真北田レディ
店の窓から積乱雲しか見えない午後やった。
コーヒー注いだグラスにありったけの氷。手前の丸テーブルに置いたグラスも汗をかき始めてこうなったら案の定。直に夕立がやってきよった。
日に焼けたビルに道路のアスファルトにぶつかる雨は直ぐに蒸発して、不快指数をこれ以上ないものに引き上げよった。
「ほんま暑いなぁ」
お客さんの相手する売り場と違ごぅて、バックヤードは冷房が効かへん。
服たちが口を利いたら「暑い暑い」の大合唱や。
自分らは人様が涼しく過ごすように生まれてきた
のに理不尽や!って叫ぶん違うか?
恨むなら神様を恨みや。買ってくれはったお客さんに八つ当たりしたらあかんで。
はぁ、服が喋るなぁ。
これはあれや。間違いなく京香のせいや。
京香はしょっちゅう自分が考えた話を聴かせよったからな。
ちょっとした事で話を考える癖がついてもうたんやな。
パンツのポケットのスマートフォンが振動した。
ポケットにコンパクトに収まるサイズになったんはうちらが中学時代に使ってたガラケーからの偉大なる進歩やな。
「なんや京香から連絡くれるんなんて珍しいな。は?うちの声が急に聞きたくなったから?馬鹿言うなや京香。うちの声なら幾らでもタダで聞かせたるで。ん?呑みの誘いかいな。京香にしては輪をかけて珍しいな。ほな、今日は早めに店仕舞にするで19時に待ち合わせや。店なんて心配せんでええで。うちの店やからな!」
京香からの着信を映す画面が暗転した。
なんて事ない日常の一場面やのに妙に引っかかったんは虫の知らせやったんやな。
虫の知らせなんて言葉を知ったのは京香からやったな。
半年振りに見た京香はうちが声を掛けるまで俯いたままやった。
まあ、あれや。京香は自分では信じられへんみたいやけど、中々の別嬪やからな。ナンパされんように自己防衛でもしとったんやろな。
中学時代も密かに狙ってた男子も多かったて教えてやったんに、顔を真っ赤にして「そんなの嘘でしょ!?」って。ほんまの事なんやけどな。
「なぁ京香、そんな迷子センターに預けられた女の子みたいな顔してどうしたん?」
って冗談飛ばしたつもりが京香の暗澹とした顔を見たら笑えんかった。
んで、うちらは居酒屋に行った。
京香は騒がしいのは苦手やけど、話を聞くなら喧騒の中という訳で京香はぼちぼちと語りだした。
ミスしてばっかりで仕事が辛い。自分に価値なんてない。
要約すればそんな話を繰り返す京香をうちは辛くて見てられへんかったんや。
だからうちは誘い出したんや。
「なぁ京香。今日は憎らしいほど快晴で夜空も綺麗や。久しぶりに海でも見に行こうや」
「また二人で海に来ようって約束、守ってくれてありがとね」
京香、嬉しそうやな。うちも嬉しくなるわ。
海岸は打ち上げられて白化した牡蠣の貝殻が所狭しと並んどる。
ぎしっぎしっと踏む度に擦れ合う音がする。
「ねえねえ、私達さ、今、牡蠣の死骸の上を歩いてるんだよ。なんか残酷だね」
どうしたんや、京香。なんで泣きそうな声しとるんや?
「レディとまた海に来れて本当に嬉しかったの。だからね、ごめんねって言いたいの。私、もう死んじゃったから」
「なに寝ぼけたこと言っとんねん!目え醒ましや!」
夏の蒸し暑い海の上を一層強く潮風が通り過ぎる。
泣きながら無理して笑う京香が崩れていく。肉が
あぁ、そうやった。
火葬場の台車に載せられたおかんも、こんな白く脆い骨になったんや。
「アホ言うなや!生きたいって思えや!」
一人ぼっちの海岸で叫んだ声は簡単にかき消えてもうた。
貝殻の間に散らばった骨をうちは泣きながら拾い集めた。
「レディ、貴女も京香を助けたいでしょ?」
「夢の世界で私達のお手伝いを願いたいの」
声に釣られて顔を上げたとき、そこにはレンとムノがおった。
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