中学三年生 朧橋朋

厚く積み上がる雲に遮られた朝日。もやが暗い影に深みを与える。

半円柱型の自販機でジュースを買う。

ディスプレイに並んでいるダミーはあべこべに文字を並べたラベル。

支払いは釣銭口から溢れ出ている一枚で充分。

74 93 16 9 18 24 15

キリの悪い値段が表示されたボタンを押す。

箱の中でペットボトルが何度もぶつかる音を立てて落ちてくる。

茶色い容器の半分近くは空。

値段以上の釣銭がじゃりじゃりと擦り合わさって吐き出される。

ペットボトルの後を追うように、赤い350ml缶が取り出し口へ落ちてきた。

こっちは一杯に入っているようだ。

叩きつけられる音を出していたのに凹みがない。

結露した表面を手で拭う。

拭っても直ぐに結露してラベルの字が曇る。

どっちの飲料もよく冷えている。

 夢と呼ぶのに相応しい内容。

太い油性ペンで表紙に夢日記と書いたキャンパスノートに認める。

これは素材になりそうだ。


新しいクラスになって一週間以上たった。教室の中では徒党が組まれ始めている。

 一年生の時も二年生の時も見た光景。

理科で習った原子結合ってやつかな?

クラス替えって形で安定していた物質を無理矢理離して、遊離した皆は結合する。

どうやっても結合しない私はアルゴンか。

 はぁっと溜息が出る。

隣の神谷さんも不活性ガスのカテゴリーでいいのかな。

結合はしないけど。共通点があると思うと嬉しい。

広い世界にあって、互いを見失わないように繋がれそうで。

 神谷さんを不活性ガスで例えるなら、ネオンが

いいかな?

勝手な想像で失礼だけど、夜のネオン灯が誘い込むように妖しく点滅する裏道とか似合いそうだから。

視界の端に居てさ、追いかけると笑みを浮かべて姿を消して。

振り向くと真後ろに立っていたり……。 

 ふと、視線を感じてあたりを見渡す。

まさに今、妄想の種にしていた神谷さんがこちらに顔を向けていた。

驚き半分と見透かされたような怖さ半分が心を占めていく。

気を付けないと、神谷さんが心を読む異能力者でまた妄想が始まりそう。

「京香ちゃんだよね……?」

視界の外からの声にまた驚く。

「だよね?」って。

いや、確かに私、レディが絡まなければ影薄いけど。いや、レディの添え物程度かもしれないけど。

もう一週間は経ったんだから名前くらいは覚えて欲しい。

まさか、違うクラスの人かな?

相手は私を知ってるけど、私は知らないとかあるのかな?

 振り向いて真後ろに居たのは朋ゃんだった

「ごめんね!」

首を横に向けたままで抱きつかれてる痛みを疑問符が麻痺させる。

震えが伝わってくる。落涙らくるいが天然パーマで厚みのある頭頂部に染みる。

 ねえ、どうして泣いてるの?朋ちゃんが突然謝る訳が解らないし、私まで悲しくなっちゃうよ。

「どうしたの朋ちゃん?どうして泣いてるの?」

抱きしめられたままの問い掛けに呼応するように一層激しさを増す涙。

 例え周りから好奇の眼差しを浴びようと、騒ぎを聞き付けた他のクラスの子達も加わろうと。

そんなの気にならない。恥ずかしいとも思わない。

泣き続ける朋ちゃんの激情を受け止めているのに、他が立ち入る隙間はない。

 互いに見つめ合って。目のを覗くと、耳の底で波の音がした。

 朋ちゃんの顔からみるみる血の気が失われていく。

泣きすぎて体力を使い果たし、倒れた。

「朋ちゃん!しっかりして!」

肩を揺すっても目を開かない。

触れてる所の熱を感じなくなる。

「ねえ!起きてよ!」

野次馬の間でどよめきが湧く。

見てるんじゃなくて手を貸してと憤りで頭に血が上る。

退けやボケが!邪魔や!」

野次馬を掻き分けて来てくれたレディのお陰で、少し落ち着いて物事を考える頭に戻った。

「おい!突っ立っておらんと先公呼んでこい!あと救急車!死ぬかもしれへん!」

手のひらを口にあてて呼吸を確かめている。

「息はしとるが弱い」

「ねぇ、朋ちゃん本当に死んじゃったりしないよね?」

レディに聞いてもどうしようもないのは分かっているけど、誰かに大丈夫って言って欲しい。

 あぁ、周りの音も景色の輪郭線が曖昧になっていく。端から徐々に暗闇が塗り重なっていくんだ。

体の末端に痛みが走りだす。

誰か助けて。

「死んだりしないわ」

私とレディしか言葉を発していない教室で言葉を発した神谷さんは外を眺めたまま。

「暇なら誰でも呼んでこいや!てか、お前誰や!うちのクラスにおったか!?」

完全な沈黙が降りた。

 野次馬達が互いに顔を見合い、確かに神谷さんが誰か分からないを旨とした言葉を囁く。

 全員の神経が神谷さんの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくとレディを捉えている。

 顔を左から正面にして右に。

一連の動きが錆びついた機械のようにぎこちなく。

一度止まって、ぶるっと震えてからまた動く様をみて、誰もがもう囁きもしない。

「人の不幸を見学とは呆れ果てる」

空気が重く冷たくなりゆくのを皮膚で感じ取れる。

「どけどけ!」

体育の授業を担当する先生の声で野次馬が散っていく。

 日に焼けた竹内先生が朋ちゃんを抱き上げる。

付いてきた保健室の先生が脈を測りながら教室を出ていった。

 一限目の授業に喰い込んだ出来事は、休み時間を潰す話題となり、ひっきりなしに飛び回った。

最前にいた者は輪の中心にあり、戦果を上げた英雄のように扱われ群衆は誇張された話に耳を傾ける。

凱旋パレードの種が私の友達の不幸だろうが彼らには関係ないのだ。

日常に刺激を与えてくれるならなんでも良い。

レディのひと睨みで即時解散となるのだが。

 当事者のすぐ側にいた私の元にも何人か話を聞きにやってきた。

下手したてに出るものではない。押しかけて報道番組のスクープを狙うマスコミだ。

 私はなにを聞かれようと答えなかったし、話す気力もなかった。

二つ前の席にレディが戻って来るのを確認したら、舌打ちをして去っていった。

 急いでいたのだろう。

わざとらしく机から出ていたレディの脚に引っ掛かって、彼女は盛大に転けた。

「今のわざとでしょ!」

金切り声で喚き散らす目の前の人間などは、どこ吹く風と言わんばかりに。

「あー?うちの長い脚が机に収まらへんかったなぁ。文句なら、うちをこんな狭いもんに押し込めとる鏡面頭に言うてやぁ。あぁ、そうや、お天道様は有り難いもんやからひとつで充分や。晴れた日の野外朝礼になるとな、不思議とふたつもあって堪らへんってな」

周囲から漏れ出た笑いがレディの口上こうじょうになのか、見え見えの罠に嵌った彼女に対してだったか。

「頼んでもないのに注目を浴びるんは嫌なもんやろ」

彼女が最後まで聞いていたかは分からない。

一目散に出口へ向かっていった。

 もう一人、質問攻めにあってもおかしくない神谷さんの元には誰も来なかった。

まだ収まりきってない喧騒の中で、静寂を保っていた。

 

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