ヒノコムの世界 2ー1

吹き抜ける湿り気のない風に草木と土の匂いが混じっていた。

 京香の脳裏には、いつか見た草原で日傘をさす女の絵画が浮かんだ。青空の下に居る歓喜は夕食の憂鬱をさっぱり消し去った。清冽な空気を取り込んで走り回れば足裏から草の柔らかさと冷たさが伝わってきた。

 辺りを見回すと、陽を一身に受けようと枝先をいっぱいに伸ばす広葉樹の陰に二人。

 黒のテーブルクロスは皺が寄らず、同じ長さで垂れ下がっている。

卓上の様子から察するにティータイムのようだ。

真向いには椅子に凭れている男性。肉を食む野獣のような無駄な肉がついていない筋肉質の身体。くっきりと目尻が上がった二重まぶた。肩まで流れる紅い髪。黒で合わせたジャケットとシャツで際立つ白い肌。

 言葉を発していなくとも他人を威圧するのは、紅の右目と異なる黃金の左目の眼光。もう一つ近寄り難いものにする原因は、右の頬から鼻の付根に向けて広がる火傷の跡。

 隣にエプロンドレスを纏う召使いらしき人物が立っている。

 外見から推測される年齢は京香とさして変わらない。

 褐色の肌に青髪でおかっぱ。華奢で長い手足。

涼し気な目元に黃金の右目と青の左目。

男性と同じ様に露出している肌にまだらに火傷の跡が見て取れる。

 硝子のティーポットが傾けられると、少女の鼻先まで芳しい紅茶の香りが漂ってきた。

「御口に合いますか?」

やや低い声。外見が中性的なので分かりづらかったが、どうやら召使いは少年だ。

白磁のティーカップを飲み干して男性はため息をついた。

「そううやうやしく接するな」

その言葉に少年の顔がほころんだ。少し、悪戯っぽい含み笑いを浮かべ。

「もう随分経ちましたが、まだ痛みますか?」

一刻前とは打って変わって、顔がかげった少年の目線は火傷の跡に向けられた。

人差し指で傷の輪郭をゆっくりなぞってゆく曖昧な指先。

「最初から…なんてことはない。気にするな」

再び紅茶が注がれ静止した二人の沈黙に気づかぬうちに緊張し、京香には草木の揺れる音が自分を責めているようで厭に大きく聞こえた。

 決して咎められる事はしていないが、今のやり取りは立ち会う事が許されるものではなかった気がした。ただの被害妄想の可能性。

「そろそろ下げますね」

沈黙を破った少年の動きはパネルで入力された指示に従う機械のようだった。

無駄な動きはせず、銀の盆に卓上の食器やらを乗せていく。

 気が付けば木陰の先端が少し伸びていた。

ひと通りの作業を終えて、盆を何処かへ持っていこうと背を向けた少年の肩を男は乱暴に立ち上がりながら掴んで地面に押し倒した。

「ずっと俺の側にいろ」

今にも泣き出しそうな声色だった。

 京香の位置からは倒される少年の横顔が見えていた。

それは、男が思いのままに動く優越と京香は感じた。

 実際は渇望が癒える確信。

エプロンドレスを脱がし自らも上半身を露わにした。

互いに指を絡めて顔を揺れる草に埋めた。

男と少年の身体の至るところについた火傷の跡が一致する。

紅と青の髪が無尽に重なり。

幸福や安堵が混ざった表情を発露した二人は向き合い、そして……。

「なっ……!なんなのこれー!?」

 赤面した顔を手で覆う京香が叫ぶと舞台はヒノコムの世界に戻った。

先ほどの二人が体位そのままにレンとムノに入れ替わっていた。

 ムノがレンを真紅の絨毯に押し倒す形に。

足の深いスリットが大きく垂れて太ももから脹脛ふくらはぎまでがむき出し。

団子を解いた長い銀髪の隙間から見える双子の頬には、確かに朱が差し、吐息は湿っぽい。

其の手の愛好家には正に夢のような情景。

「なんなのって言われても。強いて言うなら」

少女に顔を向けたムノが答える。

「私達ずっと一緒だし、情も湧くってものよ」

宙を向くレンがなんの疑問の解決にもならない答えを提示した。

 のそのそと立ち上がり乱れた銀髪が顔の半分を覆い隠していた。

そしてまた首を右に左に振って正面に戻るのだがレンの動きがムノと比べてやや鈍い。

「じゃあ、元に戻しましょう」

揃って柏手を打つと、昨日も見た団子頭に戻っていた。

前後左右見回しても壁が見当たらないだだっ広い絨毯の広間に3人共ぽつりと立っていた。














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