ヒノコムの世界 2ー3

天井から吊り下がる電光掲示板の駅名はもしかしたら実在するかも。

後で調べてみよう。本当にあるなら行ってみよう。

駅名を眺めてばかりいても仕方ない。

どうして今そこに気が向くのは人間、困難を前にすると意識をそらす先を探すものだ。

 利用者達の話し声が波となって自然と耳に入ってくる。

本当に皆々様好き勝手な外見をしていると関心した。

 小麦畑で農作業か山で野いちごでも採取しているのがお似合いな自分に地下鉄はミスマッチと思いきや、頭が三つある爬虫類や胴が妙に長い動物やら果には白く光ってる球体などが混在している中ではまともだと考えが変わった。

 さてこの少女、ヒノコムは見ず知らずの人物たまて交流するアプリと頭で理解はしているものの、元来の人見知りが災いし、未だ輪の中に入れずにいた。

人体はウィルスに対して免疫機能が働くように、輪への侵入を試みた途端、こてんぱにされないだろうか?

少女の中で育つ、きっと取り付く島もなく排除されるんだと被害妄想。

 指先を揉みながら。つま先を足の甲ひとつ分出して引っ込めてを繰り返しながら、突破口を探っていた。

「あら美味しそう。ひとつ頂戴な」

言いながらレースを纏った恐竜の貴婦人が籠から出した手に一房の葡萄が掴まれていた。

ギザギザした歯が並ぶ大きな口へ一房丸ごと。

「やっぱり美味しいわ」

礼を述べで輪の中に戻っていった。

打開の機を解りやすく逃した少女は、やっぱり駄目だと、ため息と目の端に涙を薄っすら浮かべた。

「僕にもおくれよ」

後ろ足を使って器用に立ち上がっているトカゲ。

はしごを脇に抱えている。

「あら、あなたってもしかして、トカゲのビルなの?」

大好きな不思議の国のアリスの住民に出会えるなんて夢みたいだと少女はときめいた。ヒノコムの世界は夢の世界だからこの程度の夢を叶えるのは造作ももない。

「あれ?僕を知っているの?もしかして君ってアリス?アリスなの?アリス!アリスに会わせたい人がいるんだよ!ついてきてよ!」

引っ張られた勢いで籠をその場に落とした。

拾おうと振り返るもぐんぐんと離れていく。

ビルは器用に利用者の波間を縫って駆けていく。

速くて両足が浮く。転びそうになって、本当に転んでしまった。

抗議しようと顔を上げてもそこにビルは居ない。

少女が「ミレイさん」と呼び名をつけた男が立っていた。

「何をしているんだお前は」

転んでべそをかく少女に対して、男の表情は余りにも冷たかった。

 景色が俯瞰ふかんに切り替わる。

少女はその寸前まで男を見ていた。

張り付いた表情は、落胆と後悔が混じっていた。

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