ヒノコムの世界 1ー2

ここがヒノコムなんだと京香の心は高揚、しげしげと辺りを見回す。

床から天井から壁をつたってぐるりと背後まで。

正面の鏡面に目を輝かせて色んなポーズをとって、夢なのに関節や筋肉の張りの極自然な感覚に驚きを隠せない自分の姿を認めた。

 双子に抱いていた嫌悪感や疑心感は、遠く見えない所へ吹き飛んでいった。

そんな京香を双子は微笑みを浮かべて見守る。

「早速だけど、私達とお友達になりましょう」

「この世界では誰とでもなれるの。友達大切」

また首を右に左に正面に。

 京香の耳元にカランと短くよく響く鐘の音。次いで双子の正面の立ち姿が頭の中で数秒浮かんだ。

座っている姿勢しか見ていないが、立つとこんな感じなのか。

顔は幼いけど、身長は私より少し高いのか。華奢なのに肉付が良いし手足も長い。手足が長くて肉付が良いのに華奢。これ以上はループするだけなので考えるのをやめた。

やっぱり羨ましいと京香は唇を尖らせた。

「それじゃあ」

「いきましょ」

双子が揃って手を叩けば景色は一変。

京香はまたあの藻掻いた海に。

但し、他にも大勢いる。

いや、大勢という言葉は多くの人数を指し示す言葉である故、この情景には相応しくないのかもしれない。

 海に漂うのは人だけとは限らず。

京香の目の前を横切る同じ背丈はあるドラ猫がくしゃみをひとつ。鉢に植えられた丸いサボテンが針を引っ込めたり。SF映画に出てくるような地球外生命体が背中から伸びる無数の細い筒から空気の泡を出している。視界から見切れる超巨大な螺旋状のコンクリートの建築物には所々に苔生して、時々破片を落としたり。そんなものが空間の概念に囚われずに好き勝手にひしめき合っていた。

京香は再び、自分はどうなっているのかと出来る限りで体を見てみれば元の体である。

「大切なのはイメージ」

「まずはなりたい自分」

本当に直ぐ後ろで声がすので思わず振り返ってもそこには居らず。

まだ双子に対して半信半疑でも、言われた通りになりたい外見を想像する。

 そしたら一大事。考え得るなりたい外見たちがこちらはどうでしょう?と京香をぎゅうっと取り囲こみ、暑苦しい上にお腹や背中に腕やら肘やらが食い込んでくる痛みまで。

「イメージは実現されるから」

「辛いことは考えないように」

妄想癖がこんな形で害するなんて予測できるか!

「しょうがない」

「私達の部屋へ」

手をたたく音が溶け出した飴を思わせる粘つく物に変わり、五臓六腑に不快感が染み渡って思わず耳を抑えてうずくまってしまった。

 身体が粘つく飴に生まれ変わる。

灼けたアスファルトの上で砂利と蟻がくっついて得も言えぬ不快な塊に。

恐怖の妄想が京香の熱を奪いとり鼓動は不規則に高まっていく。

「もう大丈夫だから」

「ほら、目を開けて」

何か恐ろしいものに追いかけられて逃げ惑う夢から醒める時のように京香は目をばっと開く。

鉄柱の部屋で赤い絨毯に仰向けで寝る京香を双子がテーブルから出てきて、心配そうに顔を覗き込んでいた。

「想像力が豊かなのね」

「毒になってしまった」

想像力というより妄想力というのか。

それは京香も自覚していた。

但し、それがコンプレックスでもあってムノの言った毒という言葉が深く胸に刺さった。

私だって分かっているんだと泣いてしまいそう。

「京香、決してそれは悪い事じゃないだからムノを嫌いにならないで」

「ごめんなさい京香。言葉が足らなかったわ。これから説明するから」

揃って正座し、京香の頭を撫でる。

双子から漂う高貴な花の香が気持ちを落ち着かせていく。

「ムノが言った毒は、ヒノコムに於いて想像によって生じた不快感を始めとした精神への負荷を指すの」

「ヒノコムは催眠で繋がる夢の世界。楽しい嬉しいは時に表裏一体。その裏の悲しい苦しいが滲み出る」

語り口は優しく。まだぼやける頭でも自然と無理なく入っていく。

「多くの人はそこまで考えない。一瞥するだけで過ぎてしまう」

「京香の想像力は考えてしまう。無意識に。深く、とても深く」

手を両側の双子に握られて、繋がっている想像が加速する。

「なりたい外見について考えたでしょ?」

「同時に選ばれなかった外見についても」

どうだっけ?京香は思い出せない。

「京香は考えていたの。この中で選べるのはひとりだけ。なら、他はどうなってしまうのか?って」

「跡形もなく消えてしまうのか?選べるのは嬉しいけど、他が消えてしまうのは悲しいと考えたの」

そうなのかな?

「私達が鳴らした手の音が歪んでしまったのは、想像が負へと引っ張られていたから」

「一度嵌ったら中々抜け出せない。他の関係のない事象まで。その状態を毒と指すの」

正直、分からないことだらけだけど、私のせいで双子の顔を曇らせてしまったのが申し訳ない。

と、また京香は自分を責めた。

「京香は悪くないの。だから泣かないで。管理者権限により、あなたの思考回路に制限をかけます」

「考えすぎて余計に傷ついてしまう者への一時的な処置となります。日常生活に支障はありません」

また唐突に双子の喋り口は作り物の無機質さに変わり。

変貌ぶりに少女は啞然とするばかり。

「今夜はここまでにしましょう」

「また私達に会いに来て下さい」

すっと立ちあがり、寝たままの京香に揃って一礼。

意識は見上げる天井の闇へと引っ張られていった。

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