朧橋朋
今日から大学は二か月近い夏休み。
部屋で横になりながら、前半にあたる一ヶ月が空白に近いスケジュール帳を眺めていた。
書店のアルバイトは就職活動の為に休みの間はお暇を頂いていた。
その就職活動の日程も後半に偏っている。
前半の飛び飛びで書き込んでいるのは「部室の掃除」や「図書館で借りてる本の返却日」など、空白のままにしておくのは勿体ないので普段は書かない物で埋めておいた。
部室の掃除もいいけど自室の掃除もしよう。
進学校に入ってから随分と教科書が増えた。
本棚に収まりきらないのは不躾だと分かっているが床に積んである。
もう使わないと分かっていても捨てられずに取っといてある。重要な一節に赤線をひいたり付箋を貼り付けたりと思い出が詰まっているから捨てられない。
表紙が埃を被って薄っすら白い。入学前から覚悟はしていたけど勉強に追われる日々だった。
部活と両輪なんてとても無理。ただひたすら黒板と教科書とノートに向き合っていた。
それでも何人か新しい友達が出来た。
教室で勉強しあって、休みの日は図書館の自習室に集まった。
代わりにそれまでの友達との関係は途絶えてしまった。
とん……。と、一冊のアルバムが視界の端で棚から落ちた。
きっちりと詰め込まれた中からどうやって?
見えない誰かが作為的に行ったようで抱いた恐怖は刹那。今、手に取るべき一冊はこれと導かれたんだと。
始まりは入学式で正門の前で撮った写真。身体が弱くて幼稚園には殆ど通っていない。だから写真も殆どない。あっても別のアルバムに収納されているのだろう。
一緒に写る母は桜色の着物を身につけている。髪は後ろで編み込んでいる。私は母の袖を引っ張って離そうとしない。
この写真を撮った時は緊張で顔が引き攣って何度も父が撮り直したんだ。
心にあったのは兎に角、友達が欲しかった。誰でもいいから声を掛けてみようと思っていたんだ。
ページを捲る。初めての下校を玄関先で撮った写真。幾分か緊張が解けている。晩は遠方に住む祖父母とお祝いに持ってきてくれた大きなホールケーキの写真。ケーキも嬉しかったけど、盆正月しか会えない二人に会えて本当に嬉しかった。
写真は切り抜いた当時の景色や心情までありありと鮮明に再生してくれる。
「あっ……」と声が漏れた。
「京香ちゃん……」
家の前で。二人共、ピースする指先がなかほどで折れてる。くっついて蟹の爪のようだ。
私の初めての友達。初めて家に遊びに来た記念に撮ったんだ。
現像したのを見て可笑しいねって笑いあったんだ。
京香ちゃんってお姉さんが二人居るんだっけ。
喧嘩をしたりで嫌になるって話してたけど、私にとってはとても羨ましかった。
犬の散歩の順番、ご飯のおかずを巡って、どのテレビ番組を見るかで喧嘩するなんて一人っ子の私は知らないものばかり。
どのページにも京香ちゃんと写ってる写真が一枚はあるのに。どうして交友が途絶えてしまったのか。
通しで捲り続けると赤茶色が目をひく。
「レディさんだ……」
カメラに向かってお手本のような笑顔とピースサインを掲げている。
今思えばどうして少し苦手だったのか分かる気がする。
嫉妬に囚われていたんだ。
私にとって京香ちゃんが初めてのお友達だったけど、京香ちゃんにはもうレディさんがいたんだ。
少しだけ嫌だったんだ。
「朋ー!レディって子から電話よー!急ぎって言ってるから早く出てあげてー!」
母の呼ぶ声がノスタルジーと細やかな後悔を打ち切った。
狭い平屋なんだから大きな声を出さなくてもいいのに。
「早く出てあげてー!」
やや急かし気味の母から受話器を受け取る。
「朋か!?うちや!レディや!」
成程、母が急かし気味だったのは相手の雰囲気に呑まれたせいだったか。
「お久しぶりです」
さっきまで思い浮かべていた人が受話器の向こうにいる。
何故か
「そんなけったいな挨拶いらへん!あんな!京香が海に飛び込んでな!危ない所は越えたんやが意識がまだ戻らへんのや!」
飛び込んできた情報を脳が理解できる大きさまで咀嚼するのに時間が掛かった。
「おい!大丈夫か!?聞こえとるんか!?」とレディさんが心配するだけの間が空いていた。
「病院はどこ!」
教えられた病院は聞き覚えのある名前だった。
財布とスマートフォンを握りしめて家を飛び出した。
こんな形での再開になるならもっと連絡を取っていればよかった!
思えば、床に物を置くようになったのは中学を卒業してからだ。
京香ちゃんが居なくなった部屋の隙間を無意識に物で埋めていたんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます