋だねぇ!」
ひょっとこのお面を被った店員とレディのやり取りを、違う店でも京香は見てきた。
普通に買えばいいのに。酉の市の熊手じゃないんだから。
と、言いかけて引っ込める。
京香は他も見ようとレディの袖を引っ張っていた。
大人の女性が中学生に縋る。なんとも奇妙で情けない光景。
「まあまあ待ってや。こんな時くらいしかバカ喰いできへんし」
レディの言い分の殆どは、向かい側の通りを歩く黒牟田の姿を見かけた京香に届かなかった。
縁日なのだ。利用者たちの大小様々な体長と凹凸が噛み合って、視界を遮り誰もが意図せず行く手を阻む壁となり、追いかける京香の邪魔をする。
黒牟田と会うのが怖いのもあってログインしていなかったのだが。
矛盾する行動に戸惑いながらも走る。
「どいて下さい!」
京香は雑談を楽しむ一団を押し分け掻き分け突き進む。
やっと通りを見渡せる場所に出た。
蜘蛛の巣のように張り巡らされた商店の間の隙間。
祭りに合わせて営業を続けている飲食店。
姿を
そもそも、好きな外見を構築できるヒノコムの世界において、外見は一緒でも中身が一緒とは限らない。
肩で息を切る京香。
限界を越えた疾走。ふと、人生を振り返った時にきっとあれが初めてのことだったと記憶が引っ掛かる。
アスファルトに横たわりたがる体を自制して京香の足は
とん。と、黒い背広を羽織った二足歩行の虎の肩にぶつかった。
「なんじゃお前はぁ!」
見た目に則った空気を震わす咆哮。
京香はそこまで怒られる事かとたじろぎ、喉に蓋がされたかのように息苦しくなった。
「謝らんかいはよぉ!」
そうだ、先ずは謝らないと。分かっていても蓋の隙間から漏れる空気では言葉が紡げない。
あの人を追いかけたりしなければ。
さて、どうしてここに黒牟田を責める気持ちが浮かんでくるのか。
京香のずれた怒りは、この状況からの逃避か。
「虎の威を借りてる、というより虎の衣を借りてってところか?」
直ぐ近くの屋台から。
量り売りのシーグラスを透かして神秘的なものにする照明。
揺れ動く男性の長く黒い髪が、本当は夏が終わる頃の深い海の色だと露わにする。
ズボンの上に巻きスカートを合わせており、顔立ちと相まって中性的な印象を醸している。
「あ…困ってますよ?とりあえず、この辺で止めたらどうですか?」
そよ風にかき消されてしまいそうな声の主は、正に熊。
怒鳴り散らす獣の虎と違い、人でありながら半袖半ズボン筋肉隆々で、のそりのそりと近付いてくる様は獲物を捉えた熊。
男性が耳に着けたピアスが鈴の音を鳴らす。
熊が熊よけかと冗談と飛ばすと、張り倒されるかもしれない。
虎は明確にたじろいた。
「なんやお前らは!」
もう京香を見ていない。
少女の鼻の前まで頭を下げた長髪の男性の耳の辺りからは爽やかな柑橘系の香りがした。
熊は両肩に手を置いていた。
見上げた少女に大丈夫だと笑ってみせた。
「本当に知りたいの?」
初対面と思われた二人が示し合わせていたかのように手を叩いた。
京香を挟んで立っていたのは、いつもの格好をしたレンとムノ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます